23.骨白の塔1
東京郊外。武蔵野の裾野に、墓標のように白い建物が群生していた。
周りには、住宅はおろか電車やバスといった交通機関も存在しない。舗装された二車線の道路だけが、下界との繋がりだった。
まるで世間と触れ合うことを避けているかのように建てられている、隔離された西園寺研究所。
全国で発見された能力者たちが一度は必ず訪れる場所。
地上に見えているのはごく一部で、氷山の一角に過ぎない。地下に広がる設備は、能力者たちを深く閉じ込める。
何十回と通っているが、普通の車に行き交ったのは数えるほどしかない。反対に、でかいトラックが何台も連なって走行しているのにはよく出くわす。能力者もだが、研究員が山ほどいるあの場所で、食料の供給だけでもとんでもない量になるだろう。
暴走が起きたときの被害を考え、隔離したいと思うのはわかるが、もう少し便利な場所に建てることはできなかったのか。月に一回、こうやって通うのも一苦労だ。
白川は、車に乗り込んでから何度目かのため息をつく。
身体を色々いじくられる定期検査を好きな能力者はいない。それでももうこの年になれば諦めもついている。十七のとき見つかって、十年以上。慣れというのは怖いものだ。
だが、担当医にこっぴどく怒られるであろうとわかっていると、さすがにアクセルの踏み込みもゆるくなる。
物々しいゲートをくぐり、地下駐車場に車を止めると地上の受付へ向かった。IDといった面倒なものは存在しない。首筋に埋め込まれているインプラントが正常に機能し、クリアの青いランプを光らせてエレベーターの扉が開く。ボタンの横に並んでいるバーコードリーダーは一般の職員用だ。
「久しぶり、さやかちゃん」
「お久しぶりです、白川さん。神谷先生、かんっかんですよ」
「あー、だろうなあ」
それがため息の理由だ。身長が百八十以上ある自分よりもさらに長身のあの男に、上から呪いをかけられているが如く睨まれる。そんなときは、暇なのかなんなのかこちらがきっちり謝罪するまでそのまま口を開こうとしない。重苦しい一幕を演じなければならない未来に、またため息がでた。
「一週間前から、『白川は来たかっ!?』『まだ来ないのか!?』って何度もこちらに聞いてくるんですよ? ご自分の診察室でもわかるくせに」
そう言って、受付に座る彼女は、インカムを押さえてくすくすと笑う。白川も一緒に笑った。
「そちらは初めましてかな?」
三原さやかの横に、いくぶん硬い表情で座っていた女性が、そこで初めて頭を下げる。
「よろしくね」
名前を名乗ったり、ましてや握手を求めたりはしない。
彼がゲートをくぐった瞬間、こちらに白川の情報がもたらされる。彼の能力と履歴が彼女たちの手元のディスプレイに映し出されているのだろう。
子どもも多いので怖がらせないよう受付には女性を置いているが、何かあればすぐに警備員と、PK使いが現れる。
白川の経歴には恐れるようなものは記されていないはずだ。それでも、能力者だった。
「ごめんなさい。彼女まだ一ヶ月も経っていないのよ」
すまなそうに微笑む三原に白川も屈託のない笑みを浮かべる。
「気にしてないよ」
そんな人間を表に置くのはどうかと思う。だが、何か事情があるのだろう。
テレパシストにかかればうわべの感情なんて本当の意味でお飾りだ。もう五年この受付にいる三原とて、白川に触れぬよう細心の注意を払っているのがわかる。
それでも、うわべだけでも上手に取り繕っている三原の努力は素晴らしい。
「神谷先生はすぐに検査できるのかな?」
「いいえ。今他の子を見ているの。空き次第呼ぶから少し待っていてもらえます?」
「りょーかい。適当にしてます」
受付を左へ行き、待合室を覗く。ほとんどが事前に約束を取り付けているか、今日の白川のように時間指定をされているので人はまばらだった。
ここは研究所であり、訓練所。病院の待合室のような意味はない。それでも車が五十台は収容できる広い空間を確保することは必要だ。誰しもが計ったように一定の間隔を置いて座っている。人との距離が近いのは、隔離された喫煙場所だけだろう。
能力者もまた、能力者を恐れる。自分を差し置いて、他人の能力が自分にどんな影響をもたらすか気になってしまう。だから、この空間はいつも沈黙に満たされていた。
知り合いも見つからないので仕方なく財布から小銭を数枚取り出すと、自販機の前で五秒悩んで珈琲のボタンを押した。
カップが滑り落ち、取り出し口から良い香りがこぼれる。
警防課で舌が肥えてはいるが、自販機の珈琲も嫌いではない。
ころあいを見て取り出すと、やけどしないよう気をつけて味わおうとした。
が、
「ごあっ!」
突然の攻撃で、その場に崩れ落ちる。
腰が砕けたとでも言おうか、足の力が抜けて手に持ったカップを高く掲げるので精一杯だった。
「お、おまえ……」
「しらかわゆきのじょー破れたりっ! これはオレがもらうっ!」
いつの間にか珈琲が、奇襲をかけてきた人物の手に握られていた。だからこそ、スーツにこぼれ落ちなかったわけだが。
「蹴るな、膝裏をっ」
容赦ない一撃にようやく立ち上がると、身長の差をフルに使って怒鳴りつける。
「こんのくそガキっ!」
飛びつくには少し離れた場所でけらけらと笑う少年は、勢いよく珈琲をあおった。
しかし勝ち誇った態度はそこまでだった。きゅっと眉をひそめてなんとも渋い顔になる。
「に、にが……」
「馬鹿。無糖だよ。お前カフェオレしか飲めないだろ」
にやにやと笑いながら近づきカップを取り上げると、口に含んだ分を気合で飲み込んだ少年はがっくりとうなだれた。
「口直しに何か飲むか?」
その様子があまりにも哀れで聞いてやるが、少年はぶんぶんと首を振る。
「オレにおごったらみんなにおごらないといけなくなるだろ? ユキのはっきゅーにひびいちまう」
「そりゃお気遣い痛み入ります」
残りの珈琲を飲み干すと、ゴミ箱にカップを投げる。どう考えても届かないはずのそれが、重力に逆らい距離を伸ばし、見事ゴミ箱へたどり着いた。
彼、弓削康弘は、小学六年生の身でありながら立派な念動力者だった。ランクまで詳しく聞いたことはないが、繊細な作業を得意としている。自分の身体を浮かせるほどの力はないが、反対にPKで針に糸を通すことができた。
「みんなって、娯楽室?」
「そう。オレたちさっきまで訓練だったから休憩中なんだ。他の子も検査が重なってたみたいでいっぱいいる」
神谷の検診まで少し間がありそうだ。久しぶりに顔を出すのも悪くない。
「あれ、ユキひまなの? 仕事クビになったのか?」
嫌味でもなんでもなく、目をきらきら輝かせて康弘が問う。
「そしたら施設で働けばいいよ!」
その嬉しそうな言い方に苦笑しながら、白川は康弘の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「有能な俺様が馘首になるはずないだろう」
すると、あからさまに落胆する。一喜一憂が激しいのも子どもの良いところ。落ち込ませたままにしておくのも可哀想なのでそのまま頭を二度叩き、歩き出した。
「検査の時間まで仕方ないから遊んでやるよ」
肩越しにちらりと振り返った白川の台詞に康弘は喜色をのぼらせる。が、すぐにそれを押し込め口を尖らせて走り出す。けれどその足取りから彼の思いは明らかだった。
「おっさん早く来いよ!」
「……お前、三十前の色男を捕まえておっさんとはなんだっ!!」
コンパスの差があるとはいえ、相手は念動力者。訓練室でない場所で使うと怒られるのだが、康弘は頭が良い。人に遭っても咎められない程度の力を使って白川に追いつかれないよう走って行く。
やがて二人は透明の壁に囲まれた広い部屋へとやってきた。子どもたちが十人ほど、楽しそうに走り回っている。中から外は見えない特殊なガラスを使っていて、白川が靴を脱いで部屋に入るとようやく子どもたちがその姿に気づいた。
「ユキちゃん!」
「ゆきのじょーだっ!」
わらわらとちびっ子たちが集まって来る。
「まつりちゃん! ひろみちゃんにれいかちゃん。みーちゃんは半年振りじゃない?」
小学校高学年から低学年まで、可愛らしい少女たちに白川も笑顔で腕を広げる。
「ユキ無視すんなよ! このおんなったらしがっ!」
「ゆきのじょーのロリコンめっ!」
「何とでも言うがいい。男は近寄るな。かわいい女の子に囲まれて俺は生きるんだ」
言いながらデコピンをくれてやる。もちろん年齢を見ての力加減は怠らない。そしていつも通りの展開へとなだれ込む。スーツの上着を放り投げると、プロレスごっこが始まるのだ。女の子たちもそんな風にはしゃぐ彼らを楽しそうに応援している。
能力にもよるが、こんな風に接する大人が少ないのかもしれない。研究所の職員は、あまり能力者に関わりすぎないよう注意されている。あくまで研究対象、保護対象であって、情けをかけるような真似をして情報を漏らすようなことがあってはならないからだ。子どもにそれを理解しろと言うのは酷だった。けれど反対に、自分たちの能力を知らない大人に対して全力で遊んでもらうというのは難しい。どんなに小さな子どもでも、どこか遠慮してしまう。
子どもたちとっても、研究所にとっても、白川のような存在は貴重だった。
容赦ない少年たちの攻撃に二十分もしたらばてばてになる。ブーイングを浴びながらもギブアップと言って壁際で休んでいると、ペットボトルが差し出された。
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