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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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2.鈍色の記憶2

 何か大きな力で押しのけられるような衝撃を受け、バランスを失った白川はそのまま後ろへ倒れそうになる。だが、実際は違った。いつの間にか彼の後ろへ回っていた黒崎が上手く抱きかかえる。

 もう何度も同じような場面に遭遇している彼は、白川がキャパを越える状態になったとき、突然弾かれたように倒れ込むのを知っていた。白川が取り込める情報にも限界があるのだ。


「おい、どうだ?」

 覗き込む黒崎の瞳の中をぼんやりと見つめている。頭の奥の熱がすっと引いて、現実を取り戻して行いく。以前、気付け代わりに頬を叩かれて、その衝撃に目の前で火花が何度も散った。さすがにやめろと抗議したせいか、黒崎はじっと息をひそめてこちらの様子をうかがっていた。


 数回目をしばたかせたところで、黒崎が質問を重ねる。


「何か分かったか?」

 押しのけるようにして白川が身を起こした。黒崎も一緒になって立ち上がり、汚れたコートを何度かはたく。


 脳の裏側を冷やすことはできないが、代わりに一番近い肌に冷え切った手のひらをやる。すっかりくせになったしぐさだ。


「難しい」

 どちらかというと、墓石の下に埋まっている人間やその親族の思念が多く、欲しい情報がストレートに得られなかった。


「この墓石自体は関係がないということか?」

 白川の能力をしっかりと把握している黒崎は、彼の短い言葉で意図するところを読みとった。


「だが、何かヒントがあったはずだ」

 白川がわからないと否定しなかったせいだろう。言葉の端から情報を得るのが異様に上手い。

 

「子どもが数人、サッカーボール……回る空……地面に倒れ込む」

 ヴィジョンは、時間の経過とともに色あせて行く方向にあった。最近のものはカラーで、少し前だとセピア色になり、昔だと白黒になってしまう。だから、墓石から得られたヴィジョンの中でも色づいていたものを羅列した。


「地面に倒れ込む? それはこの墓石じゃないのか?」

 黒崎が、サイコメトリーをしたそれを指さす。だが、白川は違うと首を振る。


「景色が違う。ここら辺にあるようなしっかりした墓が周りにあるようなところじゃなかった。こう、乱立するような……」

「無縁仏か」

 黒崎の言葉に白川はハッと顔を上げて頷いた。


 懐中電灯をあらためてしっかりと前に掲げ、二人はさらに奥へと進んだ。黒崎はこの辺りの地理を把握しているようだ。足取りに迷いがない。

 白川は何某家の墓と彫られたそれらにうっかり触らないよう気を付けながら、暗闇に紛れがちな黒崎の後をぴったりと進んだ。むしろ今は、先を照らす懐中電灯の灯りを目印にしていた。


 その結果、足下がおろそかになる。


 石畳が敷かれているのだが、その一つが変に盛り上がっていて足を取られた。前につんのめり、暗闇の中体勢を立て直しきれずに派手に転ぶ。


「痛っ」

 膝がじんじんと存在をアピールする。もしかしたらスーツがやぶけているかもしれない。お気に入りのグレーのスーツなのにと、心が痛い。そこへ、懐中電灯の灯りがこちらへ向けられ、黒崎の呆れたようなため息が聞こえた。またその時の表情がありありと浮かんで腹が立ち、転んだ自分の情けなさをどこかへ追いやり顔を上げて睨み付ける。


 ――だが、黒崎は驚きに目を見開いていた。


 そんな風に見えた。

 予想だにしていなかったので、こちらも間の抜けた顔をさらしてしまう。

 灯りが完全に懐中電灯のみなので、その照り返しだけでそう判断するのは早計なのだろう。

 が、その後深く考える暇もなく――黒崎が飛びかかってきた。


「ぬあ!?」


 何を?! と言葉にする余裕などなく、衝撃が体の側面を襲う。二人はもつれ合ったまま転がる。同時に、足下の方でごつっと重い物が落ちる音がした。それが何かは、今までの状況を考えると一つの結論となり、黒崎が白川を助けるために突き飛ばしてくれたのだと理解はできる。しかもきちんと頭を抱えてくれているので、頭を打つなんてことはなかった。感謝せねばならない、が、痩せているように見える黒崎は、実は結構鍛えているのか筋肉質で――重い。というか、こんなシチュエーション、男相手に繰り広げたくない。


 すると、体全体にのしかかる圧迫が、フッ、となくなり、目の前を黒一面に覆われていた白川の視界が回復した。

 真剣な眼差しで背後を振り返る黒崎。だがそれ以上動こうとしない。男にまたがられたままの状況にうんざりする。


「おい! 頼むからどいてくれ」

「あ、ああ」


 起きあがろうにも起きあがれない状況からようやく脱して立ち上がり、転がった懐中電灯が照らした状況に白川も固まった。黒崎が言葉を失ったのも分かる。


 そこには、道の両側から倒れ込んできた墓石があった。完全に白川がこけた辺りだ。となると、あの道のでこぼこも、意図的なものなのか。むしろ、足首に手の跡がついていないか――恐ろしくて確かめられない。


「行くぞ」

 白川より早く自分を取り戻した黒崎が、転がった懐中電灯を拾うと、倒れた墓石を飛び越えて先へ行く。慌てて追いかけるが、そのとき背中を冷たい何かに撫でられたような感覚がした。思わず両腕を抱え込む。


「おい! なんか、やばくないか?」

「確かに、状況がそう物語ってるな」

「一度出直して、とかそういった判断は?」

「そこまでではない」

「お前、霊感とか全く皆無なんだよな?!」

「そうだが?」


 なのに、どうしてそんな判断が出来るのだ。平然と言ってのける黒崎に尊敬の念すら浮かんだ。


 特殊環境課は、国民に与える霊的影響を配慮せねばならない。環境基本法第三節第十六条には大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件とあるが、この土壌の汚染に、霊的汚染も入るとされている――そうだ。どうもこじつけ臭くて胡散臭い。特殊環境課の成り立ちには、色々と逸話が残っていた。黒崎に関わるようになってから、知ったことも多い。


 そんな中で、次期課長候補である黒崎航の霊的能力に関してははっきりとした事実として認識されていることがある。


 黒崎航には、霊的能力が全くもって備わっていないと言うことだ。


 警察庁に組み込まれている特殊警防課と同じように、環境省の特殊環境課も完全に能力を持つ者が基本的に職員となる。そんな中で彼一人が特別だった。


「本来霊能力の一部は超能力に置き換えて考えられる物が多い。霊媒などは、白川、お前と同じサイコメトリーの能力とも言われている。霊感とよく言われるような反応がお前に現れても不思議じゃない。むしろ、こちらとしては利用できるお前の能力をさらに発見できて好都合だ」


 言い方がいちいちしゃくに障る男だった。白川はむっとして黙る。だが、走りながら鳥肌の立った腕をさすることは止めない。なんとも気持ちの悪い感覚だ。


「ほら、あそこら辺が無縁仏の一角だ。どれかに見覚えはあるか?」

 懐中電灯の頼りない光がざっと照らす。その間にも背中のぞくぞくは増す一方だ。


「んなこと言ったって、分かるわけないだろう!」

 こんなにも多くの無縁仏が並んでいては、(くだん)の墓石がどれかなど突き止められるはずがない。むしろこの場をとっとと逃げ出したくてたまらない。


 白川に期待ができないと踏んだのか、黒崎はどんどん無縁仏に近づく。簡素な石が多く、中に像が彫られている物も多い。それが逆さまになっていれば問題の分だと分かる。しかし、何も彫られていないものも多かった。さらに、ざっと見渡しただけでも百以上ある。


「チッ」

 本当はかなり嫌なのだ。

 だが、背に腹は替えられない。こうやって探している間にまた墓石が倒れてきたら大変なことになる。自分たちも当然危ないが、それ以上に倒される無関係な墓石が気の毒だ。


 手近にあった無縁仏へ右手を伸ばす。


「白川?!」

 彼の行動に驚いた黒崎が、すぐさま駆け寄ってくる。今度は表面をさらりと視ただけだ。それだけで、どれかを掴むことができた。だから倒れることもない。黒崎が体を支えようと肩を組もうとするが、それを邪険に振り払う。


 子どもたちが、怖いながらも遊んで――そしてボールが当たる。自分たちのやってしまったことに潜在的恐怖を覚えた彼らは、慌てて石を直し、立ち去る。ただし、それは上下逆さまになってしまっていたのだ。


「向かって右側の方の、赤っぽいやつの左隣」

 そこまで言って、はたと気付く。どうやって、彼はこの自体を収めるきなのだろうか? 調べるだけでなく、処理できるものなら処理したいと言っていたが、彼にはそう言った能力が欠けている。もちろん、白川にもない。


 ごとりと、嫌な音がした。


「クロ!!」

 白川が示した元凶を探す彼の横で、ぐらぐらと揺れ出す無縁仏たち。二人は、身を守る術を持ってはいない。だが、悩んでいる暇などなかった。黒崎の上に、まず一つ目の無縁仏が落ちてくる。


「カン」

 白川が落ちてくる石を押さえつけるのと、黒崎がそう発して懐から取り出した呪符を逆さまになった無縁仏に貼り付けるがほぼ同時だった。

 辺りに満ちた嫌な気配がすっと引いていく。


「何、それ」

 バンザイした状態の白川に、黒崎は眉間に皺を寄せて問いかけた。


「まさか、俺がなんの対策も練らずにここに来ていると思ったのか?」

「はは、まさか」

 頬を引きつらせて応えると、黒崎は肩をすくめて落ちそうな無縁仏を元に戻すのを手伝った。二人がかりでやっと元の場所に置くことができた。

 



 その後は、一応全ての場所を周り、異常はないか確認する。倒れてしまった墓石の後始末の手配などで、結局解放された頃には東の空が白み初めていた。

 せっかくの大枚はたいて買ったコートはどろどろ、スーツには穴まであいている。

 それはまあ、仕方ない。クリーニング代と修繕費は(出来るのかは分からないが)黒崎に請求してやればいい。


 だが、時間が経てば経つほどふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 全ては最後の彼の言葉だ。

 他所の課の仕事を手伝ってやっているというのに、あいつはこともあろうか、とんでもないことを言ってのけた。


『探知能力だけでは、実戦向きじゃないな』

 と。


 午前三時だ。

 夢の中でよろしくやってるところを叩き起こされたが、緊急事態だってんで仕方なくやってきたというのに、墓石に襲われたあげく、無能呼ばわりされるわでは、温厚な自分もさすがに我慢の限界だ。しかも、何かとムカツク黒崎航に言われたのだから、怒り倍増である。


 夜明け前、点滅信号をものともせずに、道路交通法違反のスピードで帰路に着く。


「いつか絶対、泣かせてやる」

 そう、心に誓う白川であった。

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とんでもない誤字を、チェックありがとうございました。びっくりした。なんだあれ……


ということでご挨拶がてらの第一話でした。

二話目は新主要メンバーが登場です。


組織の説明とかはまあ本文でしているからいいかな。

基本名前に色が入ってるのは主要メンバーってことでと思ってたけど、

次の子……入ってないやん!? どゆことってなってるけどもうこのままいくしかない。

イメージカラー大切だったのに!!


クロさんは、言葉足らずで損をするタイプです。

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