19.深緋の痕6
この事件を世間が知ることとなったのは、五月二十四日。
土中の遺体が、たまたまハイキングに来ていた老夫婦によって発見された。あまり深くは埋められておらず、匂いをかぎつけた彼らの犬が掘り返したのだ。老夫婦は埋められているものに気づき、慌てて警察へ通報した。かなりの暴行が行われていることから、当初は怨恨の線で捜査は進められた。
体中に打撲の痕、切り傷、指や髪など各部位の切断、性的暴行。
そして、背中のマーキング。
この背中の傷だけは、死後つけられたものだった。生活反応がそれを物語っている。
最後に首を絞めて殺すのもパターン化されていた。
「ひどいな」
ファイルされている写真に眉をひそめる
こんなに連続して起こることは確かに珍しいが、傷つけられた遺体は何度も見たことがある。そのたびに、人はどこまで残虐になれるのか、何が彼らをここまで駆り立てたのか、考え出すと止まらない。その原因を突き止めて、それがあまりに身近にあるものであったら、自分もこんな風になりえるのか。
軽く頭を振って、大きく深呼吸をする。
今はそんなことを考えている場合ではない。早く何かヒントを見つけなければ。
始めるために、まず必要事項を書き出ことにした。部屋の隅に追いやられていたホワイトボードを机の側まで持ってて、縦と横へ線を引き、その升目を埋める作業に入る。
便宜上、発見順に被害者1、2とナンバーをつけた。ついつい被害者に感情移入してしまいがちになるが、この方が対象を数値として認識し、冷静に観察することができる。人として怒りや悲しみを捨てることはしない。だが、感情によるぶれは間違った結論を導き出し捜査に支障をきたす。それだけは避けたい。
黒のマーカーを握ると、写真を貼り付けた横に列挙する。
被害者1。二十二歳OL。五月二十四日発見。捜索届けは五月十四日月曜日で、死亡推定日は五月十六日から五月十八日。死後一週間が経過していた。
被害者2。十六歳高校生。六月十日発見。捜索届けは六月一日金曜日で、死亡推定日は六月八日。死後二日経っていなかった。
被害者3。二十歳大学生。六月二十日発見。届けは六月二日土曜日。死亡推定日は五月二十二日から五月二十八日と幅が広い。死後三週間近く経っていると思われる。
ここで注目すべきは二番目。死後二日以内の遺体は、被害者が姿を消してからどのようにされたのかをかなり詳しく教えてくれる。
死後二日経っていないというのは、死後硬直が解け切っていないことでわかった。
普通は二、三時間で死後硬直が始まり、十六時間で最高に達する。しかしそれは、三十六時間経ったあたりから徐々に解けて、七十二時間ですべて解ける。あくまで平均的な数値ではあるが、外気温や遺棄状況を考えても、そこからそうかけ離れるわけではなさそうだ。
また、胃の内容物は平均三十六時間で胃液により溶解する。被害者の腹の中はすでに空っぽだった。ただし、それまで満足な食事を摂っていなかった場合はそうとは限らない。
二番目に発見された被害者が姿を消したのは六月一日。高校一年生で、夜の十一時になっても帰ってこないため親は探し回るが、すぐに警察に届けを出した。
失踪日との誤差が一番少ないだろう。
見つかったのは六月十日。その二日前ぐらいに死んでいるとすると、彼女は一週間強犯人のそばにいた。
そこで興味深い点が露わになる。
彼女の身体には何カ所も刺し傷があった。しかし、そのどれも治癒の第一段階である炎症反応期を終えていなかったのだ。普通健康な人間ならば、この炎症反応期は四、五日続く。ということは、この傷を付けられたのは犯人に拉致されてから五日後、死亡より三日ほど前くらいからということになる。
それまで、彼女にはそういった傷はつけられていない。殴られたりしたときにできる打撲傷にも、同じような過程があり、それらも死亡三日前以前に暴力的行為がなされていないと言うことを示していた。
最初の遺体では、土中に約一週間いたとされているが、そこまでになると詳しい死亡推定日はわからない。この二つ目の遺体の役割は大きい。
「完璧に秩序型にはまる」
「秩序型とは?」
自分の独り言に反応があり、驚きに危うく椅子から滑り落ちるところだった。
「早いなあ」
いつの間にか背後を取っている男を仰ぎ見ると、彼はビニール袋を両手に持って首をかしげた。
「あれから一時間経ってるぞ?」
「あ、ホントだ」
まだ暖かい昼飯を受け取って、蓋を開けると、ごまの良い香りがした。
「それはごまのフォーだ。他に鶏と、トマトを買ってきたがそれでいいか? トマトは銀座限定」
「限定に弱いから、それ課長に」
「わかった。それとこれも。ゴイクン。チリソースで」
どこまで気の利く男なのだろう。もしかしたらここが課長のお気に入りのところなのかもしれない。
奥の扉をノックして入り、一分と経たないうちに歓声が聞こえた。だいぶお気に召したようだ。これで機嫌も底上げできたはずだ。
黒崎は自分の分を抱えて戻ってきた。そばの椅子を引き寄せ座り、食べ出す。もうすぐ十二時になる。スターバックスでたらふく食った白川でさえ小腹が減ってきているのだ。それよりもずっと前に朝食だった彼は随分我慢してきただろう。
「それで、秩序型ってのは?」
話は元へ戻る。
白川はゴイクンを口に放り込むと、ホワイトボードの空きスペースに書き出した。
「FBIの臨床的プロファイリングって言うのがあってだ。性的犯罪者の統計から、犯人像に二つの類型があることを示し、その類型ごとに犯行手口の特徴が異なることを調べあげた。その二つの類型っていうのが、秩序型と、非秩序型。ほとんど文字の通りだよ」
秩序型の特徴として、計画的犯行、殺す前のサディスティックな行為、被害者を服従させ、会話による被害者の操作を好む、などがあった。
「状況はわからないが、この前半、何日かは被害者を傷つけていないというデータから、何らかの会話があったことが窺える。これは被害者を服従させる、被害者を操作する等にあてはまる。会話をしてその反応を楽しむんだ。他に、鑑識の結果なんだが、身体や衣類についている微物――髪の毛や埃が、鞄などの失踪時持っていたものにはまったくついていない。初期の段階で鞄類を隔離していることに繋がり、これは二番目の被害者のときから行っている行動だ。一番目の被害者の持ち物は、水で洗浄して土にまみれていた。鑑識泣かせだね。つまり、一回目で学習した犯人は次の死体隠蔽を楽にする策を立てているんだ」
「用意周到」
「ああ。三番目の被害者の持ち物から、ビニール袋のちぎれたものが見つかっていて、これは鑑識の分析により、東京二十三区指定のゴミ袋と判明している。きっとまとめて入れているんだろう。そして死体を始末するときに袋から出して埋める。ちなみに携帯は、都内のあちこちで見つかっている。GPS機能がついているからな。これは一回目からわざと荷台に放り投げられていたりして、捜査をだいぶ混乱させたようだ」
「殺すことを前提としているんだな」
さらに、被害者の生前の写真を見比べると、顔立ちや体型、髪型等よく似ていた。身長百六十前後、ほっそりとしていて、髪は長い。学生の被害者はもちろんだが、会社員であった被害者も化粧はあまり濃い方でなく、素顔に近い、そんな印象を受ける女性ばかりだ。
これも秩序型の、被害者との面識はなく好みの女性を選ぶという項目に当てはまる。
本来このような分類をするにあたって、すべてがあてはまるのではないのだと、常に言い聞かせて進めなければならない。犯罪が多様化されて来ている今、過去の事件に基づく前提は、前提になりえない場合もある。
だから、ここまで見事にはまってくると反対に怖い。一つが崩れたらすべてが崩れるときもあるのだ。
秩序型の特徴の一つ、凶器や証拠が残らないという点は、手で首を絞めて殺し、指紋も残している。だが、指紋には比較サンプルが必要だ。自分個人に繋がる証拠を残さない自信があったのだろう。事実、山田たち鑑識は犯人を上げられていない。
「秩序型は見つけるのが困難になるんだ。なにせ被害者との接点が見つからない。犯人像はわかっても、それが身近にいる可能性は限りなく低い」
「じゃあどうやって被害者を選んだんだ? 確かに言われてみれば住んでいる地域はばらばらだ」
白川がメモした被害者の住所を見比べて黒崎が疑問を述べる。
生徒の反応が良いと、嬉しくなる佐川の気持ちが少しわかる気がする。
「臨床的プロファイリングの次にやること。それが、地理的プロファイリングだ」
白川は、黒崎からメモを取り上げると、さらにその横に彼女たちが日ごろ使う駅、経路を書いた。
「銀座線か……。そういえば、この中に今朝見た幽霊の子はいたのか?」
「いや、いない」
残念だが、五番目の被害者がすでに生まれている。
黒崎もそうか、といって口を閉じた。が、すぐに続ける。
「犯人も銀座線を使っていた可能性が高いってことか?」
「その可能性はある。他の線から途中で経由しているとはいえ、みんな必ず銀座渋谷間は通っているから、電車に乗るわけじゃなくても、そこら辺で何かポイントとなる施設があったりね」
そういったポイントを、接触地点と呼んだ。
「で、これ。東京の地図。そこのホワイトボードへ貼り付けて、遺体発見場所にこの赤いマグネット置いて」
頭に数字の振ってある小さな磁石だ。
「便宜上遺体発見順に被害者1、2、3としているが、実際殺されたのは被害者2より3の方が先だ」
先ほど書いたホワイトボードの表を参考に、黒崎は言われた通りにマップを作って行く。
「三番目の被害者は大学生で、日ごろから講義をさぼりがちだったそうだ。友人もいつものことだと放っていたという。両親とも頻繁に連絡を取り合うわけでなく、ゴールデンウィークに会ったばかりだったので、彼女の姿が消えていることに気付くのが遅れた。遺体が発見されたのは、死後三週間以上経ってからだ。このときはずいぶんと深く掘っている。重労働だったろうな。人間一人を五メートルも下に埋めるのは」
「よく見つかったな」
「六月の中旬からずいぶん雨が降って、埋められた付近が小規模な土砂崩れを起こした。これもハイキングに来ていた人が見つけた」
そこへ白川の携帯が鳴った。
『松阪です。今FAXを送りましたよ』
その言葉を待ちかねていたかのように、プリンター兼FAXの複合機が紙を吐き出し始める。
『先ほどの監察医務院に運ばれた被害者の現在わかっている資料も一緒に』
「ありがとうございます。もう、僕の話出てますか?」
『もちろん。本庁が首を突っ込んできたって、捜査官はみんな渋い顔をしてますよ』
「あちゃー」
『まあ、犯人が捕まるなら、誰が捕まえたってかまわないんです。何かわかったら連絡ください』
「もちろん。でも難しいかもしれません。この犯人はずいぶんと行動力がありそうだ」
黒崎の作った地図を見て顔をしかめる。接触地点から、犯人居住地までの距離Aと、死体遺棄地点から犯人居住地までの距離Bは、ほぼ、B>Aとなる。だから、距離Bが短くなればそれだけ犯人居住地を絞り込みやすくなるのだが、この場合接触地点を銀座線沿いとしたら、ずいぶんとその距離が長い。
『そうなんですよね。聞き込みで目撃情報はないか調べまわってるところです。何か出たらまたお知らせします。では』
捜査官は靴をすり減らしてこそ。地道な捜査がやがては実を結ぶのだ。
白川はFAXをざっと見る。そして新たな情報を加えた。松阪がこっそり調べてくれた渋谷大空学園の少女のデータもあった。やはり、姿を消していたのだ。表情に乏しかった透けて見えた彼女の写真はにこやかな笑顔を浮かべていた。
「四人目の遺棄場所。あと四人目五人目の住所と通学場所」
黒崎に指示しながらも、もう一つのホワイトボードへ情報を加える。
「五番目の彼女は、きっと六月二十八日が死亡日だろうね」
「江藤が見つけた日だ」
「失踪してからちょうど一週間でもある。……こう見るとアレだな、失踪日はほぼ金曜日なのかな。一人目は、金曜日会社を無断欠勤して、月曜日同僚がアパートを訪れている。届けは月曜だが、いなくなったのは金曜または木曜の夜。例の届けがずっと遅くなった大学生は別として、他の高校生二人はその日のうちに届けが出ているし、四番目の大学生も月曜日に講義を休んでいないことが発覚してる」
少しだけ考えると、エクセルで表を作った。
カレンダーを縦に並べ、失踪推測日を金曜として入れて行く。三番目に発見された大学生は、三週間前に死亡と仮定し、その一週間前を失踪日とした。
黒崎が横からその表を見て指差す。
「五月二十五と六月八日にも誰か消えていれば、ちょうど一週間周期になるな」
「それは嫌な仮定だ」
見つかっていない被害者。一週間ごとに増える犠牲者。だが、その可能性は十分ありえるのだ。
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