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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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18/30

18.深緋の痕5

 小さくドアを開いて、中に目的の人物を見つける。シャーレをひっくり返したような、指紋確認用の拡大鏡を覗き込んでうんうん唸っている。ここはやはり、だーれだっ! とばかりに後ろから目隠しをすべきだろう。

 そう思ってこっそりゆっくり部屋へ侵入して、あと二歩というところまで迫ったところで、山田はくるりと振り返った。身体に似合わない素早い動きに後ろへ転びそうになる。


「王子! いたずらはよしてくださいよ!」

「なんでわかったの!?」

 物音一つ立てていないはずなのに、その反応の早さに驚く。


「王子が来たって内線ありましたから」

「でも、このタイミングで来るなんてわからないでしょう」

 すると、これだから困ると山田はそのはげ上がったおでこをぺしりと叩いた。


「この部屋防音能力かなり高いんですよ。扉を開ければ廊下の音が聞こえる。白川さんが来ると廊下の女の子率上がるから」

 なるほど、言われてみればまだ外にいるはずであろう彼女たちの声はまったく聞こえない。扉が開いた瞬間にキャーと言われていれば白川だということだ。


「僕もてるからね」

「そうですね。で、なんですか? 今あんまり相手してあげられませんよ?」

 顔を目の前の指紋に移し、再び検査を始める。受け答えがものすごくおざなりでちょっと寂しい。いつもの山田と違うのは、やはり連日の検査のせいだろうか?


「連続暴行殺人事件で忙しいってのは聞いてたけど、それ?」

「その通りです。猫の手も借りたいってやつですよ。まあ、猫の手は微物が入るんで借りられませんけどね!」

 微物うんぬんの問題ではないと思うが、そこはあえて突っ込まない。それこそ話が長くなる。

「それで? この件で用ですか? 白川さんのところが出てくるような事件ではないと思いますが。証拠も普通に色々あるし。こちらからそちらへ頼んだという話もまだ聞いていないし」

 不審な点は見つからないのだろう。

 そして、普通の事件であれば証拠が出そろって詰まったところで特防課へ依頼が入ってくる。わざわざ割り込んではこないと、山田は知っていた。

「実はちょーっと、ちょっとだけ証拠品見せてもらいたいなーって。できるだけ新しい証拠品。なんか今朝出たらしいし……」

 しかし、普段は白川に甘い山田も、今回は難しい顔をして首を振る。


「だめですよ! そちらがらみじゃないならきちんと手順踏んでもらわないと。特に今回の事件は死体が四つ目ですよ。捜査本部もピリピリしてておっかないし。また白川さんぺたぺた触るから」

 あまりに正論で、白川は首を竦めた。


「今回が特防課がらみでないなら、きちんと裁判も行われるんだろうし、そうなったときに証拠汚染とか言われたらかなわないですからね。そうやって裁判に負けて犯人がまた野放しになったりするのが一番怖い」


「ごもっともです」

 やはり、リアルタイムで動いている証拠品には手が出しにくい。ここで得られそうな情報はなさそうだ。


「資料とかなら、課長さんに言えば手に入るんじゃないんですか?」

「うん、それは簡単だと思うんだけど」

 物品が欲しかった。いざとなったら監察医務院か現場にでも行くしかなさそうだ。


 さすがに無理くさいと諦めたとき、軽いノックの音がして男が入ってくる。この初めて見る顔だ。


「ああ、すんません。取り込み中ですか?」

「あれ? 外村君? なんでこっちにいるの」

 外村と呼ばれた男は、がっくりと肩を落として頭を垂れた。


「俺が聞きたいくらいですよ。今日はもう上がりだからついでにと思って科捜研に病理の資料届けたら、ついででしょうってこれを渡されて。みんな人使い荒すぎです」

 そういって紙ファイルを差し出す。


 座っている山田の代わりに受け取ると、彼はそれじゃあと言って出て行った。


「外村君は監察医務院の新人さん。会ったことなかった?」

「初めてですね。挨拶しそびれた」

「まあ、機会はいくらでもあるでしょう。それよりも」

 山田がファイルを開けろという仕草をしたので、言われた通りにする。紙が二枚。アレルが完全に一致している。


「同一人物でしょ?」

「みたい」

「さあこれで四人目。僕らの仕事にも焦りが出てくる。何か証拠を見つけないと、犯人逮捕に近づけない。この一ヶ月の間に四人もだよ? なのに頭がいいのかなかなか決め手になる証拠を残さない。指紋も、体液も、そろっているのに犯人に繋がる証拠がないんだ。犯罪歴もないから、警察のデータベースとは一致しないし。ほんとにね、生まれた瞬間DNAを記録することを国民の義務としたらどんなに楽だろうって思うよ。まあ、今はまだ夢のまた夢だけど」

 いろいろ人権問題とかプライバシー保護があるからね、と言いながら、山田は自分の作業に戻って行く。

 白川も、自分にできることをやるために特殊警防課へと戻ることにした。

 

 

 が、踵を返したくなるほどに、女王様の機嫌が悪かった。


「私を顎で使いやがって」

「アゴでって、おい! 黒崎!! お前ちゃんとお願いしたんだろうな」

「もちろんだ。元はといえばうちの人間の我が侭から始まっているんだから」

 別にそこまで感じ入る必要はないと思うが、なら、なぜ女王様――藤本課長様はこんなにも機嫌が悪いのだろう。思い当たるところがない。


 白川のデスクの上にはこの短時間で集められたと思われる捜査資料のコピーが山になっていた。


「すぐに持って来させることのできるものだけだ。細かいものはまた後で」

「ありがとうございます」

 しっかり背筋を伸ばして腰を折る。


 そしてすぐに捜査資料の整理に取り掛かった。大急ぎで手配されたのだろう。だいたいはそろっているが、自分のわかりやすい順番に変える。


「あ、黒崎はだめだ。さすがにな」

「別にいいんじゃないか? 私は航くんを信頼しているよ」

 どこに根拠を置いてそんなことを言っているか、一度問い詰めてみたい。やはり甘いものか? それとも黒崎父と何かあるとか、それぐらいしか思いつかない。


「いや、やめておきます。白川、捜査資料読まなくても手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

「んー、たぶん一時間ぐらいで読み込めると思うから、そうしたら手伝ってもらうこともある。けど、その前に。昼飯。あと、甘味なんか買ってきて」

 いつも使われている分、黒崎を昼ご飯の使いっ走りにするのはちょっと気持ちがいい。甘味は任せるとして、昼飯に何を買って来てもらおうかなと考えた一瞬の間に、課長が叫んだ。


「ジャバ・チップ・フラペチーノ!!」

「……スタバのですか?」

「サイズはどうします?」

「もちろん! ベンティサイズで」

 一番でかいやつだ。黒崎は律儀にメモする。


 なんとなく不機嫌な理由がわかった。朝電話を掛けたときに、また透視したのだろう。二人がスターバックスにいるのを見て、自分も食べたくなったのだろう。しかし、今日は課長自体が当直で、他に誰も使いにやれるものがいなかった。食べたいのに食べられないでイライラしていたと見える。


「それじゃあ、三越でノワ・ドゥ・ブールのフィナンシェと、コム・フォーで昼飯を適当に、霞ヶ関でジャバ・チップ・フラペチーノで良いですか?」

「わかりました。白川、フォーは大丈夫か?」

「や、うん。平気。アリガトウゴザイマス」

「一時間で帰って来られると思う」

 颯爽と出ていく後ろ姿を見ていると、課長が笑っている。


「あれができる男だ」

「いや、さすがに詳しすぎて怖いですよ」

 特に甘いものに関しては、その一端を藤本課長が担っている。東京旨い甘味マップを作らせたら平然とすばらしいできのものを仕上げてきそうだ。


「さて、航くん帰ってくるまで寝るわ。電話番よろしく」

「え!? 今日は課長が当番でしょう? 何してるんですか」

「馬鹿者」

 自室に戻ろうとしていたところをくるりと向き直って仁王立ち。


「隣でずっとなんだかんだ言われていたいのか?」

 それじゃあちっとも資料読みが進まない。だが、そばにいればそうなるのは目に見えている。そして、昼寝ができないのならそばに居続けるのだろう。


「おやすみなさい」

「来たら起こしてね」

 最後の台詞にハイと答えて、白川は資料を読み始めた。




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コム・フォー閉店してたorz

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