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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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16/30

16.深緋の痕3

 駅前にスターバックスを見つけると、黒崎のおごりなのだからと遠慮なくあれやこれやと注文する。山盛りのトレイを抱え席に着き、早速サンドウィッチに手を伸ばした。


「お前は食わないの?」

 自分が頼んだものを差し出す気はないが、カプチーノしか口にしないお財布に、一応気を使う、振りをする。


「ああ。食べてきた」

 江藤情報によると、黒崎家には料理の上手いお手伝いさんがいるらしい。きっと卵焼きは甘くないのだろう。白川と相容れることはない。


「じゃ、遠慮なく」

 食べながらも今後の方針をあれやこれやと頭の中で検討する。


「普通あんな風に、ふらふらしてるのを見つけたらどうするんだ?」

 通りの向こうをぼんやりと眺めていた黒崎は、白川の台詞にああ、と持っていたカップを揺らした。


「基本的に悪さをしないようなものなら放置することになっている。人に害を与える可能性があるものだけ、発見次第報告。それから対処。むしろ、害にならないものには手出しをしてはいけないというルールがあるんだ。我々もすべてにかたをつけられるわけじゃない。それに、そこに在るということは、自然の摂理に適かなっているものだと捉える。その中で、人に悪影響を及ぼすものは、自然の流れから生まれた我々のような組織が対処する」

「降りかかる火の粉になってから払うんだな」

 だから、彼女たちのような目的のはっきりとしない、悪影響を及ぼす心配のないものについては、それが自然なのだからと手を触れることは禁じられている。


 しかし、そうやって素通りするにはあれは強烈すぎた。

 何もせずに目をそらすことができない。


「だから俺に来たってわけか」

「迷惑をかける」

「桜子ちゃんの頼みだから、別にいいけどね」


 白川だってあんなものが通学路に毎日のように現れたら、気になるどころじゃ済まされない。どうにかしたいと思うだろうが、規則は規則だ。破れば秩序が乱れる。

 そこでお声がかかるという事実に今は満足しよう。黒崎が言い出したかもしれないという可能性は黙殺することにした。


「しっかし、あの幽霊さんはなんであそこで消えたんだろう?」

「さあ。彼らには特定のパターンを繰り返したり、目的の人物や物についていったりするタイプがあるからな。彼女の場合はあの列車のあの時間に何かあるのかもしれないし、反対の場合も多い」

「反対?」

 サングラスの下に隠された瞳を細めて、黒崎は宙を見つめる。


「彼女は今でも日常を繰り返している。朝起きて学校に通うという。朝のあの時間が彼女にとって日常の象徴シンボルだった。非日常が彼女の身に襲い掛かり、そして、死んだ。それを否定するがために、何もない日常を繰り返す」

「ふうん……辛いんだろうな」

「そうだな」

 日常であれと思えば思うほど、背中につけられた傷が際立つだろう。


「まずは発見されているかどうか、だと思う。もし遺体が見つかっていなかったのなら、きちんとみつけて弔ってやれば自然と消えることが多い。そうでなかった場合は次のステップだ」


「警察のデータベース当たればいいんだろうけど、特防課は直接のアクセスを認められていないんだ。課長に言えばやってもらえるけれど、一応プライベートだしなあ。課長クラスが動くと噂が広まってしまう」

「噂?」

「そう、俺の噂がね」

 あのプロファイラーが動き出した、と。現場の人間にしてみれば、依頼もしていないのにそんなやつが出てくれば面白くないだろう。あまりそういったことはしたくない。


 となると、誰かに捜索願のデータを調べてもらうのが一番で、データベースにアクセスできる、頼みごとをしやすい人物は限られてきた。


 スマホを取り出し、検索すると、そのまま電話をかける。


『おはようございます。白川さんから電話とは珍しい』


「おはようございます。すみません、今大丈夫ですか?」

 警視庁一課に所属する松阪は、白川の存在を上手く許容している一人だった。先の事件でも彼のおかげで助かった部分は大きい。


『大丈夫ですよ。これから佐川先生の講義を受けに行くところです』

 それは好都合だ。佐川の話も聞こうと思っていたのだ。もし遺体が出ていた場合、あの傷は印象に残っているだろうから。


「あ、じゃあ僕もそちらへ向かいます。少しお願いがあるので」


『白川さんのお願いですか? なんだかこわいなあ』

 電話口の向こうで笑う声がする。


「三十分あれば着きますんで」


『わかりました。では』

 これで一度に仕事が済む。出だしはなかなか好調だ。パン切れの端を口へ放り込んだ。


「そこに俺が行ったらまずいかな?」

 ここで別れるのが当然と思っていたが、そんな提案がなされて少々驚く。自分の領域はわきまえている人間だと思っていたが、やはり今回のは気になることなのだろうか。


「うちの件でもないのに出すぎたことだとはわかっているんだが――江藤が、な」

「桜子ちゃん?」

「ここで俺がお前に任せたままにしたら、彼女が乗り込みそうな勢いなんだ」

 そういって、スマホを操作している。先ほど着信音があったのは、どうやら彼女のメールだったらしい。


「桜子ちゃんかあ……そりゃあんまりだな」


「外で待っていてもかまわないが」

 己の一存で決めるにはのちのち問題となった場合迷惑をかけることになる。

 仕方ないので課長へ連絡を取った。


『どうした?』

 第一声をチェックする。女王様のご機嫌はさほど悪くないようだ。きっと今日も警察庁の地下で悠々自適に暮らしていることだろう。趣味の覗きをしながら。


「ちょっと環境課に依頼されて、プライベートで監察医務院に行きたいんですが」


『別にいいんじゃないか? 今なら新鮮な遺体と佐川先生の講義付きだ』

 松阪が言っていた件だ。


「そこに、黒崎連れて行くのはまずいですか?」

 白川が事件を抱えていてそれに関して訪れるというならば、後でどうにでもなる。しかし、今回はそうではない。佐川は滅多に解剖室から出てこない男なので、必然的に黒崎も伴って解剖室へ入るかもしれないのだ。

 だからこそ一応の確認だし、ここで駄目だと言われれば警防課の方で待っていてもらおうと思った。そうなる方が確率としては断然高いだろうと。


 しかし、課長の返答は一瞬の迷いも見受けられない簡潔なものだった。


『いいんじゃないか?』


「……警察官じゃなくても?」


『監察医務院自体は普通の一般市民も訪れる場所だしな。平気だろう』


「えーと、解剖室に行かなければならない場合はロビーで待っていてもらった方がってことですね」


『いや? 面倒なことになったら私がなんとでもしてやるから、せいぜい役に立ってやれ』

 いったい、彼は課長に何をしたのだろう。


 面倒なことになったら、私がなんとでもしてやるから。


 たしかにそう言った。

 あの課長にそんなことを言わせる……毎回来るたびに甘味を差し入れするのがそんなに効いているのだろうか?


『ま、気をつけて。事件性が出てきたら報告しろ』

 なぜか許可が出た。


 切れたスマホを難しい顔をして睨みつけていると、黒崎が食べ散らかしたトレーを片付けている。


「それで? 何で行く?」

 白川の会話から内容を察することができたのだろう。


「ん、ああ。電車だと三十分かな。車でも大して変わらないが、あまりタクシーには乗りたくないんだ」

 電車も不特定多数ではあるが、タクシーは場所の狭さが手に触れる危険度を増す。通勤時間外の電車は、案外安全な場所でもあった。反対に、ラッシュ時は白川にとって地獄だ。絶対避けたい。なので普段は車移動が多い。


「銀座に車を止めてあるから、銀座から俺の車というのは?」

「その後の移動を考えると、それがベストか」

 監察医務院で何がどうなるかはわからないが、最終的に特防課へ向かうのは目に見えていた。


 人の車には極力乗りたくない。だが、時間を考えるとあまりわがままを言ってられる状況でもなかった。


「それで行こう」

 最後の一口を飲み干すと、二人は揃って歩き出した。

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