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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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14/30

14.深緋の痕1

 目覚ましの音がうるさいと手を伸ばすが、途中でやめる。先日の事件がトラウマになっていた。クマのプーさん目覚ましを叩いた先で、再びごつごつした男らしい手に遭遇したら、一生立ち直れない。

 そこまで考えたところで、音がメロディーであることに気付いた。スマホが鳴っているのだ。

 仕事か? と思うが、課長の着信はわかりやすくしているので違う。


 掛け布団の中に頭を突っ込んだ状態のまま、プーさんの隣に置いてあるスマホに手を伸ばし、布団へ引き入れ表示を見る。


 途端に、自分の機嫌が最悪の方向へ駆けて行くのがわかった。


 仕事上、仕方なく登録しているこの相手のことが、白川は大嫌いなのだ。


 このまま無視してしまおうかとも思うが、課長経由の依頼ならS級クラスの透視の能力を持つ彼女に布団でぬくぬくしているところを見つかってしまう。そして次の日には今日着ているパジャマの柄からパンツの色まで課内に吹聴されているのだ。パワハラなのか、セクハラなのか。


 悪態をつきながら起き上がると、寝起きだとばれないように声を整えて通話ボタンを押した。


「はい?」

 しかし、通話口から流れて来たのは低い男の声ではなく、高く、澄んだ声。まだ半分眠っていた頭が、一気に覚醒する。


『おはようございます』

「桜子ちゃん! おはよう。休日の朝が可愛い君の声で始まるなんてきっと良い一日になるね」

 江藤桜子(えとうさくらこ)は、白川が大嫌いな特殊環境課の黒崎の下で働く少女だ。

 建前はアルバイトだがとても優秀な人材で、彼女も他の職員同様一人前として扱われているという。そういった自負があるのだろう。少しつんつんしているようなところもあったが、可愛らしい子には違いなかった。


 自然と白川の表情は緩む。


『朝早くにすみません』

「いやいや、桜子ちゃんからの電話だったら午前四時だろうが丑三つ時だろうがぜんっぜんかまわないよ」


『それなら午前二時に電話しておけばよかったですね。一応ご迷惑かとこの時間まで待ったんですが』

 こちらのテンションの高さと反比例して彼女はいつも通りあっさりした話し方だ。


「ん? 何か用事かな?」

 何もなければかけて来ないだろうが、それを認めるのは少し悲しい。


『はい。実は見ていただきたいものがあるので、お休みのところ申し訳ありませんが今から銀座駅に来ていただけませんか?』

「地下鉄の?」


『ええ。時間があまりないので、急いでいただきたいのですが――』


『すまない白川。朝早くから』

 突然彼女の声が遠くなったと思ったら、本来の持ち主の手元に返ったようだ。


『江藤が気になる霊を見て、白川なら何か知っているかと思ったんだ。彼女はこのまま学校に行かなければならないので、ちょっと急いでくれるか?』

 下手に出られると、邪険にするわけにもいかない。可愛い桜子ちゃんの頼み、というのも仕方ないと思える一因だ。だがそれ以上に、自分だったら何か知っているかもというのが気になった。


「わかった。すぐ行く」


『ああ。悪いな』

 通学となると、確かに時間はなさそうだ。


 洗面所へ直行して顔を洗う。ひげを剃り、歯を磨く間に何を着ていこうか悩みつつ、鏡に映った己の顔に、昨日の酒の名残が見えないことを確認する。ついでに惚れ惚れとするいい男っぷりだと自分で自分を褒めてやった。


 そこまできて、ようやく深沢がいないことに気づく。


 このところ、毎週金曜日は白川の家で宴会、が習慣化してしまった。当然のように昨日の夜もPKという能力上あまり多くは呑んではいけない深沢を相手に焼酎を山ほど空けた。白川はベッドへ、深沢はソファーに寝ているはずだったのだが、先ほど横切ったときに彼の姿はなかったように思える。


 疑問に思いつつ、リビングへ舞い戻ると、テーブルの上に書置きがあった。


 そういえば、昨日そんなことを言っていたなと思い出す。


 白川たち能力者は、必ず西園寺研究所へと送られる。そして、出てきた後でも月に一度身体検査を受けることが義務付けられていた。よって、能力者のほとんどが関東地区に住んでいる。そうやって、中央に集めて管理しやすくしようといった意図もあるのだろう。


「しっかし、こんな朝早くから行くことないのに」

 半日もあれば十分な検査だと思うのだが、この間の狩りのこともあるし、もしかしたら深沢は白川とはまた違った枠組みの中にいるのかもしれない。


 スーツに袖を通しながら、へたくそな字で書かれたメモを読み終え、玄関の新聞受けに向かった。開くとそこには鍵がある。白川の家の鍵だ。


「PKで内側からかけりゃいいのに」

 普通にできることは能力に頼らない。そんな風に日ごろから思っていなければ、どこかで間違ってしまう。


 後輩の律儀さをほほえましく思いつつ表へ出ると、珍しく晴れた六月の空を見上げた。

 

 

 急ぎだと言っていたので、車ではなく電車で待ち合わせの場所へ向かう。朝のこの時間は、時刻通りに運行する電車の方が確実だった。日比谷で銀座線に乗り換え三十分で到着だ。


「お待たせ」

 指定した場所に姿を見つけ駆け寄ると、江藤は頭を下げた。


「朝早くにすみません」

「そんなに気にしないでいいよ。それより! 私服しか見たことなかったから桜子ちゃんの制服って新鮮!!」

 うわー、かわいいなーと散々はやし立てるが、彼女の態度はいつもと変わりない。


 黒崎も通常と変わらず上から下まで真っ黒だ。このまま葬式へ行けと言われても何ら問題ない。びしっとスーツで決めたその姿は、土曜日で勤め人の少ないこの時間には結構目立つものだ。ただし、結局スーツを着てきた白川もそれは人のことを言えない。


 対照的に、江藤はこの場に似つかわしいセーラー服姿。プリーツのスカートに紺色のハイソックス。臙脂のリボンが可愛い。髪は両脇をすくって後ろでまとめているが、腰に届くほど長い。以前手入れが大変じゃないのかと聞いたら、仕事上どうしても必要なのだと言っていた。


 彼女の霊力は髪に宿るのだと言う。確かに巫女などは髪の長い女性が多い。きちんと手入れされた彼女の長い髪は、いつもつやつやとして、見ていてきれいだった。

 そんな彼のうきうきした視線を感じたのだろう。


「白川さんは相変わらずですね」

「江藤……」


 眉をきゅっと寄せて言う彼女を黒崎がたしなめる。

 しかし、曖昧な言葉は全部良い方向に取るのが白川のポリシーだ。


「ありがとう!」

 ぽかんとする彼女を放置して、黒崎が行こうと促した。もう八時だ。ぼやぼやしていると遅刻してしまう。


「それで、いったいどんな気になる幽霊なの?」

 周りに聞かれないよう声を抑えて尋ねると、彼女は頷いて二人に聞こえるぐらいの声で話し始めた。


「気づいたのは一昨日。二十八日です。いつも通り私はここで銀座線に乗り換えるのですが、その同じ車輛にちょうど同じ年頃の霊がいるのを見つけたんです。死んで、それがわからない彼らがそうやっているのはさほど珍しいことではないし、私も何度か遭遇したことはあります。しばらくすれば消えるので、普段は気にもしていません」


 ですが、と彼女は言いよどむ。

 三人は改札を通りホームへ降りた。

 タイミングがよいことに、列車が滑り込んできた。


「今日は現れるかどうか――」

 わからないと言いたかったのだろう。だが、白川は突然ぞくりと背中を這う冷気を感じた。江藤も口をすぼめて現れたモノに目を凝らす。

 わかっているのは二人だけ。黒崎を含めたこの車内にいる人間は、誰もこの異変に気づかない。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


このエピソードが一番書きたかったところなので、

……長いですw

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