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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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13/30

13.梔子の狩人7

 狩りはどのくらいの時間がかかるかわからない。古賀が帰ってくるまで待っているのはさすがに辛いだろう。だが、古賀の能力は狩りには欠かせない。彼が持っている端末は、こちらで登録されている能力者の現在位置が表されている。

 研究所や特殊警防課へ入らずに一般市民として暮らして行く代償に、インプラントが埋め込まれているのだ。

 それを元に、登録されていない能力者をあぶりだす。端末と、彼の感覚の差を追って行くのだ。


「それじゃ、また」

「またね、古賀さん」

 しかし、警察庁に到着し、三人が指定された会議室の前を去るより先にそのドアが開いた。中から顔を出したのは、白川にとってもなじみのあるものだった。【狩人】の頭リーダー、笠松だ。黄色に染めた髪の毛が周りの注意を引く。とても目立つ、狩人だった。


「牧人、お前もだ」

「マキも? 彼は警防課の人間だ」

 疑問の声を上げる白川に、笠松は鼻を鳴らして皮肉な笑みを浮かべた。


「S級クラスが特殊警防課にいるのがおかしいんだ。そうだろう?」

 まだ言い募ろうとする白川を牽制するように、古賀が深沢の肩に手をやり、部屋へ招き入れる。ドアが閉まる直前ちらりとこちらへ向けた深沢の瞳が、落ち着けと言っているような気がした。


 特殊警防課にPKが少ない理由。

 PKは、攻撃主体の能力。一般に紛れ込んだ能力者による事件から、能力者を発見、保護するのが目的の特殊警防課には、攻撃は必要ない。捜索を主とする能力の方が必要となる。

 だから、深沢が配属されたときはいったい何があったのかと驚いた。その後に彼の能力が未完成で、訓練がてらの配属だと認識した。しかし、訓練なら研究所の捜索でもできるのだ。


 スーツの袖が引かれる。

 まつりがじっとこちらを見つめていた。


「ユキちゃん、行こう」

 黒い瞳が二つ。こちらへ向かって真っ直ぐと。

 そこには諦めではない、静かな感情がたたえられていた。


「うん。そうだね」

 地下へ向かい、扉を開けると課長の大きな声が出迎えてくれた。


「おかえり。朱鷺子がちょうど紅茶を入れてくれた。みんなで食べよう」

 各人の机にマグカップと焼きたてのシュークリームが並んでいる。

 まさか朱鷺子が買って来たのかと思ったが、すかさず否定された。


「買ってきたのは笠松だ」

 早めに着いて買い物に行かされたのだろう。


「いただきます」

 まつりは自分用に準備されたシュークリームへ早速手を伸ばしていた。


 この特殊警防課は、甘いもの好きでないとなかなか地獄な日々が続く。藤本は普段から糖分が足りない糖分が足りないと、経費で甘いものを買って来させる。普通の人間が使わない脳の一部を酷使しているからだともっともらしいことを言っているが、それならば別にブドウ糖のタブレットでもいいわけだ。絶対に趣味の一つに違いない。


 幸い白川は甘いものも辛いものも何でもいけるタイプなのでおやつが出るのは純粋に嬉しい。ただ、美味い物しか買って来ないから舌が肥えて仕方ない。 


「食べ終わったら犬養を送って行ってやれ」

「僕一人でいいんですか?」

 深沢を伴って行けばよいと思っていた。


「弾除けぐらいにはなるだろう」

「弾が飛んで来るならば」

 白川の口ごたえに課長は軽く眉を上げる。


「私にからむな。バカモノ」

 最後の一口を放り込むと、彼女はぐいっと紅茶を飲み干して立ち上がった。


「シュークリームごちそうさまでした」

「美味かったろう? シュークリームはラ・テールに限る」

 はい、と返事するまつりの頭をなでて、奥へ向かった。


「食べ終わったら白川に送ってもらえ。朱鷺子、私にはしばらく電話をつなぐな」

 シュークリームの入っていた箱は、ちょうど四つ入る大きさ。

 課長は初めから深沢がここへは来ないとわかっていた。

 最初から、深沢は【狩人】のメンバーへ組み込まれていたのだ。

 朝の会話を、監察医務院を出てからの会話を思い出す。


「ユキちゃん」

 物思いに沈んでいた白川の前に、まつりがすっかり帰る仕度をして立っていた。大きなつばの白い帽子が揺れる。


「行こうか。朱鷺子ちゃん、あとよろしくね」

 片付けをしている彼女に声を掛けて、白川はまつりの手を引く。

 

 



 雨に打たれながら真っ直ぐ見下ろした先に、対象がごろりと転がっていた。

『対象、意識混濁』

『窮鼠猫を噛むって言うだろう。最後まで気を抜くな。周りに被害を出させるな』

 会話のやり取りが耳に取り付けたイヤホンから流れる。


『殺れ』

 命令が、下される。


 いとも簡単に。


 なんの迷いもなく。


 だが、身体は動かない。


 わかっていたのに、実際その時が来ても脳はその処理を拒否する。少し力を加えるだけで、命令を遂行することができるのに。


「深沢君? 反応遅いよ?」

 少し離れた場所にいたはずの笠松が、いつの間にか隣にいた。命じた本人は、ひょうひょうとした様子でパーカーのフードの中から深沢を見ている。二十五、六にしか見えない彼は深沢と同じPKだ。黄色く染めたくせの強い髪の毛も、今はずぶぬれで額に張り付いている。白川ほどではないが、それでも深沢より背が高く見下ろす瞳とぶつかる。


 狩りを始めてから五時間。二時間ぐらい前から強い雨が東京都全域に降り注いでいた。それは、電気を操る相手にはもってこいの状況。

 しかし、訓練された狩人たちにとっては些細なことに過ぎなかった。統制された彼らの動きは確実に獲物を追い詰めた。


「殺せと言ったんだよ、深沢君」

 耳元でささやく。


「迷いは隙を生む」

 目の前で火花が散った。

 対象の左手がまるで感電したかのように跳ねる。

 深沢が動くよりも先に、笠松が力を振るう。

 離れていても、首の骨が折れる嫌な音が聞こえた。


『クリア』

『処理開始します』

 十メートルの落差をものともせずに、笠松は軽く飛び降りる。建物のへりに立っていた深沢の背中を笠松がPKで押す。仕方なく、その横に着地するとアゴでさっきまで生きていたモノを指した。


「力を持ったやつが、どうやったら周囲から否定されずに生きていけるかわかるか? 答えはとうの昔に出ている。時の権力者はそれをずっとやってきている。俺たちみたいな規格外品だけじゃない。普通に人の世で行われている。自分の他に悪を作ること。それを倒すヒーローになればいい。そうしなければ、力を持ちすぎることは嫌われる。人の世で、嫌われれば生きていくすべはないぞ。――次は助けない。間違いなく殺れ」


 そう言って笠松は、上から降ってきた遺体搬送用のビニール袋に対象者を入れた。PKを使って器用に作業する。


 ふと、肩を叩く雨が止んだ。

 古賀が黒い傘をさして立っている。頭に乾いたタオルが置かれた。


「送ろう」

 ありがとうございますと、口を動かしたつもりがこわばって声にならなかった。


 古賀がスマホをいじっているのを見て、深沢も五時間ぶりに電源を入れた。


 着信はなし。メールが二通。一通は課長からのもので、終わったら返信しろとだけ。もう一通は白川からだった。


『仕事終わったか? 聞いてくれよ! 黒崎の野郎が俺様の作った卵焼きに対して『邪道』とかいいやがってよ! 卵焼きっつったら甘いに決まってるよな!? しかもこいつ今日も帰る気ねぇ! マキトく~ん、頼むよ~今日もうちにおいでー! 明日は日曜日だし、酒盛りするぞー』

 あの家がどんな風になっているのか、家主がまた不機嫌な状態なのか、このメールからはできない。


 アドレス帳から白川の名前を探し、発信ボタンを押す。

 待ち構えていたのか、すぐに出た。


「あ、先輩ですか? 黒崎さん、まだひどいん……はいはい、わかりました。でもですね、僕ずぶぬれなんですよ。こんな格好じゃさすがに電車とかタクシーは使えないので、迎えに来てください。えー、じゃあこのまま古賀さんに送ってもらって家に帰ります。風邪ひいちゃいますし。いやだな、脅しじゃないですよー。はい、それじゃあ待ってます。はーい」

 電話を切ると、古賀へ向き直る。


「そんなわけで、ユキ先輩が迎えにきてくれるそうです」

「そうか」

 お疲れさんと、雨音に消えそうな声で小さくつぶやくと彼は背を向けて歩き出す。深沢もその背中にお疲れさまでしたと答えた。

 

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