12梔子の狩人6
なんとなくそんな予感はしていたのだ。監察医があんなふうに現場で悩んでいると、ほぼ百パーセント彼らが現れる。そして証拠も何も根こそぎ持っていくのだ。とはいえ、他の捜査員たちが何を思っているかはわからないが、山田はさほど気にしていなかった。それで事件に決着がつくのなら問題はない。
本庁の考えあってのことだろうと、割り切ることにしている。
だが、現場へ来ることはその百パーセントのうち十パーセントにもならない。鑑識班が証拠をどっさり抱えて帰ってきた頃に現れるのが常だった。こんな風に現場へ現れるのは、それだけ彼らが急いでいるという証拠。
「やっまださーん」
音符マークがつきそうな語尾に、周りの人間が何事かと目をやる。鑑識班のメンバーは、やってきた王子様を一瞥すると自分の作業に戻った。顔なじみだ。班長である山田に任せておけばいいとわかっている。
しかし、捜査員の中には彼を初めて見た者もいるのだろう。場違いなご面相とその軽さに固まっている。
「証拠品一通りみーせーてー」
「もーしょうがないなあ。白川さんの頼みじゃ断れないじゃないですか」
へへへと笑う彼のために、部下たちから手ごろなものをかっさらう。
「持って帰るのはなしですよ。どっかで広げさせてもらいましょうか」
鑑識メンバーの一人から手袋をもらうと、白川は山田の後ろをおとなしくついてきた。しかし、その行く手を阻むものが突如として現れる。
「部外者に証拠品を見せていいんですか?!」
岸本だ。発見者の話を聞き終わって、マンションの他の部屋の住民に少し話を聞いてくると出て行ったきりだった。それがちょうど帰ってきたようだ。
「白川さんは仕方ないんだよね、これが」
「仕方ないって――」
「待て岸本」
でかい彼が廊下を塞いでいるので、その後ろに彼の相棒がいるのがわからなかった。岸本を後ろへ無理やり追いやって、現れたのは、松阪。
「お久しぶりですね、松阪さん」
「ああ。証拠品を見る必要が?」
「急ぎなのでどこか場所を借りようかと」
それじゃあリビングのテーブルを使えばいいと、今度は彼が先に立って案内する。岸本は怒るわけではなく、狐につままれたような顔で後ろからついてきた。
山田がテーブルにならべると、事件のあらましを伝えて白川だけを残してリビングを後にした。
「松阪さん?」
説明をと、彼の後輩が迫る。
「今回の事件はきっと事故だな」
「でしょうね。僕らも残りざっと採取したら帰ります」
山田が持ち場へ去ると、さらに岸本は怖い顔をして松坂に詰め寄った。
「あんまり近づくな……ちょっとタバコ吸いにいくぞ。付き合え」
フロアの端にある非常階段で、松阪は携帯吸殻入れ片手に一服する。
「松阪さん。さっきの、なんですか?」
美味そうに煙を吐くその姿に苛立ちを覚えつつ、岸本は答えが返ってくるのをじっと待った。
二本目に火をつけたところでようやくぽつりとこぼした言葉に、眉を寄せる。
「都市伝説」
「都市伝説?」
オウムのように芸もなく聞き返すと、松阪は笑いながら頷く。
「警察の中での伝説。聞いたことないか? 警察庁には凄腕のプロファイラーがいるって話。資料に目を通すだけで犯人像を導き出すやつがいるって」
確かにそんな話を何度か聞いたことがあった。ここ数年でよく耳にするようになった噂だ。
岸本の表情を見て取って、松阪は続ける。
「それが彼だよ。白川雪之丞。警察庁特殊警防課勤務。王子様みたいな顔して、あのノリだから誤解するやつらも多いし、彼がこんな風に現場に出てくると決まってその事件は迷宮入りか、事故、自殺かだから、人によっちゃ彼の存在を好ましく思ってないやつらもいる。だが、とにかく、きっと俺たちの捜査は終わりだ」
「まだ始めたばかりですよ?!」
「彼が帰って三十分後には管轄が警防課へ移ったと連絡が入り、明日には報告書が提出される」
「……いったい何なんですか? 彼は」
器用に煙でワッカを作ると、松阪はタバコを消した。
「それを詮索してはいけない。下手に騒ぎ立ててはいけない。それが、掟だ。掟を破ればペナルティが科せられる」
難しい顔をしている岸本をまた笑った。
「彼自体は悪い人じゃない。難航した事件に助け舟を出してくれる人だ。だから彼が、特殊警防課が現場へ来るような事件は目をつぶっておけばすべてが丸く収まる。持ちつ持たれつ。良好な関係を築いているのが一番いい。詮索は、ご法度だ」
岸本の胸をとんと叩いて松阪は現場へ帰っていった。
古賀が、帰ってきたと言って一分もしないうちに、白川の長身が前方の角から現れた。後部座席に乗り込むと、車が動き出す。
「お待たせ」
「みつかった?」
まつりが尋ねると白川はうん、と言って右手で前髪をかきあげる。
「はーい、ごっつんこ」
まつりも帽子を取って自分の額を白川のそれにつけた。両手は彼のこめかみに添えている。
そうやって二、三分、二人はを目を閉じたまま動かない。古賀はあまり揺れないよう運転に注意を払っているようだ。行きと同じようにスピードは法定速度。
しばらくして、まつりがぱっちりと目を開いた。
「ユキちゃんがんばったんだね」
「うん。まつりちゃんに頑張ってもらえるようにね」
彼のその言葉に少女はにっこりと笑って、鞄からスケッチブックを取り出した。B4サイズの大きめのものだ。鉛筆を持ち、迷うことなく描き始める。そんな彼女に白川はそっと取った帽子をかぶせた。
「事故死に見えるよう工作しているのが憎たらしいね。あんな心臓じゃばればれなのに」
「ドライヤーでしたっけ?」
「そう。コンセントに入れてびりびりっとね。そこから顔が取れた。二十くらいの男だった。人みたいな大きなものを感電させるのは初めてだったみたいで――」
「力を込めすぎた?」
珍しい古賀の言葉に白川は強く頷く。
「そう。手元が狂った」
そこまで言ってから課長へ電話をかける。待ち受けていたようですぐに出た。
「対象、二十代の男性。能力は先ほどの見解と変わりなし。見かけは痩せ型。腕力があるような体系には見えない」
「了解。三班構成にしよう。こっちへ来い。研究所からもすでにメンバーが着いている。第八会議室だ」
「わかりました。――【狩人】がもう来てるって。早いな」
西園寺能力開発研究所は、かろうじて東京都内ではあるが、ずいぶんと外れたところにあった。もしものときのために、そうせざるを得なかったのだ。車で待っている間に聞いたが、職務上毎日のように車で通う古賀は大変なことだろう。しかも、状況によってはまつりの家まで遠回りをすることになるのだから、もう少し便利なところにあればよいのにとは思う。
せめて訓練所と訓練を終了した研究所勤めの者は別々の場所で活動すればいいのにと。
「前に課長に同じことを言ったよ。そしたらなんて言われたと思う」
後部座席で白川は皮肉な笑みを浮かべていた。それがバックミラーに映る。
「国は得体の知れない我々をなるべく一箇所にまとめておきたいのだろう、だってさ」
そのセリフに息をのむ。
しかし、それが真実に一番近い。能力者のことを知っている数少ない人々は、間違いなくそう思っている。
今回のような事件を内々に始末させてもれるだけありがたいのかもしれない。
そう、思ってやり過ごすのが一番なのかもしれない。
「できたよ、ユキちゃん」
隣で黙々と鉛筆を動かしていたまつりが、スケッチブックを白川へと差し出した。
「お、どれどれ……やっぱり巧いなぁ。そっくりだよ」
深沢が後ろを振り返ると白川がスケッチブックをこちらへ向けて見せてくれた。
「本当に、上手だ。俺、美術2だったから、ここまで書けるのはうらやましいです」
冷や汗が出るほどに。こんな小さな子どもの画力ではない。
つまりそこも含めての彼女の能力なのだろう。
褒められたまつりはにこにこと嬉しそうにしている。
「ありがとう」
褒められて無邪気に笑う彼女は、本当に笑っているのだろうか。そうであってほしいと、深沢は願った。
「古賀さんも今回参加になるのかな?」
「たぶん」
抑揚のない低い声で古賀が返事をすると、白川はまつりに向き直る。
「それじゃあまつりちゃんは俺が送って行こうか。課長が良いって言ったらね」
「おねがいします」
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