10.梔子の狩人4
「あんまり人の身体とかは触りたくないんですよ」
事件のことだけでなく、それ以外の余計なことまで頭に入ってくる。そしてその情報量の多さに倒れることとなるのだ。
「だが、発見時の被害者はタオル一枚しか身体に巻いてなかった」
たいして変わりない。
覚悟を決めた白川は佐川からトレイを受け取ると、解剖台の上に置く。椅子を持ってきて、両肘をしっかり台の上につけて、トレイはその手を伸ばした辺りへ。うつぶせに気絶しても顔面を突っ込まない位置へ置く。
「後ろに倒れたらよろしく」
背後でうなずく気配を感じながら白川は心臓に触れるか触れないかのところまで指先を近づけた。佐川がその向こう側で興味深そうに眺めている。
始めは何も起こらなかった。しかし、それが嵐の前の静けさであることを知っている。
右手の指のはらに、しびれるような感覚が走った。
光が見える。
目を閉じているにもかかわらず、それはまぶたの裏側で何度も細かい火花を散らす。
「くうっ」
肉体的な苦痛ではない。脳の奥が焼けるように熱くなる。
能力者が一度は入るコントロール、トレーニングを目的とした施設、西園寺研究所の誰かが言っていた。
眼精疲労で目が熱くなることがあるだろう。それと同じように、白川のサイコメトリーは脳で読み取っているから熱くなるし、苦痛を感じるのだと。
それは正しいと思う。しかも、眼球から入った情報を脳で処理するのではなく、いきなり脳へと叩き込まれるのだ。
気付くと、椅子から落ちていた。深沢に肩を押さえられている。
「大丈夫ですか?」
気遣わしげに覗きこんでいる青年の顔面を左手でおしやり、肩を借りて立ち上がった。
「謎は解けた?」
佐川の手には心臓の乗ったトレイ。この後薬品付けにされるのだろう。
だがそれはここに保管されることはない。今回の証拠はすべて施設行きだ。
確かに貴重な症例として保存されるべきものであるのだろうが、それは、普通の人間が目に届く場所ではない。
「ご協力ありがとうございます。追ってうちの藤本から連絡があると思いますので、お願いします」
「わかった。彼の記録は続けるべき?」
「いえ。検死報告書に書かれるのは、こちらが提示した内容です」
「ありがとう。手間が省ける」
それで用は終わったとばかりに白川は解剖室を後にした。深沢は先をいく彼と、佐川を見比べたが、軽く頭を下げて外へ出る。監察医もとくに気を悪くした様子はなく、己の作業を続けていた。
車に乗り込むと、携帯を取り出す。
すると、こちらが発信ボタンを押す前に着信が入った。
「悪い予感がするな」
藤本は様子を窺っていたのだろう。S級の透視能力を持つ彼女ならそれくらいわけもない。
「当たりです。狩りの準備を」
助手席に座る深沢が肩を揺らした。
「相手の能力は?」
「はっきりとした条件は分かりませんが、電気的な何かを発生させられる、そんなような能力だと思います。佐川先生の話では、被害者は雷を受けたような感じだというのですが、その受けた場所がおそらく心臓です。明らかに発生源がそこでした」
「皮膚にはまったく触れず、か?」
「ええ。ですから射程範囲がわかりません。俺、これからちょっと現場へ行ってきます。被害者が対象の顔を見ていないんで。狩りをするにも顔の判別が必要でしょう」
「いや、一度戻れ。相手の能力がはっきりしないからには万全を期す。似顔絵は正確な方がいい。古賀と犬養をこっちに呼び出しておくから、それを連れて行け」
「それなら僕が二人を拾いに行った方がいいんじゃないですか? しせ……研究所に」
「だから、だよ。犬養は今警察庁内にいる。もちろん古賀も一緒にな。残りの面子はお前の見立てで決めよう。連絡だけはしておく」
そういって電話は一方的に終了した。
シートベルトを締めて車をスタートさせる。
黙ったままの白川に焦れて深沢が話し始める。
「ユキ先輩は何を見たんですか?」
白川はちらりと彼を見て首を傾げた。
「言葉にするのが難しいんだ。まあ、彼の過去と、突然の暗闇。あとはすごく、しびれた」
普段は映像、絵でしか見えないのに、今日は感覚にも侵入してきた。被害者が経験したような死の予感はまったくなかったが、それでもあの感覚をもう一度味わいたいとは思わない。
「でもそれだけだったら、能力者が関わってるってわかりませんよね?」
「まあ、それだけだったらな。けど、確かにあの瞬間、心臓をつかむ手のようなものを見た」
「手、ですか」
白川は自分の手袋に包まれた右手を見る。
「俺がサイコメトリーする場合、無機物や植物の場合はあんまり関係ないんだが、生物、特に人の場合はその対象が捕らえている視覚にしばられる。さっき言ったろ? 被害者は加害者の姿を見ていないと。その代わり、対象者の身体の中で起こっていることは結構感じ取れることが多いんだ。今回はその手。心臓に伸びるそれを感じた。真後ろにいたのかもしれないが、人の見ていないという意識が俺のサイコメトリーを邪魔する」
これがなければ白川はサイコメトラーとしてS級クラスになっただろう。どうしても対象の意識に引っ張られて事実を完璧に引き出すことができない。
「どっちにしろその手から悪意を感じた。殺すことに対する罪悪感が得られなかった。それに、何度か試している」
「試す?」
「ああ。何度か試した上での犯行。だから【狩り】なんだ」
「狩りは、俺や、ユキ先輩が見つけられたような状況とは違うんですか?」
「違う。全然。マキがどんな風に見つけられたかは知らないが、【狩り】は絶対的優位の下、獲物を追うんだ。あまりに危険ならば命を絶ってもかまわないといった気構えで。お前の場合はそんな風ではなかったんだろう? 話を聞いてればわかるよ」
今回の件は、殺意を持って行われた。突然の能力の暴走ではない。対象は、自分の能力を把握した上で、一般市民を殺したのだ。殺す気で殺して、偽装をした。捕まる気はない。
追い込めば反撃を喰らう可能性もある。
「それに今回は殺傷能力の高い対象のようだから、藤本課長が慎重になるんだろう。今から落ち合う人たちはこれからも協力することが多いだろうからなるべく良好な関係を保つように」
深沢が黙り込んだので白川はまあ大丈夫だろうけど、と続けた。
犬養を前にして悪感情を抱くような者は、よっぽどの異常者だ。
「古賀さんはええっと、今年三十八か七かそれくらいだったと思う。痩せたおっさん。悪い人じゃないよ。無口だから怖いと思われがちなだけ。能力はある特定範囲に能力者がいるかどうかを知ることができる。他にもあるかもしれないが、俺が知っているのはそれだけだ」
他人の能力は必要以上に聞かない。それが約束の一つだ。サイコメトリーを使う白川やテレパスのような勝手に情報を読み取ってしまう、プライバシーを著しく侵害するような者は、それなりに礼儀として話すことはあっても、他の能力者が軽々しく己の能力について語ることは許されていなかった。知る必要はない。そう、言われ続ける。それは能力者同士が団結して反乱を起こすことを恐れているようでもあった。
けれど、こうやって一緒に行動することになると、お互いの能力をある程度把握しておかなければならない。特に、行動に関わりのある部分は。
「彼が出向くのは、俺らがこれから現場に行こうとしているからだ。もし対象が現場付近にいて、俺たちの行動に不安を抱いて攻撃を仕掛けてきたら困るだろ? 特に今回の能力者の攻撃性は高そうだ。射程距離もわからない。まあ、もし向こうが組織的に動いていて、遠くのものを見たりする能力がある者が側にいたらまた話も変わってくるが、そこまで対応はできないからな、なかなか」
能力者は能力者を恐れる。
「古賀さんが出向くのにはもう一つ理由がある。まつりちゃんが出るからだ」
そこで白川はにこりと笑う。あの笑顔を思い出して頬が緩む。
「犬養まつり。彼女の能力は人の記憶を読み取りそれを絵に表す能力」
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。




