1.鈍色の記憶1
どうしても遺体などの描写がありますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
真っ白な扉が盛大な音を立てて閉まる。その憎々しげな動作が今の心情をよく表していた。 季節は春。夜中の零時をとうに回っているとなれば、外はまだ肌寒い。アクアスキュータムのベージュのコートが闇の中に浮き上がり、風に揺られる姿は幽霊と見間違われても仕方ないくらいだ。そして、まさに彼が降り立った場所はそんな目撃談が報じられてもおかしく内場所なのだ。
都内某所。墓石が並ぶ、そこそこの規模な霊園。
彼、白川雪之丞も、頼まれたって夜の墓地には来たくない。しかも住宅街の真ん中にあるこの霊園は、現実との垣根を作るべくぐるりと木々で囲まれている。少し風が吹けばざわざわとなにやら恐ろしげな音を立てた。
頼まれたって来たくなかったのだ。
「遅かったな」
突然声を掛けられ、白川は心の中で悲鳴を上げる。周りに人の気配などなかったのに、それは後ろからやってきた。
お姉さんたちにやたらとモテる、普段から皆に可愛いと称されるその顔に、怒りの表情を貼り付け振り返る。
そこにあったのは一人の男。上から下まで黒ずくめで、黒いコートの中のスーツまで黒だ。MBIかよ! と毎度のことながら突っ込みを入れたい。
「おまえっ……」
いきなり声を掛けるなと言いかけてやめた。
そのあと、絶対、冷静に思ったことを語られる。それは悪かった、こんな場所で急に声を掛けたら怖いだろう、驚かせてしまった。
なんだ小心者だなとか、びびったのかと馬鹿にされるならまだいい。冗談めかしてかわせない、素直な感想ほどきついものはなかった。
実際びびったのだからなおさらである。
「遅いだあ!? 今何時だと思ってるんだよ。午前二時。草木も眠る丑三つ時だよ? お子様はもちろん大人だってぐっすりな時間だよ? 俺だって例に漏れずしっかり明日への糧だとおやすみしてたんですよ。それをよくもまあ、こんな真夜中に呼びだしてくれたな!」
頼まれたって来たくなかった。だが、命令が下ったのだから仕方なかった。
白川の抗議を、黒崎航は肩をすくませただけでやり過ごした。昼間掛けているサングラスは、さすがにしていなかったが、髪の毛も染めていない彼は夜の闇にどうかする技術を持っていた。
気をつけて見ないと、すぐ目の前から消え失せてしまいそうだ。
茶色の髪にベージュのコートの白川とは対照的な存在だ。
「夜中の墓地とか有り得ないだろう」
くるりと踵を返して霊園へと入っていく黒崎を追いかけながら、ぶちぶちと漏らすことを止めない。
「何が有り得ない? むしろ日常だ」
黒崎は淡々と述べながら、懐中電灯を点けて奥へ進む。その足取りに迷いはなかった。すでに下調べをしていたのだろう。
入り口まで白川を迎えに来たのだ。
「そりゃ、あんたのところは日常かもしれないが、俺のところでは違うの。こんな夜中の秘密のお仕事するような課じゃないの」
「藤本さんは部屋にいたけど?」
藤本は白川の上司だ。特殊警防課課長である。名前を聞いただけでその鬼っぷりを思い出し、背筋に冷たいものが走った。
「あの人は異常。変態なんだよ。夜中の覗きが趣味で、課の部屋はあの人の部屋なの。アレを基準に考えられても困る」
実生活に必要な物がすべてあの部屋の中に揃えられている。課長のスペースには鍋まであった。家に帰っているのを見たことがない。
「今の言葉、一言漏らさず伝えておこう」
「や、ちょい待て。ずるいよお前、それ」
慌ててムカつく相手をなんとか懐柔しようと身を乗り出す。白川の方が百八十二センチと背が高い分、殴り甲斐のある頭がよく見える位置にいるわけだが、それをぐっと堪えた。
「俺にはお前の能力が必要で、藤本さんに貸し出しの依頼をしたら快諾していただいたわけだ。で、藤本さんからお前に連絡がいった。そうだろう? 白川」
「俺は図書館の本かよ! だけど、お前のところにだって優秀な職員がそろってるじゃないか。そいつらを連れてくればいいのに」
「うちのメンバーは昨日まで大捕物があったから、今日は休息日だ。ただ、こっちも放っておけない状況のようなので、せめて原因の追及をしておきたい」
「ほうほう、優秀な課長代理殿でございますね。部下の体調管理もばっちりだと。自分の課以外の人間の都合なんぞどうでもいいってわけですか」
我ながら嫌な言い方だと思いつつ、言わずにいられなかった。可愛い女の子とデートをしている夢を課長の電話で叩き起こされた恨みは、ちょっとやそっとじゃ晴らせないのである。第一黒崎にこき使われるこの状況が気に入らない。
「なんだ、ずいぶんとご機嫌斜めだな……女性でもいたのか?」
「いないけどなっ!」
いないけど、いたんだよ。夢の中に。
もう二度と出会えない大和撫子ちゃんが。
と、黒崎が突然足を止めた。黒崎の後頭部を狙っていた白川は見事にその頭にキスをしてしまい、痛みにのけぞる。
「おい、急に止まんなよ」
口元を押さえながら痛みに耐える白川。そんな彼を振り返った黒崎には、もはやトレードマークとも言える眉間の深いしわが刻まれていた。鋭い眼差しを真っ直ぐ白川に向ける。
「今回の仕事にはお前の能力が一番だと思ったから、藤本課長に要請をしたんだ。それが受諾され、お前はやってきた。あの人だって無理だと思ったならきっちり断るくらいのことはする人だ。お前もそれはわかってるだろう。個人的な感情でまだぐだぐだ言うつもりなら帰ってもらって構わない」
あまりの正論っぷりに言葉が出てこない。
むっとした表情のまま固まる白川に、黒崎は何も言わず背を向けた。そしてそのまま歩いていく。
そこで素直に悪かったと謝ることができるような性格ではないし、関係でもない。
だから白川は黙ってその後に続いた。
墓地に入って五分ほど。墓石の一つが完全に倒れている場所があった。懐中電灯で照らされたそこには、黒い血痕らしきものも残っている。
「ここ二、三日でいくつか報告が入っていた。夜中に悲鳴が聞こえたとか、大きな物音がしたとか。調べて見なければと思っていたんだが、さっき言ったとおり少し大きな事件があって人員を回せなかったんだ。そこへ、とうとう被害者が出た。昨日の夜だ。午後八時頃。女性が、突然倒れてきた墓石の下敷きになった。足の骨をだいぶひどくやられた。さすがにそのままにしておけないので、原因を調べて対処できればしておきたい」
白川はコートの裾に気をつけながらしゃがんで横になっている墓石と血痕を交互に睨む。
「午後八時の事件でこの時間ってのは遅すぎるんじゃない?」
午前二時の恨みは根強く残る。
「警視庁の連絡が遅かった」
「……」
ただの事故と片付けられていたのだろう。常人にその辺りの見極めは難しいし、普通は事故だと思う。世の中に、こんな現象が現実として取り扱われていると思う方がおかしい。
「さあ、早く」
黒崎が急かす。
「こんな墓地で一体何をしていたのやら」
「さあ?」
「とんだ濡れ場を見てしまいそうな予感」
「女性は一人だったから、帰宅途中の通り抜けでもしていたんだろう」
淡々と事実を述べる男をじろりと睨み、白川は目を閉じて息を吐く。
「覚悟しろよ、自分」
腹に力を貯める。
そして、対象を墓石に決め、そっと右手を伸ばした。
触れるか触れないかギリギリの距離。
指先に、白川にしか感じ取れない光が走る。
自分の中に火花が散る。
「くっ、ああっ!」
右腕から肩にかけて、それが駆け上がってくる。片膝をつき、のけぞり、情報が脳の中にヴィジョンとして現れる瞬間、さらなる衝撃が全身を貫く。シナプス間で普段の何十倍もの電気信号がやりとりされるような感覚。
熱い塊が目の奥に現れる。
サイコメトリー。
それが黒崎にとって必要な能力だった。
白川の所属する特殊警防課は、警察庁の中に属してはいるが、表向き存在しない課だ。超能力と呼ばれる、世間では本気で話題にすれば常識のある者たちの間では笑い話にしかならないもの。それがこうして裏の社会でひっそりと存在した。
特殊警防課の人間は何かしらの特殊能力を持っている。
白川のサイコメトリーは右手で物体に触れることにより、そのものの由来やその人物に触れた人の過去や未来といったものをヴィジョンとしてみることができた。
黒崎は白川に、この土地で何があったのかを視ろと言っていたのだ。
白川自身はこの能力が好きではない。コントロール術を覚えているとはいえ、あまりにも強い思念や、体調によっては、不意に能力が発動し、視たくもない物を見るハメに陥ったりもする。人の秘密を暴くようなこれは、あまり楽しくない能力だった。
それでも普段は主に犯罪現場にあった遺留品から、犯人の手がかりを探したりしている。彼がどう思うが、能力の有用性は高い。
それに目をつけたのが黒崎だ。彼の所属する特殊環境課の事件に最近よく引っ張り出される。そして視たくもない、土地で起こった出来事を視せられるのだ。
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平日更新。
30回六話まで書いておりますが、続きは半年とかかかるので、お暇なときに~
こういったものも好きなんだよという。
タイトルが1と1でややこしいのは申し訳ないが、誤字脱字報告があったときにわかりやすくしているのでご了承ください。
三人称で視点移動ありです。
最初お題をもとに書いていたんですよねー。
途中から気にせず書いていたけれど。
実際あったものとかで書いていたら軒並み閉店していて震えた……年月の残酷さを知りました。




