今日も日が登る
儂の朝は早い、まだ太陽が昇らん内に目を覚まし、身支度を整える。 そして、まだ薄暗い森の中を歩き何時も場所に向かうのだ。
その場所は周りを岩で囲みそこから、下へと水が流れるーー滝だ。 儂はその手前の水辺の前に座り、持参した尺に水を入れ、それを体にかけるーー冷えた水が、儂の意識を覚醒させる。 最初は手足それから胴体、そして頭から水を被る、 そうすることで体をこの場所に慣れさせていくのだ。
そして滝の方へと向かう⋯⋯この場所は儂が見つけたお気に入りの場所だ。 たった一人、聞こえるのは、水が落ちる音と小鳥のさえずりだけだ。
儂は水に打たれながら、手を合わせる⋯⋯その様子は他人から見れば、どの様に見えるのだろうか?
過去の失敗とやらかし。 もう戻れない日々に贖罪する気持ちで儂は毎日これを続けている。 そんなことで救われるとは思ってはいない⋯⋯この行為は儂のただの自己満足に過ぎん。
明るい森の中を帰り、自分の住処に戻る。 暖炉に薪を入れ火を燃やす⋯⋯儂はそれをじっと見つめた。 体が暖かくなるのを感じる⋯⋯心は冷え切ったままだが。 十分に乾ききった衣を確認して儂は暖炉から離れた。
人間は腹が減る、儂とてそれは変わらん、外から持って来た食材を用意する、そして暖炉から火を取り出し消えぬよう薪を足す、それを使い調理をするのだ。 やがて出来たそれを口に入れる⋯⋯味など気にならない、満たされればそれで良い、ただ時間をかけてゆっくり咀嚼していくだけである。
それが終わると儂は、日差しの当たる軒先へ移動して瞑想する⋯⋯そしてその内日が暮れる。
寝床に着くが、夢に起こされる、そのたびに動悸がする⋯⋯過去の罪が儂を許してくれない。 儂はただただもう見えない、幻影に対して謝り続けるのだ。
これ儂の一日⋯⋯いや人生なのだろう。 儂の余生はこれからも罪を背負い生きていくのだろう。
その日も日課の滝へ行き、体を水に慣れさせようと近づいた時に異変に気付く。 服が置いてあるではないか、リュックに靴にパーカーにジーンズにTシャツ⋯⋯パンツまで綺麗に置かれていた。 そして聞こえる奇声⋯⋯鳥たちも逃げる様に飛び去って行った。 声からして若い男性の様だ、儂は衣服と滝に視線を泳がせる⋯⋯
まさか⋯⋯儂は顔が赤くなるのを感じながらも青年に声をかけた。
「⋯⋯そこの青年よ、何をしておるのだ?」
「⋯⋯己れの心と体を鍛える修行をしております」
「修行?⋯⋯ならば今すぐその奇声を止めろ、気を沈めるのじゃ」
「気を沈める⋯⋯わかりました、やってみます」
そう言うと青年は奇声を止めた。 静かに意識を集中させているようだ⋯⋯儂は青年の修行が終わるまで待つことになった。
「師匠は、いつからこの山で修行をしておられるのですか?」
「儂を師匠と呼ぶでない! 覚えておらんな⋯⋯それよりも青年、何故ここに来た?」
「⋯⋯俺には叶えたい望みがあるんです」
望みだと? そう熱く語る青年の声はとても真剣で⋯⋯儂は顔を背けた。 何が彼をそうさせるのか儂にはわからないが目が輝いていた⋯⋯儂にはその輝きは眩し過ぎたのだ。
青年はしばらく山籠りをするらしい、しかしどう見ても、テントなどの宿泊用の道具はない⋯⋯それを尋ねると彼は「まあなんとかなるでしょう」と言った。 儂は彼を説得して儂の住処へ連れて行く途中で「いや⋯⋯その悪いですし。 あ、それにお金ないですから」と言っていたが、この無知な若者を放っておくことは儂には出来なかった。
「師匠はここで暮らしているんですか⋯⋯一人で?」
「⋯⋯ああそうだが、問題あるか?」
「いや⋯⋯無用心だと思いまして」
「こんな山の中だ誰も来ん」
師匠呼びを訂正するのはもう諦めた。 それより心配? ⋯⋯儂は彼に心配されているのか?
飯の支度をする。 青年が手伝うと言って来たが断り、彼の前に料理をだす。 味が彼に合うか心配だったが、彼は美味しそうに食べる⋯⋯そんなに急いで食べなくても、まだまだたくさんあるのにな⋯⋯
「おいおい⋯⋯お前さん、あんなに食った後だ。 食後にそんなに運動しては体が辛いだろう」
「いえお師匠様、俺は修行の身⋯⋯目標の為には精進が必要ですよ」
「まったく⋯⋯ほどほどにな」
まったく、何という弟子だ⋯⋯少しだけ彼の目標が気になった儂だった。
「くう⋯⋯はあ、また目が覚めてしまったか⋯⋯」
夜、儂は何時もの様に目を覚ました。 ⋯⋯そういえば彼は今なにをしているのだろう? 儂は彼のことが気になり部屋を飛び出した。
夜空が綺麗に見える縁側に彼はいた⋯⋯何かに祈りを捧げる姿を見て、儂の心はときめいた⋯⋯
「月が綺麗ですね⋯⋯」
「⋯⋯はう」
「? どうしました師匠?」
「え? ⋯⋯そうだなうん、月が綺麗だ」
二人で縁側で月を見る⋯⋯彼が月明かりに照らされた、優しい顔で儂を見てくる。 心の高鳴りとは裏腹に不思議と眠気が襲って来た⋯⋯
「師匠⋯⋯こんな所で寝ると風邪を引きますよ」
「⋯⋯すう」
「⋯⋯寝てしまったか⋯⋯まったく無用心な方だな。 寝床まで運ぶか⋯⋯」
朝、日差しが顔にあたり目が覚める。 しまった! もう日が昇っている、山籠りを初めて以来こんなに寝るなんて今までなかったのに⋯⋯あれ? そういえば儂⋯⋯昨日、夜に目が覚めて縁側に⋯⋯。 そう考えた途端顔が熱くなる⋯⋯どうやら彼がここまで運んでくれたらしい。
「おはようございます師匠! 今日もいい天気ですね」
「お、おはよう青年⋯⋯」
「? どうしたんですか師匠、熱がある⋯⋯もしかして風邪ですか!」
「馬鹿者! いきなりオデコに触る奴がおるか!」
まったくなんて奴だ⋯⋯儂は逃げる様に彼から離れる「無理は駄目ですよ師匠」とか後ろで言われるが知らない。
それから色々なことがあった⋯⋯まったく世話のかかる奴だ、そんな彼がある日の朝の食事終わりに、突然儂に頭を下げて来た。 彼はどうやら今日、ここを去るらしい⋯⋯どうやら目的の日が今日だったようだ。
「短い間でしたが、ありがとうございました、師匠。」
「おう⋯⋯まったく世話のかかる奴だったな。 その目標とやらを必ず達成するんだぞ!」
「はい、必ず当てて見せます」
「当て? まあいいか⋯⋯じゃあな」
彼が去って行く⋯⋯何故か心に穴が空いた気持ちになった。 結果彼の目的は聞けなかったな、あの戦いに向かう眼差し、カッコ良かったな。 儂は何時もように縁側へ行き瞼を閉じるが浮かぶのは、彼のことばかり、まったく集中出来ない。 でも、とても気持ちよくて嬉しい気持ちになる儂なのだった。
朝、目が覚める。 あの日から夜、うなされることはなくなった⋯⋯儂は彼の顔を思い浮かべながら思う。 元気か青年、たまには師匠の元へ顔を出してこいとーー




