第五話 最後の一回
カラン……カラン……。
無数のカプセルが床を転がる音が、薄暗い店内にこだまする。
咲良は両手に抱えた未央のカプセルを見つめ、心臓を押さえていた。
必死に呼びかける未央の声が、かすかに聞こえる。
『咲良……お願い……』
胸の奥が痛む。恐怖も不安も、混乱もすべて飲み込み、咲良はただ前に進むしかなかった。
目の前のガチャ筐体には、最後の小銭が握られている。
――これを回せば、すべて終わるかもしれない。
でも、もし間違えれば……。
背後で無数のカプセルがカランカランと音を立てる。
透明な殻の中に映る自分の顔が、じっとこちらを見つめて笑う。
それは笑顔のまま、囁いた。
『一緒に遊ぼう……』
咲良の指先が震える。
視界の端では、黒いフィギュアが小さく揺れ、じっとこちらを見つめている。
心の奥底で、理性と恐怖がぶつかり合う。
でも、未央を助けるために、咲良は手を止めなかった。
小銭を投入する。
ギリギリギリ……ハンドルを回す。
落ちたカプセルを握りしめ、震える手で開く。
中にあったのは――咲良自身のミニチュアフィギュアだった。
小さな手足、制服のシワ、髪の毛の一本一本まで精巧に再現されている。
そして、フィギュアは笑顔で囁いた。
『一緒に遊ぼう……』
耳元で聞こえる声。
でも、それは確かに咲良の声ではない。
自分自身が、自分に呼びかけている。
――怖い。でも、未央を置いていけない。
未央の声が耳元でかすかに響く。
弱々しく、かすれて、まるで紙の向こうから聞こえてくるようだ。
それでも確かに未央だとわかる。
『咲良……逃げないで……』
咲良の胸が張り裂けそうになる。
恐怖で手が震え、汗が額に滲む。
でも、未央を守らなければ、二人とも取り込まれてしまう。
咲良は深呼吸をし、決意を固めた。
握ったフィギュアを押さえ、最後の一手を放つ。
ギリギリギリ……。
ハンドルを回す指先が、まるで意識とは別に震える。
カプセルが落ちる。
床にカランと当たる音。
一瞬、白い光が広がり、視界が真っ白に染まった。
咲良は目を開けられず、耳の奥で未央の声をかすかに聞いた。
『咲良……ここ……怖い……』
光が薄れ、視界が戻ったとき――そこには未央が立っていた。
カプセルの中から出てきた未央は、縮こまっていた体を少しずつ伸ばし、現実の空間でしっかりと立っている。
「未央……!」
咲良は無意識に駆け寄り、両腕で友人を抱きしめる。
体温が手のひらに伝わり、息づかいが耳に届く。
冷たく硬かったカプセルの中で縮こまっていた未央が、確かにここにいる――現実の世界に。
未央の髪の香り、心臓の微かな鼓動、そして小さな肩の震え。
咲良は涙をこらえ、声にならない嗚咽を抑える。
未央も、咲良の胸に顔を埋め、かすかに震える。
「咲良……怖かった……でも……助かった……」
咲良は涙を拭い、背中をさすりながら答える。
「大丈夫だよ、未央。もう、離さない……絶対に」
互いの体温が、震えが、恐怖の余韻を包み込みながらも、確かな現実を感じさせる。
二人はしばらくそのまま抱き合い、呼吸を整えた。
心の奥では、あの黒いフィギュアや無数のカプセルの恐怖がまだ消えていない。
でも、今は確かに未央が目の前にいる。
しかし、耳の奥で微かに囁きが聞こえる。
『もっと回せ……もっと……』
私は息を詰め、咲良にしがみつく。
その囁きは現実のものではないとわかっている。
でも、体のどこかがまだあの世界に引きずられそうな感覚を覚える。
◇
学校の購買部。
放課後の光が窓から差し込む。
咲良はカバンを背負い、未央と一緒に昼休みの買い物を終え、片隅を通り過ぎる。
そのとき、目に映ったのは――
購買部の片隅に、ひっそりと置かれた小さなガチャ筐体だった。
ガチャ筐体は古びていて、埃をかぶっている。
でも、見覚えのあるデザイン――あの店のものと同じ、黒い輪郭のフィギュアが入った筐体だ。
誰もいない購買部の中、筐体のハンドルが微かに揺れ、鈴のような音がわずかに響く。
――次の犠牲者を、待っている。
咲良は思わず立ち止まり、背筋がぞくりとした。
未央も、何かを感じたのか、咲良の手を握る。
でも、二人は声を出さず、ただ静かにその場を通り過ぎるしかなかった。
外の光に触れ、二人はまだ生きていることを噛みしめる。
しかし、あの古びたガチャが、どこかで誰かをまた誘うのだという事実が、心の片隅に重く残った。
――回す者が現れるその日まで、静かに、待っている。