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第四話 回収不能

 『――もっと回せ』


 自分の声。けれど、確かに自分ではない。

 黒いフィギュアが小さな口を動かして囁いた瞬間、咲良は息を止めてしまった。


「やめろ……やめろよ……!」


 反射的にカプセルを地面に叩きつける。

 パリン、と割れたはずなのに、黒いフィギュアは無傷で立っていた。

 笑っている。――いや、笑っているように見えるだけかもしれない。


 震える足で後ずさると、背中に冷たいものが触れた。

 振り返れば、そこにあるのは別のガチャ筐体。

 その透明なカプセルの中に、“もう一人の咲良”が閉じ込められている。


 笑顔で。無表情で。泣き顔で。怒り顔で。

 何十という“咲良”が、カプセルの中から睨んでくる。


「……こんなの……嘘……」


 頭がぐらぐらする。足がすくむ。

 思考がまとまらず、息がうまくできない。

 肺に空気が入っているはずなのに、胸が圧迫され、酸素が脳に届かない。


 その時、耳の奥にじわりと声が滲んできた。


『――回収不能』


 囁きが重なり、頭蓋骨の内側を叩き割るように響く。

 ひとつの声ではない。男の声、女の声、子どもの声、咲良自身の声……数えきれない声が折り重なって響く。

 思わず耳をふさいでも、音は体の中から湧き上がってくる。


 気づけば、両手に持ったカプセルの重さが増していた。

 ズシリと沈む感覚。まるで中に人間が詰まっているかのような。


 咲良は恐る恐る視線を落とす。

 カプセルの中に入っているのは“未央”。必死に叫んでいる。


『咲良……逃げて……!』


「未央!」

 叫んでも、声は届かない。

 カプセルの表面に走る罅割れは、まるで檻の鉄格子。未央の顔を、表情を、閉じ込めてゆく。


 咲良は爪が割れるほど力を込めてカプセルをこじ開けようとした。だが、硬い。

 プラスチックのはずなのに、まるで鋼鉄の檻。

 触れる指先に冷たい熱が吸い付いてきて、逆にこちらの体力を奪っていく。


「どうして……どうして開かないの!」


 その時、闇の奥からあの老人が現れた。

 古びた羽織をまとい、背を丸め、白濁した目を細めている。

 床板をきしませながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「言ったろう、お嬢ちゃん……回収はできんのだ」


「どうして! 未央を返してよ!」


 咲良の叫びに、老人は首を横に振る。

 乾いた笑いが喉の奥で絡みつき、吐き出される。


「返す? あの子はもう“回された”。ガチャの中身は、二度と元には戻らん」


 淡々とした声。だが、その口元は愉悦に歪んでいる。

 まるでこの瞬間を楽しんでいるかのように。


「……じゃあ、私は……?」

 咲良は震える声で問う。

「私も……回収されるの?」


「お前さんはもう片足を突っ込んでおる。黒を引いた時点で、運命は決まった」


 背後で、ガチャ筐体が一斉に軋んだ。

 ――ギィイイ……。

 金属がきしむ音と共に、カプセルが一斉に回転を始める。


 カラン……カラン……。

 無数のカプセルが落ち、床を転がる。


 その光景は夢とも悪夢ともつかない。

 カプセルのぶつかり合う音が反響し、心臓の鼓動と同じリズムを刻む。


 開いた殻の中から現れるのは――。

 人形たち。未央の顔。咲良の顔。

 入り混じり、這い寄ってくる。


 それらは足を持たず、床を這いずり、衣服を引き裂き、ずるずると音を立てる。

 カプセルの破片を爪のように伸ばし、こちらに向かってくる。


「……やめろ……近寄るな……!」


 咲良は後ずさり、足に冷たい何かが触れるたびに悲鳴をあげそうになる。

 自分の顔をした人形が、自分の声で嗤い、自分の口で泣いている。


「どうすれば、いいの!? どうすれば未央を助けられるの!?」


 老人の唇がにたりと裂けた。

 白濁した目は薄暗い灯りにきらめき、爬虫類のように冷たい。


「――コンプリートじゃ」


 その言葉が響いた瞬間、空間が震えた。

 天井も壁も、すべてがカプセルの透明な膜に覆われていく。

 逃げ場はない。


 カラン、カラン……。

 再びカプセルが落ちる音。

 その度に咲良の心臓が跳ね、背筋を冷たい汗が伝う。


 コンプリート――すべてを揃えた者だけが、“出口”を見ることができる。


 だが、それが本当の救済なのか、それとも完全な取り込みなのか。

 咲良にはまだ、わからなかった。


 それでも、両腕に抱えた未央のカプセルは、確かに震えていた。

 助けを求める友の声だけが、唯一の現実。


 闇の中で、咲良は自分の鼓動を聞いた。

 その鼓動が、まだ生きている証なのだと必死に言い聞かせながら。


 次に回すか、次に壊されるか。

 選択の時は、すぐそこまで迫っていた――。

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