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第三話 カプセルの中の声

 老人の声は、薄暗い駄菓子屋の奥から、じわりと滲み出すように響いた。

 目が慣れてくると、店内には古びた棚や色褪せたお菓子の箱が積まれているのが見えた。けれど、どれもホコリを被っていて、どう考えても売り物には見えない。


「……あの、これ……昨日から出てきてるんですけど」


 私は勇気を振り絞って声を出した。

 震える手には、昨日から持ち歩いている“黒いフィギュア”が握られている。


 老人はそれをちらりと見やり、口角を吊り上げた。


「やはり……お前さん、引いたのか」

「え?」


「その黒いのは、“始まり”じゃ。あれを引いた者は、もう“向こう側”に呼ばれ始めておる」


 ――向こう側。


 意味がわからなかった。けれど、その言葉を聞いた瞬間、背筋に氷を流し込まれたような感覚が走る。


「昨日、一緒にいた友達が……未央が……」

「ふむ、あの子はすでに“選ばれた”のかもしれん」


「選ばれたって……どういうことですか!」


 気がつけば声を荒げていた。

 けれど老人は眉一つ動かさず、店の奥の小さな椅子に腰掛け、煙草に火をつける仕草をした。


「この町には昔から“子を集めるガチャ”が置かれておった。昭和の頃から、いやもっと昔からな。子どもは遊び心で回す。だが、その中に混じる“黒”を引いた子は、やがて声に導かれて……」


 ふと、老人の目がこちらに向いた。

 白濁しているはずなのに、私の心を射抜くように鋭い視線。


「――向こうに行く」


 言葉の意味を考える間もなく、私の耳元にあの囁きが蘇る。

 『もっと回せ……もっと……』

 幻聴のはずなのに、まるで目の前で呟かれているみたいに生々しい。


「……あの子を、返してください!」

「返す? お嬢ちゃん……“回して取り戻せる”と思うのか?」


 老人の笑い声が、店の奥に響き渡った。


 ◇


 その夜。


 未央からのLINEは既読がつかないままだった。

 私は布団に潜り込みながら、机の上の黒いフィギュアを凝視していた。


 見ているだけなのに、呼吸が浅くなる。

 黒い輪郭の奥に、誰かが潜んでいる気がしてならなかった。


 やがて、瞼が重くなり――。


 ◇


 夢の中で、私はガチャの列の中に立っていた。

 昨日よりも数が増えている。どこまでも続く廊下のように、両脇に無数の筐体が並んでいる。


 足元にはカプセルが転がっていた。

 拾い上げると、中には“未央の顔”が詰め込まれている。


『……咲良……』


 フィギュアの口が動き、声が漏れた。

 震えるような、泣き出しそうな声。間違いなく未央だ。


「未央!? どこにいるの!?」


 叫ぶと、頭上からカプセルが降り注いだ。

 無数の透明な殻が砕け、中から“未央の顔をした人形”がばらばらに落ちてくる。


『回して……咲良……回してよ……』


 泣き声が混じり、囁き声が重なり、私は耳を塞いだ。


 ――その瞬間、背後に気配を感じた。


 振り返ると、そこに立っていたのは“ルミナス・セイバー”の影だった。

 裂けた笑顔。虚ろな瞳。


 そいつはゆっくりと近づき、私の手を握った。

 冷たい。まるで氷みたいに。


『もっと回せ……そうすれば……友達を返してやろう』


 囁きと同時に、影の胸元が開いた。

 そこに、小さなカプセルが埋まっている。

 中には――未央が閉じ込められていた。


「やめてよおおおお!!!」


 私は叫び、カプセルを引き剥がそうとした。

 だが次の瞬間、床が抜けて暗闇に飲み込まれる。


 ◇


 目が覚めたとき、私は机に突っ伏していた。

 汗で前髪が張り付いている。


 ふと視線を落とすと、黒いフィギュアの足元に“カプセル”が置かれていた。

 見覚えのないカプセル。

 震える手で拾い上げると、中には――。


「……未央……?」


 そこには、制服姿の未央の小さなフィギュアが入っていた。

 顔は青ざめ、必死に何かを叫んでいる。


 カプセル越しに、かすかに声が聞こえた。


『咲良……助けて……』


 心臓が止まりそうになった。

 これは夢じゃない。現実だ。


 ――未央は、本当に“カプセルの中”に閉じ込められている。


 ◇


 次の日。

 私は学校を休んだ。


 未央がいない教室に一人で座る勇気なんてなかった。

 それに、確かめなければならない。


 あの老人の言葉。

 “回して取り戻せると思うのか?”


 もしかしたら逆に、“回さなければ助けられない”のかもしれない。


 鞄に小銭を詰め込み、私は駄菓子屋へ向かった。


 ◇


 駄菓子屋の前には――もう、十台以上のガチャが並んでいた。

 昨日よりも確実に増えている。

 夕暮れの赤い光に照らされ、筐体の列は不気味に輝いていた。


 どの機械にも、カプセルの中に“未央の顔”が見えた。

 笑っているもの。泣いているもの。怒っているもの。無表情のもの。


 すべてが未央。


「……どれが、本物……?」


 私は小銭を握りしめ、最も手前の筐体に差し込んだ。

 ギリギリギリ……。


 ――カラン。


 落ちてきたカプセルを震える手で開ける。

 中から出てきたのは、“黒いフィギュア”だった。


 でも、今度は形が違う。

 髪の毛。スカート。――“私”のシルエットをしている。


「……うそ……」


 次の瞬間、フィギュアが囁いた。


『――もっと回せ』


 声は、私自身の声だった。

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