第二話 夢の続き
翌朝。
教室に入った瞬間、私は未央に肩を叩かれた。
「おはよー、咲良! 昨日の夢、見た?」
「……え」
心臓が止まるかと思った。
未央の口から“夢”という単語が飛び出した瞬間、昨夜の悪夢が脳裏に蘇る。
あの黒いフィギュア。ざわざわとした囁き声。無数に並んだ古びたガチャ。
「ちょ、ちょっと待って。未央も見たの?」
「え? だってほら……」
未央は鞄から昨日のカプセルを取り出した。
透明な殻の中には、彼女の推しキャラ“ルミナス・セイバー”のミニフィギュア。昨日まではにっこり笑っていたはずのその顔が――。
「……なんか、怖くない?」
「……うん」
顔の造形が、微妙に歪んでいた。
目のハイライトが消え、笑顔が口裂けのように伸びている。まるで悪意を帯びたコピー。
「昨日寝る前に机の上に置いてたのにさ……朝起きたら、こっち見てたんだよ」
「やっぱり……」
未央の言葉に鳥肌が立つ。
私も同じだった。机の上に置いた黒いフィギュアが、床に落ちて私を見上げていた。
――偶然で片付けるには、あまりにも気味が悪い。
◇
授業中、頭の隅でずっと囁き声が響いていた。
黒いフィギュアの声。
「もっと回せ」「もっと……」
板書を写していても、数字や漢字が揺らいで見える。
まるでノイズ混じりの映像みたいに。
「咲良、大丈夫?」
「えっ……あ、うん」
休み時間。心配そうな顔の未央が、ペットボトルのお茶を差し出してきた。
私の顔色が悪いらしい。
「……放課後さ、また行ってみない?」
「……駄菓子屋に?」
「うん。だって気になるじゃん。あんなの、普通じゃない」
普通じゃない――未央が口にした言葉が、ずしんと胸に落ちる。
◇
放課後。
私たちは再び、あの駄菓子屋へ足を運んだ。
商店街の外れ。夕焼けが、建物の影を長く伸ばしている。
昨日と同じように、トタン屋根の下にガチャが置かれていた。
……いや、少し違う。
「……数、増えてない?」
昨日は一台だけだったはず。
今日は三台、並んでいる。
黄ばんだプラスチック。金属のハンドル。どれも同じ型。
でも、入っているカプセルは全部違っていた。
「これ……どっち回す?」
「……一番右かな」
未央が迷いなく選び、百円玉を投入した。
ギリギリギリ……。
落ちてきたカプセルの中には――。
また“ルミナス・セイバー”だった。
「……え?」
昨日と同じキャラ。でも、表情がさらに歪んでいる。
笑顔が完全に引き攣って、目が裂けるように広がっていた。
「……なにこれ、怖」
「未央、もうやめた方がいいよ」
「でも……」
彼女は震える手で、そのカプセルを握りしめた。
◇
その夜。
夢の中で、私は未央の声を聞いた。
暗闇の中で、彼女が泣いている。
「咲良……助けて……」
振り向くと、未央の体から“ルミナス・セイバー”の影が生えていた。
背中から突き出すように、キャラクターのシルエットが浮かび上がり、未央の顔を覆い隠していく。
「やめて! それは偽物だよ!」
私が叫ぶと、影が振り返った。
笑顔のまま裂けた口が、囁いた。
『――もっと回せ』
◇
翌朝。
未央は学校に来なかった。
スマホを見ても、未読のまま既読がつかない。
胸がざわつく。昨日の夢が現実になっている気がしてならなかった。
私は放課後、一人で駄菓子屋に向かった。
――答えを確かめるために。
◇
駄菓子屋の前。
今日は、四台に増えていた。
誰もいないはずの店先に、かすかに笑い声が聞こえた。
ガチャの中を覗くと――。
未央が欲しがっていた“ルミナス・セイバー”が、カプセルの中で並んでいた。
全部、裂けた笑顔。
その中に、一つだけ。
未央の顔をしたフィギュアが入っていた。
震える手で私は後ずさった。
その瞬間、後ろから鈴の音が響く。
「――探しているのは、それですか?」
振り返ると、店の奥から、腰の曲がった老人がこちらを見ていた。
真っ白な目。笑っているのか分からない皺だらけの顔。
「そのガチャはね……ずっと昔から、この町にあるんですよ」
老人の声が、やけに低く、耳に残った。