第一話 駄菓子屋の前で
放課後の街を歩くのは、ちょっとした冒険みたいで好きだ。
制服姿のまま、鞄を肩から下げて、ふらふらとアニメショップや中古ゲーム屋をはしごして歩くのは、私たちの小さなルーティンだった。
「ねぇ、咲良。この前のガチャ結果、結局あれからどうなった?」
隣を歩く未央が、私の顔を覗き込みながら訊ねてきた。
未央は私以上にディープなオタクで、推しのためなら迷わず散財するタイプ。しかも情報収集が早い。新作の限定グッズやコラボカフェの噂は、大抵、未央から聞かされるのが常だった。
「うーん、全然ダメ。三回回して全部ノーマル。レアなんて都市伝説だよ」
「都市伝説じゃないってば! 昨日、別クラスの子が“シークレット”当てたって言ってたよ?」
「え、マジで……?」
心臓が小さく跳ねた。
今、私と未央の中でマイブームになっているのは、アニメ『ドリーム☆ハンターズ』のガチャガチャシリーズ。小さなフィギュアやストラップになっているんだけど、造形の出来が妙に良くて、しかもアニメ本編ではまだ登場していない“裏設定キャラ”まで含まれているのだ。
特に、レア枠の“ナイトメアフォーム”は、SNSでも話題になっていて――。
あれを当てた人は、すぐに写真をアップして、いいねが数百はついていた。
「……くぅぅ、やっぱ欲しいなぁ……」
「でしょ? だからさ、今日こそ絶対探し出そうよ。学校帰りに回れる範囲、片っ端から行こ!」
「うん!」
私と未央は拳を合わせて気合を入れる。
◇
コンビニの前。
ゲームショップの横。
ショッピングモールの一角。
それっぽい場所を片っ端から巡ってみたけれど、どこも売り切れ。カプセルが空っぽになったマシンの中を覗き込むたび、ため息が重なった。
「やっぱ人気すぎるんだよなぁ……」
「一台くらい残ってると思ったのにね……」
夕暮れのオレンジ色が街を覆いはじめる。
部活帰りの生徒たちや、買い物袋を下げた主婦の人波に紛れて、私と未央は足を止める。
「……帰る?」
「いや、まだ!」
未央の瞳が、まるで狩人みたいに光る。
そのときだった。
――ガラン。
古びた鈴の音が、路地の奥から響いた。
ふと目を向けると、商店街の外れに、ひっそりと駄菓子屋があるのが見えた。
「え、なにあれ……?」
「え、まだあったんだ、駄菓子屋」
くすんだトタン屋根。色褪せた看板には『松川商店』とある。
昭和レトロを通り越して、時代に置き去りにされたような雰囲気。私たちの通う街には似つかわしくない空気をまとっていた。
その店先に――。
一台の、ガチャガチャが置かれていた。
◇
近づいた瞬間、背筋に薄ら寒さが走る。
透明なケース。金属製のハンドル。
でも、どこかおかしい。
「なにこれ……古っ。昭和の頃のやつじゃない?」
「……だよね。最近の筐体って、もっと白くて大きいし」
黄ばんだプラスチック越しに覗き込むと――。
中に入っているカプセルは、色とりどり。だがその中身は、見覚えのあるキャラクターたちだった。
「……え、ちょっと待って」
「嘘でしょ……? これ、『ドリーム☆ハンターズ』じゃん」
二人して顔を見合わせた。
まさか、こんな古びた駄菓子屋の前に、私たちが探していたシリーズがあるなんて。
しかも、見たことのないデザインのフィギュアまで混じっている。
黒いシルエットのキャラ。顔ははっきりと見えない。だけど、妙に目を引いた。
「これ……レアかも」
「……どうする?」
答えは決まっている。
「回すしかないっしょ!」
私と未央は、小銭を取り出して、順番に投入した。
ギリギリギリ……と金属音を響かせてハンドルを回す。
カラン。
カプセルが落ちてきた。
私は震える指でそれを拾い上げる。
中身は――。
◇
「……何これ」
私のカプセルに入っていたのは、黒いキャラクターのミニフィギュアだった。
他のキャラとは違い、目も口も描かれていない。ただの黒い塊。
だけど、どこか“人影”のような輪郭をしている。
「ははっ、外れ……?」
「いや、逆にレアでしょ、それ」
未央も同じように回してみる。
彼女のカプセルには、推しキャラの“通常フォーム”が入っていた。
「わっ、やった! この子欲しかったんだ!」
未央が喜んでいる横で、私は手のひらの黒いフィギュアを見つめる。
――妙に、じっと、私を見返しているような気がした。
◇
その夜。
夢の中で、暗闇の中に立っていた。
どこまでも黒い世界。何も見えない。
足元に、あの黒いキャラクターが落ちていた。
拾い上げると、耳元で声がした。
『――もっと、回せ』
囁き声。
背筋に冷たいものが走る。
『もっと……もっと……』
気づけば、目の前に無数のガチャガチャが並んでいた。
全部、古びた昭和風の筐体。
ハンドルが勝手に回り始め、カプセルが、カラン、カラン、と床に溢れ出す。
中から覗くのは、黒いキャラクターばかり。
ざわざわと囁く声が、頭の中を埋め尽くしていく。
『もっと、回せ……もっと……』
――そこで目が覚めた。
息が荒い。
汗で制服の襟元が湿っていた。
ベッドの横。
机の上に置いたはずの黒いフィギュアが――。
床に転がって、こちらを見上げていた。