Case9. 陰謀論者殺人事件
「納得行かないよ。どう考えてもおかしいじゃないか」
ある日のこと。真実が事務所で『ワンピース』を読んでいると、藍が何やらブツブツ言いながら帰って来た。いつものことだったので、真実はソファに寝っ転がったまま、無視して次のページをめくった。海賊王に俺はなる!
「どうしてこの世から争いごとが無くならないんだろう?」
「重いんだよ急に」
真実が思わず顔を上げた。
「何だどうした? お前は何を目指してるんだ?」
「AIが、『たまにはシリアスなテーマも挟んだ方が良い』って……」
「嗚呼……ギャグキャラがたまに真剣な表情してるとカッコよく見えるもんな。人気に翳りが見え始めたから……ってやかましいわ!」
「そうそう。『長い回想シーンを挟んで悲しき過去編やったり』さァ」
「余計なこと言うなよ! お前が争いの種撒いてんじゃねーか」
「いや僕じゃなくて、AIがさァ」
「AIのせいにしてんじゃねーぞオイ」
藍が、心なしかキリッとした表情をしながら、肩をすくめた。
「でもおかしいじゃない。みんな本当は幸せを、平和を心から願ってるはずなのに」
「いやその、まぁ言いたいことは分かるけど……」
真実は軽くため息を吐いた。
「こんなとこで言われてもな。もっとこう、軽く行こうぜ? みんな笑いに来てるんだからさ。あんまり重たい話されても、笑うに笑えねーよ」
「殺人事件をギャグにしといて今更?」
「深く考えるのはやめろ。他に納得できないことたくさんあるだろ」
「そうだねぇ」
「軽いやつな」
藍が考え込んだ。
「誰か天下統一してくれないかな?」
「はぁ?」
「だってさ。『ワンピース』のドラマを観るのと、また別のドラマを観るので、それぞれ違うサブスクに登録しなくちゃいけないんだよ。世の中間違ってる!」
「……別に間違ってねぇよ。お前がサブスク貧乏なだけだろ」
「だから天下統一してよ。世界中に散らばってるサブスク達をひとつなぎにして、サブスク王に誰かなってよ」
「確かに軽いけど」真実が呆れた。
「どこまでも他力本願なのが実にお前らしいわ」
黒電話が鳴った。茶番はここまでだ。
……まぁここからも、茶番なんだけど。
「上尾藍にも悲しき過去……」
「自分で言うな。誰も聞いてねーし。さっさと仕事行くぞ!」
ほんのりと辺りが暗くなってきた。藍が斜め上を見上げ、回想シーンに入ろうとしたので、真実は無理やりポンコツ探偵を引っ張って、現場へと向かった。
◻︎
事件は都内の大学構内で起きていた。被害者は大学教授。ゼミの一室で一人眠るように死んでいた。警察が調べたところ、体内から毒物が検出されたという。
「……そして被害者の背中には血文字で”今の首相はゴム人間。中身が入れ替わっている”と書かれていた」
『なるほど。”ゴム人間”つながりですね♪』
「やめろ! 天下の『ワンピース』とふざけた陰謀論を勝手につなげんじゃねぇ!」
藍が顔を真っ青にしてオロオロと目を泳がせた。
「どうしよう……!? この事実が世間に知れ渡ったら、とんでもない騒ぎになってしまう……!」
「事実なワケねーだろ! アホか!」
「でも、誰かが確かめたワケじゃないんだろ? 事実かも知れないじゃん」
「だとしてもだろ」
真実が肩をすくめた。
「事実だとしても……だから何だよ?」
「えぇえ……?」
「知らんがな、他人の中身とか正体とか。どうでも良いわ。大体首相なんて、いつも気が付いたら入れ替わってんじゃねーか」
「…………」
「それに、親だろうが友達だろうが、たとえ毎日顔合わせてたとしても中身が同じだなんて保証はどこにも無ぇし」
「ま、真実君……」
「……何だよ?」
「急にシリアスに語っちゃって」
「は?」
藍はパチパチと拍手をし始め、和音はほぅ、と感嘆の声を上げた。
『何だか哲学的ですね。人は日々成長している、と言う感じでしょうか? 素晴らしいです! 私、聞き入っちゃいました♪』
「ちょっと社会風刺も入ってるよね。やっぱ上手いよね、そういうところ」
「……殺す!!」
新たな殺人事件が発生する前に、藍は慌てて捜査を始めた。和音がAI検索したところ、容疑者は三人に絞られた。教授のゼミ生の三人だ。和音の助言を受け、藍はとりあえず一人一人呼び出して、話を聞いてみることにした。
「え〜……では最初の容疑者の方、お入り下さい」
「面接?」
「失礼します」
隣のゼミ室に机と椅子を並べ、容疑者を招き入れる。最初に入ってきたのは、茶髪で、カジュアルな服装の若い男だった。
「では自己紹介から」
「はい。エントリーナンバー1、”地球平面説”高木です」
「何て??」
「地球って実は丸くなくて」
高木が早口で語り始めた。
「本当は平らなんですよね。平面。だけどイルミナティとフリーメイソンはその事実を人々からひた隠していて、他にもCIAやモサド、ネオナチや中国・ロシアのスパイなんかも我々を監視しています。ここだけの話、ヒトラーは実は南極で生きていて……」
「待て待て待て待て!」
藍の隣に座っていた真実が慌てて高木の話を遮った。
「せめて一個に絞って来いよ! 最初から飛ばし過ぎだろ!」
『貴方は教授を恨んでいた?』
「いいえ……」
和音の問いに、フラット高木は悔しそうに顔を振った。
「教授は、思想こそ違えど、僕の平面説をいつも面白がってくれていました。平面は多様性だと仰って」
「多様性を免罪符にするなよ」
「お願いです探偵さん、教授を殺した犯人を捕まえてください……!」
フラットが深々と頭を下げてゼミ室を出ていった。
「では次の方……」
「はい」
次に入ってきたのは、大人しそうな女子大生だった。
「名前をお聞かせください」
「はい。エントリーナンバー2、”ゴム人間”吉川です」
「えっ……本物来ちゃった……!」
「ンなワケあるか」
「分かります? これ、実はゴムで出来たマスクなんです。ふふ。顔を隠す理由ですか? ちょっととある組織に追われちゃってて……長いので名前は忘れましたけど。ここだけの話、実は私、サブスク王なんです。サブスク中毒で、世界中のサブスクに入ってて。後は……後は、ヒトラーは実は南極で生きていて……」
「だから言ったじゃねーか、飛ばし過ぎだって! ナンバー2でもうネタ切れになってるぞ」
『貴女は教授を恨んでいた?』
「いいえ……」
”ゴム人間”吉川が悲しそうに首を振った。
「先生は私がマスクでも何も気にしない人でした。君だけじゃない、人間は誰しも仮面を被って生きているようなものだ、って」
「良い先生だったんですね」
「お願い探偵さん。犯人を捕まえて……!」
ゴム人間が涙を堪えながらゼミ室を飛び出して行った。
「では……最後に田中さん」
「はい」
三人目の田中は今までで一番真面目そうな学生だった。
「私はくだらない陰謀論を全く信じていません」
入ってくるなり、田中はそう吐き捨てた。
「馬鹿馬鹿しい。何が陰謀だ。彼らは自分が信じたいものを信じているだけですよ。狭い世界の中で、自分好みのワードをひたすら検索して、都合の良い真実だけに浸って……ある意味現代人的で羨ましいですね」
『貴方は教授を恨んでいた?』
「それは……いいえ」
田中がメガネを光らせ、小さく首を振った。
「確かに先生と私では思想が違いました。感性が全く合いませんでした。先生は……間違ってるものや、おかしなことを面白がる癖があったんですよ。たとえば、平面説とかゴム人間とか。私にはそれがイマイチ……だけど、いくら何でも殺すだなんて」
「……分かりました。ありがとうございます」
やがて三人の証言を元に、和音が犯人を特定した。
犯人は田中だった。
被害者と田中はふとした事で口論になり、犯行に及んだ。殺された教授は生成AI推奨派だったのだ。規制派の田中にはそれが許せなかった。
「今でも私が間違っていたとは思いません」
警察に連行される際も、田中は背筋をピンと伸ばし、はっきりとした口調でそう言った。
「私が正しい。いつかそう証明される日が来ますよ。AIはいずれ人類に牙を剥く」
「……だからって何も殺さなくても良いのにね」
過ぎ去っていくパトカーを眺めながら、藍がポツリと呟いた。
『どちらでしょうか……?』
「ん?」
藍の手のひらの中で、和音が首を捻った。
『陰謀論と言われるものを……ある種間違ったものを信じて、それでも毎日普通に社会で生活を営んでいる人と。正しいことのみを追求して、でもその正しさを貫いたが故に犯罪者になってしまった人と……どちらが人間にとって、社会にとって有益なのでしょうか?』
「…………」
「どっちもどっちだな。結局極端な奴が危ないんだよ」
夕陽を背に。真実が肩をすくめた。やがてお約束通り、藍がフラフラと光の差す方へと向かって走り出して、この物語は終わった。




