Case8. 二百万人殺人事件
「面白い推理だ。探偵さん、いっそ作家にでもなったらどうだい?」
嵐の夜、とある孤島のコテージで。犯人だと名指しされた田中が、探偵に向かって不敵な笑みを浮かべた。よっぽど自分のトリックに自信があるのだろう、まるで探偵を挑発するようなその態度に、集められた関係者は固唾を呑んで事の成り行きを見守った。
ところが探偵役の上尾藍は、特に反論する事なく、何故か満足そうにひとり頷くのみである。田中がニヤリと嗤った。
「実に面白かったねぇ。こんな荒唐無稽な話は聞いたこともない! ぜひ小説化したいくらいだよ。ふはははは!」
「待ってください」
田中が高笑いしていると、不意に横から関係者のひとりが口を挟んできた。
「貴方は?」
「ボクは中央SF文庫で編集者をしている、喜多です」
「編集者、ですか?」
喜多と名乗った男は頷き、納得できないような顔で唸った。
「今の推理……そんなに面白かったでしょうか?」
「え?」
その言葉に藍の表情がサッと青くなった。
「……面白くなかった?」
「率直に言うと……随分理論が脆弱で科学的根拠が希薄だ。荒唐無稽と呼ぶには発想の飛躍も乏しい。もっと理系なデータやエビデンスで肉付けし、大胆に宇宙スケールの推理ショーにしてみては? たとえば宇宙人を出すとか」
「宇宙人! なるほど。それは面白そうですね!」
喜多の助言に、藍が熱心に頷いた。
「僕の推理が本当に面白いかどうか、ずっと気になってたんです。今日は業界の話とか、プロの編集の方にお話が聞けて良かった! また面白い推理が出来上がったら、持ち込みに来ても良いですか!?」
「待ってよ」
すると、その隣で聞いていた女性がたまらず手を挙げた。
「それなら私にも一言言わせて!」
「貴女は?」
「私は溺愛出版社でコミカライズ担当してる、三波よ。漫画家なの」
「漫画家さん?」
「えぇ。私からしたら、今の推理には恋愛要素が足りない!」
「はぁ。恋愛要素……ですか」
「そうよ! これだけ登場人物が出てきて、どうしてまだ誰も恋愛関係になってないの!? それじゃ全ッ然面白くないわ! もっと、報われない令嬢が隣国の王子に見初められて、寵愛を受けるくらいの推理じゃないと!」
「なるほど。一理あるな」
喜多が頷きながら首を傾げた。
「一理あるか?」
「宇宙人に王子の寵愛……うーん、面白いって何なんだろう? だんだん分かんなくなってきた……」
藍が頭を抱えた。
「ククク。小僧、まだまだ爪が甘いな」
「えっ」
「今度は誰だ?」
皆が振り向くと、そこにいつの間にか和服姿の老人が立っていた。
「ワシはミステリー作家・西岡アリバイじゃよ」
「西岡アリバイ!?」
「聞いたことあるわ、そのペンネーム」
三波が眉を釣り上げた。
「確か『二百万人殺人事件』の作者。いまだ解決することなく連載が続いているという、伝説のミステリー小説……!」
コテージにどよめきが走る。モノホンのプロの登場に、藍たちはざわついた。
「プロが素人に何の用ですか?」
「小僧……さっきから聞いておったが、貴様の推理にはトリックがない!」
「何だって……トリック!?」
「そう言えば……盲点過ぎて気が付かなかったわね」
老人が呵呵と嗤った。
「推理小説の醍醐味といえばやはり奇想天外なトリックよ。トリックがないミステリーをミステリーと呼べるかね? ククク」
「じゃあ貴方が考えてくださいよ」
「何っ」
「貴方、プロなんでしょ?」編集者が作家に詰め寄った。
「だったら面白いネタ思いついて当然じゃないですか。業界の不況が吹っ飛ぶくらいの、とびっきり面白いやつお願いしますよ」
「待て待て待て……そんな面白い面白い連呼するな。ハードルが上がるじゃろうが」
「何よそれ。みんなの期待を超えてこそプロなんじゃないのぉ?」
「うぐ……!」
「面白い推理……か」
藍が天井を見上げ、軽くため息を吐いた。
「思えば僕は、ずっと追い求めてきたのかも知れないな。その、面白い推理ってやつを。駆け出しの頃は、ツマラナイツマラナイってバカにされて……いや、バカにすらされてない。誰にも見向きもされなかった。石ころ以下の存在だった。悔しくて苦しくて、僕の推理、どうやったら面白くなるんだろう? って、毎日ずっとそればっかり……でもここに来てようやく、光が垣間見えた気がする。ありがとう、犯人の田中さん」
藍が目を細め、ほほ笑んだ。そして田中にそっと手を差し伸べる。
「僕の推理を面白がってくれて。やっぱり推理は、聞いてくれる人がいないと、面白がってくれる人がいないと成り立たないんだ。僕はこれからも、推理を面白くしてみせるよ」
「探偵さん……」
「まだまだ、面白くなるはずよ」
漫画家が横から藍の手をぎゅっと握り、白い歯を見せた。
「面白さに際限はないわ。もっともっと、私たちで探しましょうよ。面白い推理ってやつを!」
「ですね」
編集者がメガネを光らせ、二人の上に手を重ねておいた。
「ボクに出来ることなら何でも。協力させてください。さらに多方面から、多角的に検証していきましょう」
「フン。プロを舐めるなよ」
ミステリー作家が難しい顔をして、皺だらけの掌を嫌そうに伸ばした。
「見てろ。必ずや驚天動地のトリックで、貴様ら全員ひっくり返らせてやるからな」
「みんな……!」
それから藍たちは、各界の有識者や専門家と何度も何度も意見を擦り合わせ、面白い推理を仕上げて行った。そうして完成した推理を、改めて犯人役の田中にぶつけてみると、田中は、
「面白い推理だ。探偵さん、いっそ作家にでもなったらどうだい?」
◻︎
「ただいま〜。あ〜面白かった」
ある日のこと。真実が事務所で『ジョジョの奇妙な冒険』を読んでいると、何か良いことでもあったのか、藍がニヤニヤしながら事務所に入ってきた。
「今日は殺人事件の依頼だったんだけどさァ」
「怖ぇーよ。殺人事件から帰ってきて『面白かった』って感想出るやつ、お前かサイコパスくらいだろ」
真実が漫画から目を離さず眉をしかめた。藍が笑った。
「でも本当に今回は参ったよ。事件の途中で宇宙人が出て来たんだけど、実はそれが巧妙なトリックでさ。本当は王子は、隣国の令嬢を溺愛してたんだ」
「何言ってんだかさっぱり分かんねぇ」
「で、収拾がつかなくなって、結局最後は和音君に解決してもらったんだけど」
「だろうな。目に浮かぶわ」
「あれ? 今日は漫画のメーゲン言わないの?」
「フン。『だが断る』」
「あはは!」
藍がさすがに疲れた顔で椅子に体を投げ出した。すると、床からAI少女・和音が生えてきて、二人を眺めてにっこりほほ笑んだ。
『さすがですね』
「は? 何が?」
『やっぱり先生の隣には真実さんがいないと……ツッコミ役がいないと、ボケが活きませんね♪』
「あーあ。僕一人でも出来るってところ見せたかったんだけどなぁ。AIに感想聞いたら、『ギャグが弱い』『意図的な箸休め回のつもりですか?』とか言われちゃうし」
「根に持ってんじゃねぇよ。小せぇ男だな」
それからお約束通り、そのうち事務所の黒電話が鳴って、この物語は始まって行く。
To be continued.




