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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第一幕
8/14

Case8. 二百万人殺人事件

「面白い推理だ。探偵さん、いっそ作家にでもなったらどうだい?」


 嵐の夜、とある孤島のコテージで。犯人だと名指しされた田中が、探偵に向かって不敵な笑みを浮かべた。よっぽど自分のトリックに自信があるのだろう、まるで探偵を挑発するようなその態度に、集められた関係者は固唾を呑んで事の成り行きを見守った。


 ところが探偵役の上尾藍は、特に反論する事なく、何故か満足そうにひとり頷くのみである。田中がニヤリと嗤った。


「実に面白かったねぇ。こんな荒唐無稽な話は聞いたこともない! ぜひ小説化したいくらいだよ。ふはははは!」

「待ってください」

 田中が高笑いしていると、不意に横から関係者のひとりが口を挟んできた。


「貴方は?」

「ボクは中央SF文庫で編集者をしている、喜多です」

「編集者、ですか?」

 喜多と名乗った男は頷き、納得できないような顔で唸った。

「今の推理……そんなに面白かったでしょうか?」

「え?」

 その言葉に藍の表情がサッと青くなった。

「……面白くなかった?」

「率直に言うと……随分理論が脆弱で科学的根拠が希薄だ。荒唐無稽と呼ぶには発想の飛躍も乏しい。もっと理系なデータやエビデンスで肉付けし、大胆に宇宙スケールの推理ショーにしてみては? たとえば宇宙人を出すとか」

「宇宙人! なるほど。それは面白そうですね!」


 喜多の助言に、藍が熱心に頷いた。


「僕の推理が本当に面白いかどうか、ずっと気になってたんです。今日は業界の話とか、プロの編集の方にお話が聞けて良かった! また面白い推理が出来上がったら、持ち込みに来ても良いですか!?」

「待ってよ」


 すると、その隣で聞いていた女性がたまらず手を挙げた。


「それなら私にも一言言わせて!」

「貴女は?」

「私は溺愛出版社でコミカライズ担当してる、三波よ。漫画家なの」

「漫画家さん?」

「えぇ。私からしたら、今の推理には恋愛要素が足りない!」

「はぁ。恋愛要素……ですか」

「そうよ! これだけ登場人物が出てきて、どうしてまだ誰も恋愛関係になってないの!? それじゃ全ッ然面白くないわ! もっと、報われない令嬢が隣国の王子に見初められて、寵愛を受けるくらいの推理じゃないと!」

「なるほど。一理あるな」

 喜多が頷きながら首を傾げた。

「一理あるか?」

「宇宙人に王子の寵愛……うーん、面白いって何なんだろう? だんだん分かんなくなってきた……」


 藍が頭を抱えた。


「ククク。小僧、まだまだ爪が甘いな」

「えっ」

「今度は誰だ?」

 皆が振り向くと、そこにいつの間にか和服姿の老人が立っていた。


「ワシはミステリー作家・西岡アリバイじゃよ」

「西岡アリバイ!?」

「聞いたことあるわ、そのペンネーム」

 三波が眉を釣り上げた。

「確か『二百万人殺人事件』の作者。いまだ解決することなく連載が続いているという、伝説のミステリー小説……!」


 コテージにどよめきが走る。モノホンのプロの登場に、藍たちはざわついた。


「プロが素人に何の用ですか?」

「小僧……さっきから聞いておったが、貴様の推理にはトリックがない!」

「何だって……トリック!?」

「そう言えば……盲点過ぎて気が付かなかったわね」

 老人が呵呵と嗤った。

「推理小説の醍醐味といえばやはり奇想天外なトリックよ。トリックがないミステリーをミステリーと呼べるかね? ククク」

「じゃあ貴方が考えてくださいよ」

「何っ」

「貴方、プロなんでしょ?」編集者が作家に詰め寄った。

「だったら面白いネタ思いついて当然じゃないですか。業界の不況が吹っ飛ぶくらいの、とびっきり面白いやつお願いしますよ」

「待て待て待て……そんな面白い面白い連呼するな。ハードルが上がるじゃろうが」

「何よそれ。みんなの期待を超えてこそプロなんじゃないのぉ?」

「うぐ……!」

「面白い推理……か」


 藍が天井を見上げ、軽くため息を吐いた。


「思えば僕は、ずっと追い求めてきたのかも知れないな。その、面白い推理ってやつを。駆け出しの頃は、ツマラナイツマラナイってバカにされて……いや、バカにすらされてない。誰にも見向きもされなかった。石ころ以下の存在だった。悔しくて苦しくて、僕の推理、どうやったら面白くなるんだろう? って、毎日ずっとそればっかり……でもここに来てようやく、光が垣間見えた気がする。ありがとう、犯人の田中さん」


 藍が目を細め、ほほ笑んだ。そして田中にそっと手を差し伸べる。


「僕の推理を面白がってくれて。やっぱり推理は、聞いてくれる人がいないと、面白がってくれる人がいないと成り立たないんだ。僕はこれからも、推理を面白くしてみせるよ」

「探偵さん……」

「まだまだ、面白くなるはずよ」

 漫画家が横から藍の手をぎゅっと握り、白い歯を見せた。

「面白さに際限はないわ。もっともっと、私たちで探しましょうよ。面白い推理ってやつを!」

「ですね」

 編集者がメガネを光らせ、二人の上に手を重ねておいた。

「ボクに出来ることなら何でも。協力させてください。さらに多方面から、多角的に検証していきましょう」

「フン。プロを舐めるなよ」

 ミステリー作家が難しい顔をして、皺だらけの掌を嫌そうに伸ばした。

「見てろ。必ずや驚天動地のトリックで、貴様ら全員ひっくり返らせてやるからな」

「みんな……!」

 

 それから藍たちは、各界の有識者や専門家と何度も何度も意見を擦り合わせ、面白い推理を仕上げて行った。そうして完成した推理を、改めて犯人役の田中にぶつけてみると、田中は、


「面白い推理だ。探偵さん、いっそ作家にでもなったらどうだい?」


◻︎


「ただいま〜。あ〜面白かった」


 ある日のこと。真実が事務所で『ジョジョの奇妙な冒険』を読んでいると、何か良いことでもあったのか、藍がニヤニヤしながら事務所に入ってきた。


「今日は殺人事件の依頼だったんだけどさァ」

「怖ぇーよ。殺人事件から帰ってきて『面白かった』って感想出るやつ、お前かサイコパスくらいだろ」

 真実が漫画から目を離さず眉をしかめた。藍が笑った。

「でも本当に今回は参ったよ。事件の途中で宇宙人が出て来たんだけど、実はそれが巧妙なトリックでさ。本当は王子は、隣国の令嬢を溺愛してたんだ」

「何言ってんだかさっぱり分かんねぇ」

「で、収拾がつかなくなって、結局最後は和音君に解決してもらったんだけど」

「だろうな。目に浮かぶわ」

「あれ? 今日は漫画のメーゲン言わないの?」

「フン。『だが断る』」

「あはは!」


 藍がさすがに疲れた顔で椅子に体を投げ出した。すると、床からAI少女・和音が生えてきて、二人を眺めてにっこりほほ笑んだ。


『さすがですね』

「は? 何が?」

『やっぱり先生の隣には真実さんがいないと……ツッコミ役がいないと、ボケが活きませんね♪』

「あーあ。僕一人でも出来るってところ見せたかったんだけどなぁ。AIに感想聞いたら、『ギャグが弱い』『意図的な箸休め回のつもりですか?』とか言われちゃうし」

「根に持ってんじゃねぇよ。小せぇ男だな」


 それからお約束通り、そのうち事務所の黒電話が鳴って、この物語は始まって行く。


 To be continued.

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