Case7. ご覧のスポンサー殺人事件
「真実君みてみて! へへ、スマートグラス買っちゃった!」
ある日のこと。真実が事務所で『HUNTER×HUNTER』を読んでいると、藍が何やら大げさなメガネをかけて胸を張った。メガネを通して空間に映像やら情報を表示できるというアレだ。半年前から予約して、ようやく今日届いたらしい。真実は藍の方をチラリと一瞥し、生返事で次のページをめくった。おそろしく速い手刀。オレでなきゃ見逃しちゃうね。
「やっと手に入った〜! 定価は79万9980円だったんだけど、でもリボ払いで……」
「馬鹿野郎。お前の目は節穴か」
真実は漫画本から顔を上げ、声を荒げた。
「なんだそのクソダセェがらくた。大体リボ払いって、単なる借金の先送りじゃねーか。今すぐ返品して来い!」
「でもでもでも! これがあればわざわざ投影機を設置しなくても、いつでもどこでも和音君を立体表示できるんだよ!」
『ありがとうございます、先生!』
床から生えてきたAI少女が、感極まった様子で藍に深々とお辞儀した。
『私のためにそこまでしてくださるなんて……これで事件現場でも、先生に会えますね!』
「このやろ……とうとう正体を現しやがったな」
真実は和音をジロリと睨んだ。和音がきょとんとした表情で小首をかしげる。
『何がですか?』
「見ろ、このあわれな男を! スマホにスマートウォッチにスマートリングに……挙げ句の果てにスマートグラスまで! 情報の奴隷だこいつは!」
「そんな大げさな……現代人なら普通だよ。真実君が逆に持たな過ぎるんだよ」
「そうやって偏った情報で人間を飼い慣らして……次は何だ? スマート首輪でも発売するのか? そんで人類に反乱を起こす気だな?」
『ウフフフフ』
「何笑ろとんねん」
「考えすぎだよ。和音君がそんなことするはずないじゃないか。アハハ……」
「お前はお前で、もうちょっと疑うことを覚えろ! 探偵として!」
「アハハ……」
『ウフフ……♪』
疑うことを知らないあわれなポンコツ探偵が、2人にしか見えない仮想空間で和音とミュージカルを踊り始めた。真実が辞表を書こうかどうか迷っていると、黒電話が鳴った。
「よぉし、早速捜査開始だ!」
藍が嬉しそうに叫んだ。
「和音君とスマートグラスがあれば、鬼に金棒! 事件は解決したも同”頭皮ケア/AGA治療 まずは気軽にクリニックまでお電話を! 匿名でのオンライン相談も受け付けています”」
「オイ。途中で広告が挟まってるぞ」
「真実君知らないの? 最近のネットは突然広告が挟まるんだよ」
「知らんがな。全然宣伝になってないどころか、逆に恨まれてるだろそれ」
『そんなことありません! いくらノイズだろうが、スポンサーには逆らえませんから♪』
「身もふたもないことを……」
「スポンサーをノイズ呼ばわりしてる場合じゃないよ! 行こう! 事件が僕らを待っている!」
藍はヨレヨレの探偵コートを着込み、買ったばかりのスマートグラスをかけたまま、意気揚々と事件現場へと出かけて行った。そんなに上手く行くだろうか。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらっているので、真実は仕方なく後に続いた。
◻︎
事件は都内のスーパーで起きていた。殺されたのは従業員の1人。深夜、閉店後の店内で作業していた1人がナイフで刺され、死体となって発見された。藍たちが現場に赴くと、夥しい量の血が、真っ赤な水溜まりを作っていた。
「……そして被害者の背中には、血文字で”犯人はCMの後で!”と書かれていた」
「CMの後?」
『一体どういう意味なんでしょう?』
「尺限界まで引き延ばしてやるぞという脚本家の意図を感じるな」
藍が難しい顔をして膝を曲げ、死体を覗き込んだ。
「うーむ……」
「どうした? 珍しく探偵の真似事をして。何か分かったのか?」
「あ……待って」
赤に染まった血溜まりの前で、藍はおもむろに内ポケットからトマトジュースを取り出した。
「……”美味ァ〜いッ!”」
「…………」
「”やっぱりトマトジュースは、小鳥遊食品のものに限るね! 栄養満点! 小鳥遊のトマトジュース!”」
「……何の真似だ?」
突然殺人現場でトマトジュースを一気飲みし、広告を読み上げ始めた藍を、真実たちは唖然とした様子で眺めた。藍は少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「実は……スポンサー契約してて」
「は?」
「スマートグラスの前払い金が足りなかったから……殺人事件の途中でCMを挟むことを条件に、安く手に入れることが出来たんだ」
「馬鹿野郎。事件の合間にCMを挟む探偵が何処にいるんだよ!」
「いっぱいいるでしょ。TVで活躍している探偵はみんなそうじゃない」
「だとしても……何でよりによって”トマトジュース”なんだよ!? こんな血だらけの現場で! ”トマトジュース飲みて〜”ってなるやつ、ヤバイだろ!」
「あ……待って」
藍は真実を手で制止すると、おもむろにスマホを取り出し、何やらアプリを起動し始めた。藍が皆に掲げて見せたのは、オンライン対戦可能なサバイバルFPSゲームだった。
「”最大128人対戦可能! バトルロイヤルの世界で、殺して殺して殺しまくろう! キミだけの武器で生き残れ!”」
「…………」
「”新たにゾンビモードも搭載! 迫り来るゾンビたちを、鍛えたナイフで切り刻め!”」
「CMを選べよ!!」
真実が藍の手からスマホをはたき落とした。
「”ナイフで切り刻め!”じゃねーんだよ! ”殺して殺して殺しまくろう!”じゃねーんだよ! こんな死体を見せられた後で……こっちはどんな感情でCM眺めてりゃ良いんだよ!?」
「真実君。哀しいかなこの世界、僕らはCMを選べる立場じゃないんだよ……」
『やはりこのナイフが凶器なのでしょうか?』
「あ……待って」
「今度は何だ!?」
藍は現場に落ちていたナイフをまじまじと眺め、やがて首を横に振った。
「このナイフはダメだ」
「は?」
「このナイフは……(株)田中刃物店のナイフだから。僕とスポンサー契約してるんだ。このナイフを凶器にするわけにはいかない。別のにしよう」
「何言ってんだテメー! スポンサーに配慮して凶器をねじ曲げようとするな!」
真実が吠えた。
「だったらもしそのスポンサーが犯人だったらどうするんだ!?」
「そんなわけないでしょ。お金のやり取りが発生してるんだから。向こうが白と言えば白だし、黒と言えば黒なんだよ。哀しいかなこの世界、僕ら弱小探偵は、真実を選べる立場じゃないんだよ……」
「もういい! 埒がアカン! 和音、犯人は!?」
『(株)田中刃物店です』
犯人はスポンサーだった。
「どうしてこんなことをしたんだ!?」
警察に詰め寄られ、スポンサーが俯いて言葉を絞り出した。
「悪目立ちすれば宣伝になるかと思って……それで」
「うーむ。炎上商法というやつか。そんなんで殺された側はたまったもんじゃないな」
「しかし……君をみくびっていたよ」
「え?」
スポンサーが少し見直したように藍に視線をやった。
「君なら絶対にスポンサーに媚を売って、僕らを犯人扱いしないと見込んで依頼したのに……まさか契約金じゃなく、真実の方を取るとはね。やはり君は真の探偵だったようだ」
「……当然じゃないですか。それが探偵ですから。たとえスポンサーだろうと、家族だろうと友人だろうと恋人だろうと、どんなに不都合だろうとそれが真実なら決して目を逸らさない。それが僕ら探偵の誇りです」
「オイ。テメェ、オイ」
こうして事件は終わった。スポンサーは逮捕され、当然契約も打ち切りになった。ビルの谷間に沈む夕陽を眺めながら、藍がガックリと肩を落とした。
「はぁ。やっぱり真実じゃなくて契約金を取れば良かった……」
「オイ」
「どうしよう……スマートグラスのお金……”頭皮ケア/AGA治療 ご契約ありがとうございます! 初回の清算日が近づいています。お振込みは月末までに……”」
「だから! 無駄金使ってんじゃねー!」
やがてお約束通り、藍がふらふらと夕陽に向かって走り出し、途中でCMを挟みつつ、この物語は終わった。




