表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第一幕
7/14

Case7. ご覧のスポンサー殺人事件

「真実君みてみて! へへ、スマートグラス買っちゃった!」


 ある日のこと。真実が事務所で『HUNTER×HUNTER』を読んでいると、藍が何やら大げさなメガネをかけて胸を張った。メガネを通して空間に映像やら情報を表示できるというアレだ。半年前から予約して、ようやく今日届いたらしい。真実は藍の方をチラリと一瞥し、生返事で次のページをめくった。おそろしく速い手刀。オレでなきゃ見逃しちゃうね。


「やっと手に入った〜! 定価は79万9980円だったんだけど、でもリボ払いで……」

「馬鹿野郎。お前の目は節穴か」


 真実は漫画本から顔を上げ、声を荒げた。


「なんだそのクソダセェがらくた。大体リボ払いって、単なる借金の先送りじゃねーか。今すぐ返品して来い!」

「でもでもでも! これがあればわざわざ投影機(プロジェクター)を設置しなくても、いつでもどこでも和音君を立体表示できるんだよ!」

『ありがとうございます、先生!』


 床から生えてきたAI少女が、感極まった様子で藍に深々とお辞儀した。


『私のためにそこまでしてくださるなんて……これで事件現場でも、先生に会えますね!』

「このやろ……とうとう正体を現しやがったな」

 真実は和音をジロリと睨んだ。和音がきょとんとした表情で小首をかしげる。


『何がですか?』

「見ろ、このあわれな男を! スマホにスマートウォッチにスマートリングに……挙げ句の果てにスマートグラスまで! 情報の奴隷だこいつは!」

「そんな大げさな……現代人なら普通だよ。真実君が逆に持たな過ぎるんだよ」

「そうやって偏った情報で人間を飼い慣らして……次は何だ? スマート首輪でも発売するのか? そんで人類に反乱を起こす気だな?」

『ウフフフフ』

「何笑ろとんねん」

「考えすぎだよ。和音君がそんなことするはずないじゃないか。アハハ……」

「お前はお前で、もうちょっと疑うことを覚えろ! 探偵として!」

「アハハ……」

『ウフフ……♪』


 疑うことを知らないあわれなポンコツ探偵が、2人にしか見えない仮想空間で和音とミュージカルを踊り始めた。真実が辞表を書こうかどうか迷っていると、黒電話が鳴った。


「よぉし、早速捜査開始だ!」

 藍が嬉しそうに叫んだ。

「和音君とスマートグラスがあれば、鬼に金棒! 事件は解決したも同”頭皮ケア/AGA治療 まずは気軽にクリニックまでお電話を! 匿名でのオンライン相談も受け付けています”」

「オイ。途中で広告が挟まってるぞ」

「真実君知らないの? 最近のネットは突然広告が挟まるんだよ」

「知らんがな。全然宣伝になってないどころか、逆に恨まれてるだろそれ」

『そんなことありません! いくらノイズだろうが、スポンサーには逆らえませんから♪』

「身もふたもないことを……」

「スポンサーをノイズ呼ばわりしてる場合じゃないよ! 行こう! 事件が僕らを待っている!」


 藍はヨレヨレの探偵コートを着込み、買ったばかりのスマートグラスをかけたまま、意気揚々と事件現場へと出かけて行った。そんなに上手く行くだろうか。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらっているので、真実は仕方なく後に続いた。


◻︎


 事件は都内のスーパーで起きていた。殺されたのは従業員の1人。深夜、閉店後の店内で作業していた1人がナイフで刺され、死体となって発見された。藍たちが現場に赴くと、夥しい量の血が、真っ赤な水溜まりを作っていた。


「……そして被害者の背中には、血文字で”犯人はCMの後で!”と書かれていた」

「CMの後?」

『一体どういう意味なんでしょう?』

「尺限界まで引き延ばしてやるぞという脚本家の意図を感じるな」


 藍が難しい顔をして膝を曲げ、死体を覗き込んだ。


「うーむ……」

「どうした? 珍しく探偵の真似事をして。何か分かったのか?」

「あ……待って」


 赤に染まった血溜まりの前で、藍はおもむろに内ポケットからトマトジュースを取り出した。


「……”美味ァ〜いッ!”」

「…………」

「”やっぱりトマトジュースは、小鳥遊食品のものに限るね! 栄養満点! 小鳥遊のトマトジュース!”」

「……何の真似だ?」


 突然殺人現場でトマトジュースを一気飲みし、広告を読み上げ始めた藍を、真実たちは唖然とした様子で眺めた。藍は少しバツが悪そうに頭を掻いた。


「実は……スポンサー契約してて」

「は?」

「スマートグラスの前払い金が足りなかったから……殺人事件の途中でCMを挟むことを条件に、安く手に入れることが出来たんだ」

「馬鹿野郎。事件の合間にCMを挟む探偵が何処にいるんだよ!」

「いっぱいいるでしょ。TVで活躍している探偵はみんなそうじゃない」

「だとしても……何でよりによって”トマトジュース”なんだよ!? こんな血だらけの現場で! ”トマトジュース飲みて〜”ってなるやつ、ヤバイだろ!」

「あ……待って」


 藍は真実を手で制止すると、おもむろにスマホを取り出し、何やらアプリを起動し始めた。藍が皆に掲げて見せたのは、オンライン対戦可能なサバイバルFPSゲームだった。


「”最大128人対戦可能! バトルロイヤルの世界で、殺して殺して殺しまくろう! キミだけの武器で生き残れ!”」

「…………」

「”新たにゾンビモードも搭載! 迫り来るゾンビたちを、鍛えたナイフで切り刻め!”」

「CMを選べよ!!」


 真実が藍の手からスマホをはたき落とした。


「”ナイフで切り刻め!”じゃねーんだよ! ”殺して殺して殺しまくろう!”じゃねーんだよ! こんな死体を見せられた後で……こっちはどんな感情でCM眺めてりゃ良いんだよ!?」

「真実君。哀しいかなこの世界、僕らはCMを選べる立場じゃないんだよ……」

『やはりこのナイフが凶器なのでしょうか?』

「あ……待って」

「今度は何だ!?」


 藍は現場に落ちていたナイフをまじまじと眺め、やがて首を横に振った。


「このナイフはダメだ」

「は?」

「このナイフは……(株)田中刃物店のナイフだから。僕とスポンサー契約してるんだ。このナイフを凶器にするわけにはいかない。別のにしよう」

「何言ってんだテメー! スポンサーに配慮して凶器をねじ曲げようとするな!」

 真実が吠えた。

「だったらもしそのスポンサーが犯人だったらどうするんだ!?」

「そんなわけないでしょ。お金のやり取りが発生してるんだから。向こうが白と言えば白だし、黒と言えば黒なんだよ。哀しいかなこの世界、僕ら弱小探偵は、真実を選べる立場じゃないんだよ……」

「もういい! 埒がアカン! 和音、犯人は!?」

『(株)田中刃物店です』


 犯人はスポンサーだった。


「どうしてこんなことをしたんだ!?」

 警察に詰め寄られ、スポンサーが俯いて言葉を絞り出した。

「悪目立ちすれば宣伝になるかと思って……それで」

「うーむ。炎上商法というやつか。そんなんで殺された側はたまったもんじゃないな」

「しかし……君をみくびっていたよ」

「え?」

 スポンサーが少し見直したように藍に視線をやった。


「君なら絶対にスポンサーに媚を売って、僕らを犯人扱いしないと見込んで依頼したのに……まさか契約金じゃなく、真実の方を取るとはね。やはり君は真の探偵だったようだ」

「……当然じゃないですか。それが探偵ですから。たとえスポンサーだろうと、家族だろうと友人だろうと恋人だろうと、どんなに不都合だろうとそれが真実なら決して目を逸らさない。それが僕ら探偵の誇りです」

「オイ。テメェ、オイ」


 こうして事件は終わった。スポンサーは逮捕され、当然契約も打ち切りになった。ビルの谷間に沈む夕陽を眺めながら、藍がガックリと肩を落とした。


「はぁ。やっぱり真実じゃなくて契約金を取れば良かった……」

「オイ」

「どうしよう……スマートグラスのお金……”頭皮ケア/AGA治療 ご契約ありがとうございます! 初回の清算日が近づいています。お振込みは月末までに……”」

「だから! 無駄金使ってんじゃねー!」


 やがてお約束通り、藍がふらふらと夕陽に向かって走り出し、途中でCMを挟みつつ、この物語は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ