Case4. 怪盗少女登場!
「ただいま〜……あ〜疲れたぁ〜……!」
ある日のこと。真実が事務所で『ブルーロック』を読んでいると、ようやく解放された藍がげっそりとした顔で帰って来た。ヨレヨレのコートを羽織ったまま、椅子に深く腰掛け、ため息を吐く。長い監獄生活はさすがに身に応えたようだ。真実はソファに寝っ転がったまま、次のページをめくった。人生変えに来てんだよ……世界一になりに来てんだよ……
「はぁあ。確かに僕も悪かったけどさぁ、でも、逮捕は無くない? そこまで悪いことしたかな僕……公園でプロジェクトマッピングしたら……みんな喜ぶと思ったのに」
「っとにお前は世界一潔くない男だな」
真実は呆れた。藍はまだ納得が行ってないのか、この期に及んでグダグダと言い訳を繰り返している。
『お帰りなさい、先生♪』
すると、床からポンッ、と虹色の煙を上げて、和音が姿を現した。ホログラムのAI少女が、にっこりと微笑む。
『先生がいない間の仕事は全部私が終わらせておきました♪』
「えぇーっ!? ありがとう!!」
「あんまコイツを甘やかすなって。そのうち一人じゃ何にも出来ない人間になるぞ」
『それとこれ。先生にお手紙届いてました』
そう言って和音は一通の封筒を差し出した。何故3Dの存在である彼女が封筒を持てるのか、理屈は作者にもさっぱり分からないが、とにかく受け取った藍は眉毛を曲げて首を傾げた。
「え……誰からだろう?」
『何か予告状って書かれてありますけど』
「予告状?」
見ると、確かに封筒の真ん中に、達筆な文字で【予告状】と書かれている。藍は急いで中身を取り出して読み始めた。
※
〜予告〜
今宵、幻のダイヤ『エウレカ』をいただきに参上する。
怪盗I∀
※
「もしかしてこれって……!?」
手紙を握り締め、藍が色めき立った。
「怪盗からの予告状……!? やったー!」
「何で喜んでるんだよ」
「だって探偵のライバルと言えば、怪盗じゃないか」
藍が顔を綻ばせた。
「闇夜に舞う大胆不敵な怪盗と、灰色の脳細胞でそれを追い詰める探偵の一騎打ち!」
「ドラマの見過ぎだってェ」
「探偵と怪盗の知恵比べ。ぶつかり合う互いの意地と美学。怪盗から予告をもらうのは全ての探偵の憧れ、一人前と認められた証なんだよ!」
そう言うと藍は満面の笑みで額縁に手紙を入れて飾り始めた。まるでラブレターでももらったかのような様相である。真実は改めて呆れた。怪盗I∀……一体何と読むのだろうか?
「知らんけど。要するに果し状だろ? もしこれでお前、まんまとその怪盗にしてやられたら、また大恥かくんじゃねーの?」
「う……! そ、それは……!」
『私がAI検索して、差出人を特定しましょうか?』
「ほんと? ありがとう! じゃあよろしく」
「待て待て待て待て!」
真実が思わず漫画本から顔を上げ、藍に詰め寄った。
「意地と美学はどうした?」
「何が?」
「一騎打ちじゃなかったのかよ。AIに検索させて終わりって、お前の知恵比べはそれで満足なのか?」
「だって、これは犯罪だよ? 犯人が捕まるならそれに越したことはないじゃないか」
「……お前に正論吐かれると、何か倍ムカつくな」
『分かりました♪』
「早ぇーよ!」
和音が早速怪盗の個人情報を特定して、3Dホログラムで部屋に表示する。こうして記念すべき探偵と怪盗の初対決は、1秒で幕を閉じた。
予告状を出した人物は、スーツ姿の、何処にでもいるような中年のサラリーマンに見えた。強いて言うなら、髭が怪盗っぽい。○fficial髭男dismのアレである。
「すごい! 髪型や服装まで分かるんだ!」
『ちなみにここまでの話を元に、AIに真実さんの髪型や服装を考えてもらったところ』
「おぉ……!?」
和音が右手でサッと空中を撫でると、そこに四角いスクリーンが現れた。半透明の浮遊ディスプレイに、次々と文字列が生成されて行く。そう言えばここまで真実の外見に一度も言及してなかった。作者も決して考えてなかったわけではないが、ここは作品のテーマにちなんで、あえてAIに描かせて見ようじゃないか。考えてなかったわけでは、断じてないのだが。
『”アッシュブラウンの外ハネミディアムな女子大生。目元が鋭く、口調も辛辣。ゆったりめの色褪せたスウェットに黒スキニー、無地のトートを肩にかけて、スマホを持たずにどこか達観した様子で日々を生きている。だけど、誰よりもこの社会のくだらなさに敏感で、誰よりも普通でいたいと願っている”……ということでした』
「とうとうキャラ設定までAIに投げ出したのか」
「あはは! ”口調も辛辣”って言われてる! 見てよこれ、”たまに「謎の安全ピン」が服についてたりする”だって! あはははは!」
「殺すぞ……」
「おっと。新たな殺人事件を起こさないでくれよ」
謎の安全ピンで刺された藍が、額から血を流しながら懇願した。
「今回は殺しはナシで。探偵小説の中でも人気屈指の怪盗対決回だよ」
「そんな大切な回をこんな感じで終わらせて良いのか?」
「良いから良いから。よぉし、早速怪盗を捕まえに行こう!」
藍がウキウキと事務所を飛び出して行った。そんなに上手く行くだろうか。漫画本の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく藍の後を追った。
◻︎
和音が特定した住所は都内の某所にあった。閑静な住宅街の一角で、街並みは小綺麗に整えられており、よもやこの中に怪盗が潜んでいるとは誰も思わないだろう。
「すみませ〜ん」
目的の家に着くなり、さっそく藍が呼び鈴を鳴らして大声を上げた。特別変わったところもない、小さな一軒家だった。
「ここが怪盗さんの家ですか? 捕まえに来ました!」
「正面突破にも程がある」
そんなんでノコノコ出てきたら世話ァない。真実は呆れた。案の定、扉の向こうから応答はない。試しにドアノブに手をかけると、まぁ当たり前だが、鍵がかかっていた。藍が眉を八の字にして振り返った。
「どうしよう……八方塞がりだ。これ以上打つ手がないよ」
「無策過ぎるだろ!」
万策尽きて途方に暮れる探偵の手のひらから、AI少女が優しく尋ねる。
『私が警備システムに侵入して、ロックを解除しましょうか?』
「できるの? すごいや和音君! ありがとう、じゃあよろしく」
「だから待てってお前ら……オイ!」
真実が止める間もなく、和音があっという間に解錠した。すかさず藍が家の中へ乗り込んで行く。紛れもない犯罪である。真実は仕方なく後に続いた。
「ったく、これじゃどっちが泥棒が分かりゃしねぇ」
玄関を抜け、暗く細い廊下を進むと、最初の部屋があった。6畳かそこらの、家具も何もない殺風景な部屋だった。天井や床は塗装もなく、剥き出しのコンクリートが顕になっている。
「変な家だね……ってうわぁああああっ!?」
「うおぉおっ!?」
2人が部屋に踏み込んだ瞬間、突然天井から鉄格子が降ってきた。
「罠だ!」
藍がそう叫んだ時には、2人は退路を絶たれ、完全に部屋に閉じ込められてしまった。
「そ……そんな……!」
「オホホ。かかったわね」
「キミは……!?」
やがて向こうから、見知らぬ女性が姿を現した。暗がりに隠れて顔ははっきり見えない。再び監獄送りになった藍が、鉄格子を掴んで叫んだ。
「えー!? 全然違う……おじさんだと思ってた!」
「オホホホホ……目に映る情報に飛びつかないことね。あれは偽情報よ」
「偽情報!? じゃあ怪盗I∀の正体は、女だった……!?」
「オイ、騙されんなよ」
真実が藍の脇を肘で小突いた。
「あの姿だって、変装してるだけかも知れねぇんだからな」
白いドレスに身を包んだ怪盗I∀が、不敵な笑みで2人を見下ろした。
「あらあら。随分威勢の良いお嬢さんね。だけどその強がり、いつまで持つかしら……?」
「そうだ! 和音君に頼んで、鉄格子を上げてもらえば……」
藍が急いでスマホを取り出す。しかし、画面は真っ暗のまま、何故かうんともすんとも言わない。怪盗の高笑いが青い監獄に響いた。
「ホホホホホ! 無駄よ。此処は私の隠れ家の一つ。この牢獄には強力な電子機器阻害装置がある……スマホは使えないの。貴方が頼りにしてるAIも、ネットに繋がってなきゃなーんの意味もない……」
「何だって!? キミの目的は何なんだ!?」
「それはこっちのセリフ。人の隠れ家に押し入って、一体何の用?」
「キミの呼び方は!?」
「私……私は怪盗I∀。アンチAIの怪盗よ」
「アンチAIだって!?」
「そう……だってAIは人類の敵だから」
女怪盗が一瞬冷たい目で藍を睨んだ。
「人工知能の登場以来、人間はAIに様々な物を奪われた……仕事に人間関係、感情、それに大切な知性まで。私の父は、AIに仕事を奪われ、失意のまま消息を絶った」
「え……」
「AIの人生相談にのめり込んで、すっかり人が変わっちゃった友人もいるわ。何でもかんでもAIの言いなりになって……学校も就職先も、友人や恋人すら、全部機械に選別させてるの」
I∀が吐き捨てるように言った。
「自分の人生すら、機械に任せっきりなんて間違ってる。だから私は、AIに盗まれた宝物を盗み返すの。人が人らしく生きるために」




