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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第一幕
3/13

Case3. スマートフォン禁止殺人事件

「ちょっと出かけて来るから、留守番頼むよ」

 

 ある日のこと。真実が赤いソファに寝っ転がって『僕のヒーローアカデミア』を読んでいると、藍がそう言った。いつの間にか荷物をまとめ、ヨレヨレの探偵コートに身を包んでいる。真実はちらと一瞥しただけで、黙って漫画本に目を落とした。更に向こうへ。Plus Ultra(プルス ウルトラ)


「この間公園に投影機(プロジェクター)を設置しようとしたら……多分何かの間違いだと思うんだけど……器物破損とか何とか言われて、逮捕状出ちゃってさ」

「お前はやることなすことMinus(マイナス)だなァ」


 脳無……じゃなかった、ウルトラポンコツ探偵を、真実は憐れんだ目で眺めた。


「けど……どうすんだよ? 最近依頼多いぞ? AIのおかげか知らんけど」

 驚いた事に、最近仕事が少しづつ増えて来ているのである。一日に一回か二回は黒電話の音を聞く。もっとも依頼人のほどんどは、AI少女・和音を頼っての事だろうけど。

「お前がいなくて良いのか?」

「大丈夫だよ」

 藍は笑った。


「AIだからね。アプリさえあれば、和音君を別々の場所に派遣する事だって可能だ。たとえ今日殺人事件が100件起きようが1000件起きようが、AIなら同時進行で、一瞬で解決してしまうんだよ」

「やだよそんな犯罪都市。もはや暴動だろ」

「じゃあ、真実君のスマホに和音君のデータをインストールするから……」

「や、私、スマホ持ってないけど」

「え……?」


 藍が絶句した。


「バカな……あり得ない! 今時女子大生が……いや、現代人がスマホを持っていないだなんて……!?」

『ちょっと設定に無理があり過ぎませんか?』

 床から生えてきた虹色ツインテールのAI少女・和音も、困り顔で同調した。

『最近は何をするにもまずはスマホでしょう? この現代社会で、どうやって生活してるんですか?』

「何だテメェら? バカにしてんのか?」


 真実が身を乗り出すと、藍と和音は顔を見合わせた。


「じゃあ……急に連絡取りたくなった時どうするの?」

「あのなぁ。私だって、家にパソコンくらい持ってるから!」

「いやいやいや……」

『インスタに写真をアップしたくなったら?』

「わざわざ自分のプライベートや主義主張を、全世界に公開しようと思ったことがない」

「う……うわぁあああああっ!?」

『真実さん貴女……それでも人間ですか?』

「お前にだけは言われたくないわ!」


 しょうがないのでしばらくの間、藍のスマホを真実に預けることとなった。大切な大切なスマホを取り上げられ、富も名声も力も、何もかも失った藍は、独りトボトボと留置場へ向かった。


「……終わり」

「終わりじゃないよ! どんな終わり方!?」

「終わったんじゃなかったのかよ」

「いやぁ、僕もこの間ので終わりにしようと思ったんだけどね。AIが考えるネタが、存外面白そうで。どうせギャグだし、行けるところまで行ってみようかなって」

「プライドとかないんか」


 藍が更に向こうへ姿を消すと、早速黒電話が鳴り出した。


『よろしくお願いしますね、真実さん』

「…………」


 真実の隣で和音が微笑む。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく受話器を取った。


◻︎


 事件は都内某所のアパレルショップで起きていた。朝出勤した店長がスタッフの死体を発見。死体はまるでマネキンのように、ガラスケースの中で凛々しいポーズを取って固まっていた。


「……そして被害者の背中には」

 現場検証していた刑事が難しい顔で唸った。

「血文字で”殺人現場でのスマートフォンの使用はご遠慮ください”と書かれていた」

『なるほど……! 今回は大元を絶って来ましたね。敵もなかなか……』

「お前は一体誰と戦ってるんだ?」


 現場に着いた真実と和音は、集まった大勢の警察関係者に混じって、ガラスケースに飾られた死体を眺めた。もしブルーシートがかけられなければ、表通りから死体が丸見えだっただろう。普通は死体を隠すのに苦労するものだが、まるで見つけてくださいと言わんばかりの演出には、何か意味があるのだろうか?


「フン。挑発にしか見えんがな」

 コワモテの刑事が鼻息を荒くした。

「警察も舐められたもんだ。絶対に犯人を……ぅ……」

「……?」

『刑事さん?』

「うぅ……ッ!? ダメだ……もう我慢できん……!」

「猪本刑事。貴方もですか」


 隣にいた若い警察官も、同じように顔を歪めた。


「実は僕も……さっきからもう耐えられなくて……」

「いかん! このままでは死んでしまう! 一旦出よう!」

 猪本がそう叫ぶと、警察官たちが後を追うようにバタバタと現場から飛び出していった。真実と和音が画面越しに顔を見合わせた。


『どうしたんでしょう?』

「さぁ……?」


 真実たちが店の外に出ると、道路に突っ伏した刑事たちが、荒い息を吐き出しながら滴る汗を拭っていた。


「はぁはぁ……助かった……!」

『どうしたんですか?』

「どうしたもこうしたも……これだよこれ」

 そう言って刑事の1人がスマホの画面を見せた。

『これって……?』

「スマホだよスマホ!」

「スマホ?」

「そう! ”スマホ禁止”って言われちゃったから、禁断症状が出ちゃってさ」

『まぁ……!』

「完全に依存症じゃねーか」

「残念だが我々はもう、スマホなしでは生きられない」


 猪本刑事が立ち上がり、SNSを更新しながら言った。


「四六時中スマホの画面を撫で回していないと、不安で不安で、死んでしまいそうになる!」

「うさぎかよ」

「”スマホ禁止”だと? ふざけるな……こんな卑劣な犯人を、我々は許すわけには行かぬ!」


 おぉっ! と周囲から怒号のような声が湧き上がった。皆スマホ依存症の警察官たちだった。どうやら想像以上に、彼らの逆鱗に触れてしまったらしい。


「言うほど卑劣か?」

「良いかお前ら。この捜査、火災現場……いや、スキューバダイビングだと思え。突入後少しでも息苦しさや不安を感じたら、無理はするなよ。外に出て、思う存分スマホに触るように」

「はい!」

『何だか大変な事件になりそうですね……!』

「どうすんだよオイ。ボケ担当がいなくなったから、警察がボケ始めたじゃねーか」


 案外あのポンコツも、周囲へのボケ抑止力的な効果があったのかもしれない。真実は藍のことを少しだけ見直……さなかった。そこまで尊敬できる大人ではなかった。現場は急に騒がしくなってきた。店から慌てて出てきたかと思うと、首をぐいと曲げてスマホを食い入るように見つめている刑事たちを前に、真実は呆れたように吐き捨てた。


「ケッ。たかがスマホ如きにぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ……大の大人がみっともねぇ」

『依存することが果たして悪いことでしょうか?』

「何?」


 真実の手のひらにいた和音が、禁断症状が出てガクガクと痙攣している刑事たちを、労わるような目で見つめた。


『真実さんは今”依存は悪”だと決めつけていますが……誰だって、何かに依存しながら生きてるものでしょう?』

「……また始まった」

『古くはタバコやお酒、ギャンブルに恋愛……そして最近はスマホにAIですか。人間はそうやって、支える側を”悪”にしがちですよね』

「…………」

『普段からあんなにお世話になって、楽しんだり気持ち良くなったり、支えられている恩も忘れて。”のめり込んだら……”とか、そんなの何だってそうですよ! 薬だって過剰摂取したら毒になるのと同じです。依存とは自分の弱さの肯定です。自分一人では生きていけないこと、誰かに、何かに頼ること……それは決して”逃げ”でも”恥”でもないですよ』

「……フン。じゃあ」


 訥々と告げる和音を、真実が挑発的な目で見下ろした。


「殺人はどうなんだ? たとえばAI依存症のやつが、ワケわかんねぇ文字列に唆されて自殺したり殺人を犯したら、それでもAIは悪じゃないって?」

『……包丁はただの道具です。包丁を使って刺した人物が犯人なのです』

「ケッ……」

「ダメだ、どうしても見つからない!」


 三回目の突入で息も絶え絶えになった刑事たちが、スマホを握りしめ、涙ながらにSNSを更新した。


刑事@fgtjh《この現場に凶器が残されているはずなのに!》 

刑事@sdfhdjdty《チクショウ……スマホさえ持っていければ!》

刑事@dhsrhrs《生き返った! SNSを更新しないと、俺はもう!》

「めんどくせーなァ」


 次々と倒れ込む刑事たちを尻目に、真実がスタスタと殺人現場に入って行った。


「な……!?」

「オイ君……危ないぞ! そこはスマホ禁止エリアなんだ!」

「あったぞ」

「そうだぞ! そこは現代人にとっての魔境、禁足地……え?」

「あったぞ。包丁」

「あった?」

「おぅ」


 真実は店から顔を覗かせ、発見した凶器を警察官に投げて寄越した。周囲からどよめきが湧き起こる。刑事たちの呟きは一時期SNSのトレンド上位に上がった。


刑事@fgdsg《す……すごい!》 

刑事@rjs《スマホ禁止の現場に、あれだけ長時間滞在できるだなんて!》

刑事@htrs《これで事件が解決できるぞ!》

刑事@rtht《彼女は英雄だ!》

「直接言え! 目の前にいるんだから!」


 真実が探し出した凶器を元に、犯人の田中が逮捕され、こうして事件は無事幕を閉じた。


『すごいじゃないですか! 真実さん!』

 帰りの電車の中で、和音が目を輝かせた。

『事件解決ですよ! 英雄並みの大活躍ですね!』

「どこがやねん。誰だって出来るわこんなの」

 真実はズルズルと椅子から滑り落ちながら、大きくため息を吐いた。


『フフ。今回の件で、私も真実さんと少し仲良くなれた気がします』

「……フン。私はまだお前のこと認めてねーからな」


 やがてお約束通り、電車がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。

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