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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第三幕
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Case25. 無名萌真実失踪事件

『各地で殺人事件が相次いでいるらしいですね』


 ある日のこと。上尾探偵事務所は珍しく休業中だった。もうかれこれ数ヶ月になる。真実がいなくなったあの日から……藍は依頼を引き受けるのをやめてしまった。

 

 夕方だった。明かりも付けず、事務所の中は薄暗かった。

『この近所でも事件が起きたようですよ。まだ犯人は捕まっていないとか……』

 机にかじり付いている藍に、和音が後ろから、優しく話しかけた。だが藍は、ずっとパソコンを睨みつけたまま、振り向きもしなかった。静まり返った事務所の中で、TV画面だけが場違いなほど陽気な歓声を上げている。もうここ数ヶ月、事務所は……彼はずっとこんな感じだった。


 真実の行方を探しているのである。真実が消えた。

一体どこに消えたのか? 

どうして? 

分からないことだらけだった。何だか伽藍堂とした事務所には、途中まで読まれた漫画本の数々が、賽の河原の石積みのように残されていた。


 はじめはいつもの調子で軽口を叩いていた藍も、だんだん心配になり、しまいには笑えなくなってしまった。ついには仕事が手につかなくなり、彼は本格的に真実の捜索を開始した。時には街から街を一日中練り歩き、また時にはこうしてパソコンの前で調べ物をして……だがいつまで経っても、AIの検索網を持ってしても、彼女が見つかることはなかった。


『少し休憩しませんか?』

 薄暗い部屋の中。相変わらず返事はなかったが、和音が藍に根気強く話しかけた。

『過度に時間をかけ過ぎても、集中力は低下しますよ。パフォーマンスを上げるには、適度な休憩が……』

「和音君」

 藍がようやく顔を上げた。いつのまにか目の下にクマが出来ている。


「まだ見つからない?」

『それは……』

 和音が目を伏せた。AI少女である和音は、その気になれば世界中の監視カメラや個人のスマホなど、ありとあらゆる情報にアクセス出来るのだが……何故か真実の足跡だけは、どうしても辿れなかった。


 まるで最初から、真実など存在しなかったかのように。

 この世から彼女の情報がすっぽりと抜けてるのだった。


『……すみません』

「……そう」

 藍はそれだけ言うと、またパソコンの画面に向き直った。

「僕が甘かったよ」

 藍が自嘲気味に笑った。

「普段からもっと真面目に探偵をやっておくべきだった。参った。いつもヘマばかりやってるのに、そんな都合良く、突然上手く行くわけない」

『先生……』

 すっかり弱り切った探偵の背中を、和音が心配そうに見つめた。その時、不意にTV画面から心臓がドキリとするような、短い警告音が聞こえた。藍と和音が思わずそちらに顔を向けると、画面上に《速報》の文字が点滅している。


《たった今入ってきたニュースです》

 番組はいつの間にかニュースに切り替わっていた。スタジオMCの1人が、神妙な面持ちで、手渡された原稿を読み上げた。

《ここ数ヶ月都内で起きていた連続殺人事件ですが、警察は先ほど、犯行現場で撮影された犯人たちの顔写真を公開しました》

『あ……これ、さっき私が言ってたニュース……』

 和音が呟いた。


 どうやら容疑者は二人組だったようだ。片方は2mはあろうかという大男で、もう片方は若い女。どちらも薄布のようなもので顔を隠し、真っ黒な衣装に身を包んでいる。すると、どこからか風が吹いて、薄布がひらりと宙に舞った。


《ご覧ください。これが警察が公開した、容疑者二人組の顔です!》

 MCが興奮気味に囁き、画面はそこで静止した。藍と和音は息を呑んだ。どこかで見た顔……いや、見間違いようがない。それは正しく消えた真実本人だった。


《顔が似てますね……親戚か、あるいは親子でしょうか?》

 スタジオで静止画を睨んでいたナントカの専門家が、目を細め唸った。

《この映像は、つい先日撮れたばかりのようです。今まで犯人たちは一切証拠を残さず、またどんなに監視カメラを調べても映像が残っていなかったため、中々捜査が進展しなかったのですが……》

「映像が残っていなかった?」

 藍が思わず呟いた。その間も、視線は真実の顔にじっと注がれている。

『ええ』

 和音が神妙な面持ちで頷いた。


『この事件、犯行現場を写していたであろうカメラを調べても、毎回、何故か不可思議な『ノイズ』が入って犯人が映らないんです』

「ノイズ?」

『はい。専門家がいくら調べても、原因が分からないらしくて。そのせいでネットでは凄腕ハッカーの仕業だとか、幽霊の仕業だとか、色々噂になっていて』

「幽霊……」

《しかし……だったら何故今回は映像に映ってるんですかね?》 

 TVの中で、コメンテーターの一人が首をかしげる。その隣で、偉い専門家も難しい顔で唸った。



《分かりません。あるいはこれは、犯人側からの何らかのメッセージなのかも》

《メッセージ?》

《ええ。そのために敢えて我々の前に姿を現した》

《一体どんな?》

《それは……》


 TVではそこから侃侃諤諤の討論が始まった。藍が無言でTVの電源を切った。しばらく事務所は重たい、重たい沈黙に包まれた。


 それから数日後。週刊誌のスクープで、件の()()()()()()()()()()()『さよなら』とメッセージが残されていた、と報道があった。関係者を名乗る人物の証言だけで、証拠写真も映像もなかったが、和音が警察のネットワークに侵入し調べたところ、それが事実だったと判明した。


『それに……』

 和音が少しためらったように言葉を切った。

「まだ何か?」

『そのメッセージを私が鑑定したところ……真実さんの筆跡と一致しました』


 しばらく呆然としていた藍が、やがて静かに声を絞り出した。


「真実君が」

 藍が週刊誌を床に叩きつけた。

「真実君が殺人なんてするはずがない。これは何かの間違いだ。きっとそうだよ」

『先生……』

「むしろ何らかの事件に巻き込まれてるとしか……その隣にいる大男が怪しいと思わないか? だって」

『先生、私何だか嫌な予感がします……』

 和音が不安げに眉を八の字にした。


『この事件、何だかおかしいんです。私がどんなに検索しても、正解が一つもヒットしません。こんなことは今までなかった。何かとてつもない……闇を感じます』

「闇?」

『先生。この事件、とてもまともな事件じゃありません。これは私の勘(ビッグデータ)ですが……このままこの事件に首を突っ込んだら、きっと先生も無事じゃ済まない。取り返しのつかない事態になってしまうんじゃないかと』

「大丈夫だよ」

 和音が顔を上げると、驚いたことに、藍は笑っていた。


「僕が今まで解いてきた事件、和音君だって知ってるだろう? どれもこれも、とてもまともな事件じゃなかったよ」

『先生……ですが』

「もし真実君が、僕にだけ分かるようにメッセージを残したのだとしたら」

 藍が立ち上がった。目の奥に光を取り戻しているのが、和音にも分かった。


「それは”さよなら”じゃなくて、”助けて”って意味だ」

『危険です……! もし真実さんを見つけたとして……その男が襲ってきたら!?』

「……大丈夫。僕が負けるわけないさ」


 今にも泣き出しそうな和音に向かって、藍は静かに、しかし力強く宣言した。


「ギャグキャラを敵に回した恐ろしさを、思い知らせてやる!」

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