表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第三幕
27/31

Case24. 読者ファースト館の殺人

「とうとう僕らも『館ミステリ』デビューだね!」


 ある日のこと。藍と真実はレンタカーで郊外に出かけていた。事件の依頼があったのだ。都心から遠く離れた山奥の、何やら物珍しい造りの館で、殺人事件が起きたのだという。真実としては、事務所で『はじめの一歩』の続きを読んでいたかったのだが。藍はというと、いつも難癖付けて仕事をサボるくせに、今回の事件には何故かノリノリだった。


「これは大長編になること間違いなしだよ!」

「そもそも『館ミステリ』って何?」


 外は小雨が降っていた。助手席で真実が、欠伸しながら尋ねた。マンガできたらまっ先にお前に読ませるからよ。絶対「おもしろい」って言わせてみせるぜ!


「えっ!? 知らないの!?」

「知らん」

「そうなんだ……まぁ、僕も詳しくないんだけど」

「何やねん」


 藍がハンドルを切りながら笑った。ウィンドウを水滴が滑って行く。


「何ていうか……とにかく奇妙な館で奇妙な事件が起きるんだよ。それで、ここが大事なんだけど、『館モノ』ってミステリ読者には結構人気があるジャンルなの。人気があるってことは、僕らも勝ち馬に乗るチャンスってことなんだ!」

「よく分からんが……人気ジャンルって人気な分、余計実力が露呈するってか、化けの皮剥がされるんじゃねーの?」

「え……」


 上り坂の途中で、藍が慌てて急ブレーキを踏んだ。

「危ねぇなオイ!」

「着いた……」

 ちょうどそこは、藍が呼び出された館の前だった。山の中腹に聳え立つそれは、黒々とした木々に囲まれ、まるで人が近づくのを拒絶しているかのようだった。

今にも崩れ落ちそうな吊り橋。

夕闇を横切る烏の群れ。

朽ち果てた巨大な正門を見上げ、藍がごくりと唾を飲み込んだ。


「どうしよう……やっぱり『犬探し』の依頼に変更しようか?」

「今さら怖気付いてんじゃねーよ」

『大丈夫ですよ先生。怖いことなんてありません。どんなに奇妙に見える現象も、全て論理的に説明の付くトリックに過ぎませんから♪』

「ありがとう、和音君。僕もそう思ってた」

「全部AIに言われてんじゃねーかよ。本来お前が言うべきセリフ」


 AI少女にお株を奪われたポンコツ探偵が、車から降り、恐る恐る吊り橋を渡り始めた。その様子を見下ろしていた烏が、ギャアギャアと、不気味な啼き声で囃し立てる。遠くで雷が鳴った。驚いた藍は吊り橋から足を滑らせ、そのまま崖から落ちて、死んだ。




「着いた。ここが……」

「待て」


 いつの間にか雨が上がり。流れを無視して話を進めようとする藍を、真実が静止した。


「おかしいだろ。お前さっき死んだよな??」

「うん」

「うん……じゃなくて」

「やっぱり主人公は死なないんだよ。人気投票で上位のキャラは、上位存在は死なないの」

「何が上位存在だ。訳わからん。初っ端から全く論理的に説明つかねえじゃねーかよ」

「本当はあそこで終わっても良かったんだけど。あまりにも読者の反響が大きかったから、死ななかったことにしようという……ホームズ・リスペクトだね」

「どこリスペクトしてんねん」


 ホームズに似ているのは崖から落ちたところだけ! 上尾藍先生に応援のお便りを!


「漫画雑誌の柱文みたいなこと言ってんじゃねーぞ」

「それより着いたよ」

 巨大な玄関の前に立ち、藍が地図を見ながら頷いた。

「ここが『イケメン100人角館』だ」

「どんな館やねん」

「ここは元々『熱血スポーツ少年館』だったんだけど、今では多種多様なイケメンが住み着いてて、どんな女性読者の要望にも応えることができるんだ」

「ちょっと媚び過ぎだろ……引くわぁ」


 奇妙奇天烈な娼館を前に、真実が入るのをためらっていると、藍はその隣の建物を指差した。


「そしてあっちが、『人気のためなら何でもします館』」

「何つーか……史上最低の館ミステリになりそうだな」

「こっちは『解決編は売上次第館』」

「どんだけ館乱立してんだよ。万博会場じゃねぇんだから」


 しかし『イケメン館』は人気で、長蛇の列が並び、実に2時間待ちだった。しょうがないので2人は予約なしで入れる隣の館に入場した。


「そんなんで良いのかよ館ミステリって」

「だって、人気のパビリオンは空いてないんだもん。並んでまで殺人事件に遭遇したくないし」

「そりゃそうだが……ここは一体何館なんだ?」

「ようこそ『読者ファースト館』へ!」


 藍たちが館に入ると、階段の上から蝶々の仮面の男が姿を見せた。突然ド派手な歓迎の音楽がどこからともなく鳴り響く。藍と真実が顔を見合わせた。


「『読者ファースト館』?」

「そうとも」

 仮面の男が階段下まで降りてきて、戯けたようにお辞儀した。

「このパビリオンは、いついかなる時でも読者を大事にし、読者第一に物語を進めようという、通称『読者ファースト館』だ」

「へぇえ。どこらへんが読者ファーストなの?」

 藍が薄暗い館を見回しながら尋ねた。

「おっと。その前に、この『館』では水着に着替えてもらおう」

「え?」

「何?」


 2人がポカンと口を開けていると、突然床から無数のマジックハンドが生えてきた。マジックハンドはうねうねと、2人の服をビリビリに破き……真実は咄嗟に胸を手で隠した。露わになった裸体に、機械の手が強引に水着をねじ込み始めた。


「う……うわぁーっ!?」藍が目を丸くした。

()()()()じゃないか! 小説だから良かったものの! 小説だから良かったものの!」

「な……なな……ななな……!?」

「ふふふ。『読者ファースト館』では、定期的に『水着回』を挟むお約束なのだ」

「……媚びてるだけじゃねーか! テメェーッ!」


 無理やりビキニ姿にさせられた真実が、顔を真っ赤にして蝶々仮面をぶん殴った。勢い余って蝶々が宙を舞い、男の表情が露わになる。仮面の下から現れた、その顔は……

「イ……イケメン!」

 藍が驚いた。

「如何にも読者に人気が出そうな今風のイケメン!」

「うぅう。なんてことだ……」

 イケメンが顔を押さえて唸った。

「顔を晒すのは、人気に翳りが見えてから……テコ入れにしようと思っていたのに」

「逆に読者をバカにしてんだろ!」


 その時、階段の上から悲鳴が聞こえた。藍と真実が顔を見合わせた。


「殺人事件だ!」

「そういやそうだったな。忘れてたわ」

「あっ君たち! くれぐれも読者ファーストは忘れるなよ!」

「テメーこそ! いつか絶対(ぜってー)ぶっ殺すからな! 覚えてろよ!」

「とても探偵の助手のセリフとは思えないけど……今はそれどころじゃない!」


 イケメンを置いて、藍たちが急いで階段を駆け上がる。突き当たりの廊下で、メイドが腰を抜かしているのが見えた。すっかり青ざめた顔で、右側の部屋、開け放たれた扉の奥を見つめている。2人がその部屋を覗くと、そこには何故か、艶やかな全裸の死体が転がっていた……。


 殺されたのは新人メイド。

 被害者の背中には、血文字で『読者サービス』と書かれていた。


「何が読者サービスだよ。ふざけやがって、性的搾取で訴えるぞ」

 ビキニ姿の真実が胸の前で腕組みし、憤慨した。

「まぁまぁ。新人メイドって言ってるだけで、別に性別も年齢も明記されてないからね。そこは読者の想像次第だから」

「叙述トリックみたいに言うな」

「とにかく、難しい議論は頭の良い人たちに任せて。僕はノーコメントでお願いします」

「逃げんなオイ。テメーも結局いやらしい目で見てんだろ。最低。死ねばいいのに」

「『読者ファースト館』だから。人気取りのために、僕らこの後どんなことやらされるか……」

「……さっさと出ようぜ。オイ、和音を出せよ」


 だが、藍がいくら和音を呼び出そうとしても、圏外でスマホが繋がらなかった。藍と真実が顔を見合わせた。


「繋がらない。お約束だ」

「それは読者ファーストなのか?」

「やっぱり、読者に媚びなきゃこの事件は解決しないんだよ」

「どんな事件やねん」

「よし。そうと決まれば」


 藍が現場を見渡し、媚びを売れそうな部分を探し始めた。


「たとえばあれ」

 藍が死体を指差した。

「やたらと現場が凄惨だったり血だらけだと批判されるから、被害者は、まるで眠っているように死んでいることにしよう」

「配慮し過ぎて現実を見失ってんじゃねーか」

「逆に徹底的に露悪的に、グロテスクな死体にするって言う手もあるけど。読者……じゃなかった、読者様のために」

「へりくだり過ぎて鼻につくわ」

「(おぉ読者様、実はここが伏線です。覚えておいてください)」

「嘘つけ! 適当なこと言うな!」


 真相はさっぱり分からなかったが、とりあえず文字数的に推理を披露しなければならないため、藍が仕方なく関係者を集めた。メイド服、水着、ナース、バニー、スーツ、警察官、軍服、チャイナ服……ありとあらゆる美少女のコスプレが揃う中、藍が皆を見渡して言った。


「すみません、今からテコ入れのために学園編を始めるので、皆さん学生服に着替えてください」

「推理中に学園編を始めるな!」

「数日後……被害者は異世界に転生し、探偵はチートスキルで無双していた」

「なんでやねん!」


 腕を組んだまま、真実が呆れた。読者に媚びることしか頭にない探偵を前に、関係者たちが戸惑った顔をした。


「どうして犯人が分かってないのに推理を始めたんですか?」

「それは……だって完璧過ぎる物語よりも、ツッコミどころが多い方がネットで盛り上がるから……」

「知らんけど。手ェ抜いて良い理由にはならんわ」

「(ここに旬なネットスラングを入れる)」

「無駄にネットに媚びるな!」

「草」

「『草』じゃねーんだよバカ野郎。すぐ影響されやがって」

「ちなみにこの中に、田中って苗字の人います?」


 藍がダメもとで尋ねると、偶然にも1人だけ、田中という苗字の人物がいた。犯人は田中だった。手ェ抜いてるわけじゃないが、とにかく犯人は田中だったのだ。


「どうして……」

 犯人の田中が愕然とした様子で尋ねた。

「どうして私が犯人だと分かったんだ!?」

「それは……苗字ですね」

「何だと!?」

「史上最低の館ミステリだ」


 こうして無事事件は解決した。辛くも『読者ファースト館』を脱出した2人は、お土産に『読者第一』と書かれたパビリオンTシャツを買った。最初、真実は頑なに拒否したが、あいにく代わりの服がそれしかなかったのである。


「面白かったね。今度はあっちの『館』に行ってみようよ」

「断る」

「そう言わずに。もっと読者を楽しませなきゃ」

「楽しませるのと媚びを売るのじゃ、全く違うだろうがよ!」

「あっ真実君。どこ行くの?」

「うるせぇ!」


 真実は藍の手を振り払い、肩を怒らせ、1人帰り道を急いだ。結局藍は最後まで気が付かなかった。真実の胸、心臓付近に黒い、禍々しい紋様の刺青が刻まれていることを。もちろん真実も、見せないように細心の注意を払ってはいたのだが。


 再び雨が降り始めた。半ば駆け抜けるように、真実が急いで古びた吊り橋を渡る。橋の先で、1人の男が彼女を待っていた。


 顔を薄布で覆った、大柄な男だった。頭頂部にツノのようなものが付いているが、あれは何かのコスプレだろうか? 大男は真実の姿を見つけると、どうやら顔見知りらしい、彼女に親しげに話しかけた。


「久しぶりだな。エクリプス」


 その瞬間。真実は石像のように固まり、橋の途中で立ちすくんだ。遠くで雷が鳴る。2人の様子を見下ろしていた烏が、怯えたように飛び去った。薄布の向こうで、男が嗤った。


「エクリプス。我が娘よ」


 その日以来、彼女は探偵事務所に顔を出さなくなった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ