Case24. 読者ファースト館の殺人
「とうとう僕らも『館ミステリ』デビューだね!」
ある日のこと。藍と真実はレンタカーで郊外に出かけていた。事件の依頼があったのだ。都心から遠く離れた山奥の、何やら物珍しい造りの館で、殺人事件が起きたのだという。真実としては、事務所で『はじめの一歩』の続きを読んでいたかったのだが。藍はというと、いつも難癖付けて仕事をサボるくせに、今回の事件には何故かノリノリだった。
「これは大長編になること間違いなしだよ!」
「そもそも『館ミステリ』って何?」
外は小雨が降っていた。助手席で真実が、欠伸しながら尋ねた。マンガできたらまっ先にお前に読ませるからよ。絶対「おもしろい」って言わせてみせるぜ!
「えっ!? 知らないの!?」
「知らん」
「そうなんだ……まぁ、僕も詳しくないんだけど」
「何やねん」
藍がハンドルを切りながら笑った。ウィンドウを水滴が滑って行く。
「何ていうか……とにかく奇妙な館で奇妙な事件が起きるんだよ。それで、ここが大事なんだけど、『館モノ』ってミステリ読者には結構人気があるジャンルなの。人気があるってことは、僕らも勝ち馬に乗るチャンスってことなんだ!」
「よく分からんが……人気ジャンルって人気な分、余計実力が露呈するってか、化けの皮剥がされるんじゃねーの?」
「え……」
上り坂の途中で、藍が慌てて急ブレーキを踏んだ。
「危ねぇなオイ!」
「着いた……」
ちょうどそこは、藍が呼び出された館の前だった。山の中腹に聳え立つそれは、黒々とした木々に囲まれ、まるで人が近づくのを拒絶しているかのようだった。
今にも崩れ落ちそうな吊り橋。
夕闇を横切る烏の群れ。
朽ち果てた巨大な正門を見上げ、藍がごくりと唾を飲み込んだ。
「どうしよう……やっぱり『犬探し』の依頼に変更しようか?」
「今さら怖気付いてんじゃねーよ」
『大丈夫ですよ先生。怖いことなんてありません。どんなに奇妙に見える現象も、全て論理的に説明の付くトリックに過ぎませんから♪』
「ありがとう、和音君。僕もそう思ってた」
「全部AIに言われてんじゃねーかよ。本来お前が言うべきセリフ」
AI少女にお株を奪われたポンコツ探偵が、車から降り、恐る恐る吊り橋を渡り始めた。その様子を見下ろしていた烏が、ギャアギャアと、不気味な啼き声で囃し立てる。遠くで雷が鳴った。驚いた藍は吊り橋から足を滑らせ、そのまま崖から落ちて、死んだ。
「着いた。ここが……」
「待て」
いつの間にか雨が上がり。流れを無視して話を進めようとする藍を、真実が静止した。
「おかしいだろ。お前さっき死んだよな??」
「うん」
「うん……じゃなくて」
「やっぱり主人公は死なないんだよ。人気投票で上位のキャラは、上位存在は死なないの」
「何が上位存在だ。訳わからん。初っ端から全く論理的に説明つかねえじゃねーかよ」
「本当はあそこで終わっても良かったんだけど。あまりにも読者の反響が大きかったから、死ななかったことにしようという……ホームズ・リスペクトだね」
「どこリスペクトしてんねん」
ホームズに似ているのは崖から落ちたところだけ! 上尾藍先生に応援のお便りを!
「漫画雑誌の柱文みたいなこと言ってんじゃねーぞ」
「それより着いたよ」
巨大な玄関の前に立ち、藍が地図を見ながら頷いた。
「ここが『イケメン100人角館』だ」
「どんな館やねん」
「ここは元々『熱血スポーツ少年館』だったんだけど、今では多種多様なイケメンが住み着いてて、どんな女性読者の要望にも応えることができるんだ」
「ちょっと媚び過ぎだろ……引くわぁ」
奇妙奇天烈な娼館を前に、真実が入るのをためらっていると、藍はその隣の建物を指差した。
「そしてあっちが、『人気のためなら何でもします館』」
「何つーか……史上最低の館ミステリになりそうだな」
「こっちは『解決編は売上次第館』」
「どんだけ館乱立してんだよ。万博会場じゃねぇんだから」
しかし『イケメン館』は人気で、長蛇の列が並び、実に2時間待ちだった。しょうがないので2人は予約なしで入れる隣の館に入場した。
「そんなんで良いのかよ館ミステリって」
「だって、人気のパビリオンは空いてないんだもん。並んでまで殺人事件に遭遇したくないし」
「そりゃそうだが……ここは一体何館なんだ?」
「ようこそ『読者ファースト館』へ!」
藍たちが館に入ると、階段の上から蝶々の仮面の男が姿を見せた。突然ド派手な歓迎の音楽がどこからともなく鳴り響く。藍と真実が顔を見合わせた。
「『読者ファースト館』?」
「そうとも」
仮面の男が階段下まで降りてきて、戯けたようにお辞儀した。
「このパビリオンは、いついかなる時でも読者を大事にし、読者第一に物語を進めようという、通称『読者ファースト館』だ」
「へぇえ。どこらへんが読者ファーストなの?」
藍が薄暗い館を見回しながら尋ねた。
「おっと。その前に、この『館』では水着に着替えてもらおう」
「え?」
「何?」
2人がポカンと口を開けていると、突然床から無数のマジックハンドが生えてきた。マジックハンドはうねうねと、2人の服をビリビリに破き……真実は咄嗟に胸を手で隠した。露わになった裸体に、機械の手が強引に水着をねじ込み始めた。
「う……うわぁーっ!?」藍が目を丸くした。
「モロ出しじゃないか! 小説だから良かったものの! 小説だから良かったものの!」
「な……なな……ななな……!?」
「ふふふ。『読者ファースト館』では、定期的に『水着回』を挟むお約束なのだ」
「……媚びてるだけじゃねーか! テメェーッ!」
無理やりビキニ姿にさせられた真実が、顔を真っ赤にして蝶々仮面をぶん殴った。勢い余って蝶々が宙を舞い、男の表情が露わになる。仮面の下から現れた、その顔は……
「イ……イケメン!」
藍が驚いた。
「如何にも読者に人気が出そうな今風のイケメン!」
「うぅう。なんてことだ……」
イケメンが顔を押さえて唸った。
「顔を晒すのは、人気に翳りが見えてから……テコ入れにしようと思っていたのに」
「逆に読者をバカにしてんだろ!」
その時、階段の上から悲鳴が聞こえた。藍と真実が顔を見合わせた。
「殺人事件だ!」
「そういやそうだったな。忘れてたわ」
「あっ君たち! くれぐれも読者ファーストは忘れるなよ!」
「テメーこそ! いつか絶対ぶっ殺すからな! 覚えてろよ!」
「とても探偵の助手のセリフとは思えないけど……今はそれどころじゃない!」
イケメンを置いて、藍たちが急いで階段を駆け上がる。突き当たりの廊下で、メイドが腰を抜かしているのが見えた。すっかり青ざめた顔で、右側の部屋、開け放たれた扉の奥を見つめている。2人がその部屋を覗くと、そこには何故か、艶やかな全裸の死体が転がっていた……。
殺されたのは新人メイド。
被害者の背中には、血文字で『読者サービス』と書かれていた。
「何が読者サービスだよ。ふざけやがって、性的搾取で訴えるぞ」
ビキニ姿の真実が胸の前で腕組みし、憤慨した。
「まぁまぁ。新人メイドって言ってるだけで、別に性別も年齢も明記されてないからね。そこは読者の想像次第だから」
「叙述トリックみたいに言うな」
「とにかく、難しい議論は頭の良い人たちに任せて。僕はノーコメントでお願いします」
「逃げんなオイ。テメーも結局いやらしい目で見てんだろ。最低。死ねばいいのに」
「『読者ファースト館』だから。人気取りのために、僕らこの後どんなことやらされるか……」
「……さっさと出ようぜ。オイ、和音を出せよ」
だが、藍がいくら和音を呼び出そうとしても、圏外でスマホが繋がらなかった。藍と真実が顔を見合わせた。
「繋がらない。お約束だ」
「それは読者ファーストなのか?」
「やっぱり、読者に媚びなきゃこの事件は解決しないんだよ」
「どんな事件やねん」
「よし。そうと決まれば」
藍が現場を見渡し、媚びを売れそうな部分を探し始めた。
「たとえばあれ」
藍が死体を指差した。
「やたらと現場が凄惨だったり血だらけだと批判されるから、被害者は、まるで眠っているように死んでいることにしよう」
「配慮し過ぎて現実を見失ってんじゃねーか」
「逆に徹底的に露悪的に、グロテスクな死体にするって言う手もあるけど。読者……じゃなかった、読者様のために」
「へりくだり過ぎて鼻につくわ」
「(おぉ読者様、実はここが伏線です。覚えておいてください)」
「嘘つけ! 適当なこと言うな!」
真相はさっぱり分からなかったが、とりあえず文字数的に推理を披露しなければならないため、藍が仕方なく関係者を集めた。メイド服、水着、ナース、バニー、スーツ、警察官、軍服、チャイナ服……ありとあらゆる美少女のコスプレが揃う中、藍が皆を見渡して言った。
「すみません、今からテコ入れのために学園編を始めるので、皆さん学生服に着替えてください」
「推理中に学園編を始めるな!」
「数日後……被害者は異世界に転生し、探偵はチートスキルで無双していた」
「なんでやねん!」
腕を組んだまま、真実が呆れた。読者に媚びることしか頭にない探偵を前に、関係者たちが戸惑った顔をした。
「どうして犯人が分かってないのに推理を始めたんですか?」
「それは……だって完璧過ぎる物語よりも、ツッコミどころが多い方がネットで盛り上がるから……」
「知らんけど。手ェ抜いて良い理由にはならんわ」
「(ここに旬なネットスラングを入れる)」
「無駄にネットに媚びるな!」
「草」
「『草』じゃねーんだよバカ野郎。すぐ影響されやがって」
「ちなみにこの中に、田中って苗字の人います?」
藍がダメもとで尋ねると、偶然にも1人だけ、田中という苗字の人物がいた。犯人は田中だった。手ェ抜いてるわけじゃないが、とにかく犯人は田中だったのだ。
「どうして……」
犯人の田中が愕然とした様子で尋ねた。
「どうして私が犯人だと分かったんだ!?」
「それは……苗字ですね」
「何だと!?」
「史上最低の館ミステリだ」
こうして無事事件は解決した。辛くも『読者ファースト館』を脱出した2人は、お土産に『読者第一』と書かれたパビリオンTシャツを買った。最初、真実は頑なに拒否したが、あいにく代わりの服がそれしかなかったのである。
「面白かったね。今度はあっちの『館』に行ってみようよ」
「断る」
「そう言わずに。もっと読者を楽しませなきゃ」
「楽しませるのと媚びを売るのじゃ、全く違うだろうがよ!」
「あっ真実君。どこ行くの?」
「うるせぇ!」
真実は藍の手を振り払い、肩を怒らせ、1人帰り道を急いだ。結局藍は最後まで気が付かなかった。真実の胸、心臓付近に黒い、禍々しい紋様の刺青が刻まれていることを。もちろん真実も、見せないように細心の注意を払ってはいたのだが。
再び雨が降り始めた。半ば駆け抜けるように、真実が急いで古びた吊り橋を渡る。橋の先で、1人の男が彼女を待っていた。
顔を薄布で覆った、大柄な男だった。頭頂部にツノのようなものが付いているが、あれは何かのコスプレだろうか? 大男は真実の姿を見つけると、どうやら顔見知りらしい、彼女に親しげに話しかけた。
「久しぶりだな。エクリプス」
その瞬間。真実は石像のように固まり、橋の途中で立ちすくんだ。遠くで雷が鳴る。2人の様子を見下ろしていた烏が、怯えたように飛び去った。薄布の向こうで、男が嗤った。
「エクリプス。我が娘よ」
その日以来、彼女は探偵事務所に顔を出さなくなった……。




