Case23. リモート推理 - the best and most beautiful things -
「新しい代行サービスを考えていたんだよ」
ある日のこと。真実が事務所で『BLEACH』を読んでいると、藍が何やら熱心にパソコンで調べ物を始めた。また何か良からぬことを考えているのだろうと思っていると、案の定、良からぬことだった。……チャドの霊圧が……消えた……?
「色々流行っただろ。運転代行、宿題代行、退職代行……」
「あぁ……うん」
「今のうちに先駆者になっておけば、事業を独占できると思ってね」
「なるほど。法律に違反しているという点を除いては、中々良い着眼点だな。それで、どんな代行サービスを思いついたんだ?」
「それが……中々良いアイディアが思い浮かばなくてねぇ。結構みんな、もうすでに色々考えてるんだよ。家事代行、墓参り代行、話し相手代行、今じゃレンタル彼氏・彼女だけじゃなく、家族のフリをしてくれる家族代行なんてのもあって」
『それこそAIに相談してみてください♪』
藍が困り顔をしていると、床から黒装束の和音が生えてきた。
『AIならすぐに画期的な代行アイディアを提案できますよ♪』
「ネタ出し代行だ」
『たとえば……”言語化代行”なんてどうですか? 上手く言語化できない感情や思考を、AIが整理して要約してくれるんです♪』
「それもうすでに皆やってるよな? AIで」
漫画のページをめくりながら、真実が欠伸した。
『他にも、”もう1人の自分代行”。AIに自分の人格を学習させて、もう1人の自分を作るんです。自分を客観視できるし、主人公のパワーアップイベントには欠かせません♪』
「面白そう。僕もそろそろ、自分の斬魄刀の名前が知りたかったんだよね」
「お前はそもそも刀持ってねぇだろ」
「刀といえば……」
真実がソファで寝返りを打つと、藍がふと首をかしげた。
「最近何だか変な依頼があったんだよね。『日本刀を持った少女に伝言して欲しい』って」
「…………」
『まぁ、日本刀。物騒ですね』
死神代行のコスプレをしていた3D少女が、斬魄刀を担いだまま驚いた。
『その依頼、お受けしたんですか?』
「いや、断った。何だか嗄れた声で、約束がどうとか言ってたけど」
「…………」
「ちょっと怪しいし、向こうも名乗らなかったし」
『そもそも本当にそんな少女がいるんですかね?』
「分からない。近くでドラマの撮影でもやっているのかな?」
『私が検索しましょうか? ……あ』
ちょうどその時、黒電話が鳴った。和音がボイスチェンジャーで藍の声色を物真似し、代わりに受け答えしていた。本人よりも敬語が上手に使えている。真実が呆れた。
「とうとう電話に出るのも面倒になったか」
「これからは何でもAIが代行してくれる時代なんだよ。思考だけじゃなく、行動でさえもね」
「自分でやらないと何事も経験値入んねーだろ」
「経験値が欲しいんじゃないんだよ。結果が欲しいんだ。勝利が。成功が」
藍が探偵コートをAIに着させてもらい、上機嫌で現場に出かけて行った。あれが結果至上主義社会の成れの果てだろうか。ある意味あの男も、常に結果が求められる現代社会の犠牲者なのかもしれない。真実はため息を吐いた。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらっているので、彼女は仕方なく藍の後を追った。
◻︎
事件は都内の某IT企業で起きていた。殺されたのは同会社の社長。社長室でリモート会議中、何者かに首を絞められて殺されていた。
不思議なことに、殺された時の映像はなく、他の社員からは普通に社長が会議に出ている様子が見えていたという。被害者の背中には、血文字で『映像差し替えトリック』と書かれていた。
「わかったぞ。これは『映像差し替えトリック』だ!」
「そう書いてあるもんな」
「実際の犯行時刻には、予め用意しておいた録画映像を差し替えたんだ」
『さすがです、先生♪』
「推理パートが三行で終わった……」
わずか三行の推理でトリックを看破した名探偵は、早速自宅でリモート待機中の社員たちに連絡した。
「オフライン中すみません。皆さん、今すぐログインしてください」
「どうしたんですか探偵さん? まさか……」
「そのまさかです。分かったんですよ。社長を殺した犯人が」
「な……何だと……!?」
「ふふふ。では皆さん、詳細はグループトークアプリで」
「直接話せよ」
関係者たちが次々とグループトークにログインしてきた。全員がオンライン上に集まるのを待って、藍は文章を打ち込んだ。
《本日はリモート推理にお集まりいただきありがとうございます。殺人事件の後にアンケートがありますので、みなさん、容疑者IDを入力してご回答ください。抽選で次回の殺人事件の無料参加券が当たります》
「いらねーよ!」
犯人は田中だった。彼女は犯行時刻、自宅で会議を受ける録画映像を再生させながら、こっそり社長室に忍び込んだ。道中、オンラインショップで手頃な縄を見つけ、
「あなたは『凶器を100コインで購入』した」
「狂気の間違いだろ」
「100コインは約150円で販売しています」
「お米券じゃねーんだから!」
ネタが良く分からなかったと言う人は、JAの人に聞いてみてください。余談だが、個人的には小説で時事ネタをやるとどうしても鮮度が落ちてしまうので、書くのに些か抵抗がある。頼むから発表時まで事件が風化しないでくれと、時に不謹慎な願いを抱いてしまうこともある。
では時事ネタを書かなければ良いのでは。一理あるが、これが時を経ると「あぁあの時はこんな事があったんだな」と歴史の記録の一ページになっていたりするから、存外侮れない。
「(ここに旬な時事ネタが表示される)」
「されねーよ。そんな便利なもんじゃないから、小説って。読んだ時期によって内容書き変わらねーから」
『大丈夫ですよ。これからのAI時代なら、それも可能です♪』
「可能だって」
「ホンマかいな……」
真実が半信半疑で藍の(下書き投稿)を眺めた。
その間にも、AIがスラスラと推理を生成していく。詳細をかいつまんで話すとこうだ。社長のパソコンにも同じ細工がしてあり、彼女が犯行に及んでいる間、社員側には録画映像が映し出されていた。映像を差し替えたアリバイトリックだったのだ。ログイン中の社員アカウントをぐるりと見渡し、藍が告げた。
「そうですよね? ハンドルネーム・『にんじん』こと、田中さん!」
「みんな本名以外で登録してるから誰が誰なんだか分かんねぇ」
《証拠はあるの?》
すると、キャベツアイコンの『にんじん』こと田中が挙手して、反論の文章を打ち込んできた。
「あります。詳細は、証拠写真共有アプリをダウンロードしてご覧ください。無料版もあります」
「何だそのアプリ」
「もはやそれが犯罪じゃねえか」
「無料版があっちゃダメだろ」
真実が怒涛の三連続ツッコミをしている間に、証拠写真が共有された。パソコンの画面の中、小窓の中で青ざめる田中に、全員の視線が突き刺さる。藍が勝利を確信し、次の手を打った。
「よし。《光る! 動機を教えてください》スタンプを送信……っと」
「スタンプで推理するな! ちゃんと話せ!」
藍がスタンプを送信すると、画面上に探偵らしき絵が表示され、さらに『動機を教えてください』の文字がうねうねと動いて光った。
「無料版だと光らないんだよね」
「わざわざ金払って文字光らせてんのか……」
「《どうしてあなたは被害者を……DMください》」
「犯行動機をDMするなよ」
やがて観念した田中が訥々と語り始めた。彼女は社長の愛人だったのだ。
《あの人が悪いのよ! あの人が……今の奥さんとは離婚するって約束しておいて、なのにいつまでも……》
「あっちょっと待ってください」
動機を語り出した犯人の田中を、藍が静止した。
「すみません、発言する際は一旦タッチパネルで、挙手してもらってよろしいですか? ウチはそう言うシステムなので」
「どんなシステムだ」
「逮捕はセルフで……セルフ逮捕でお願いします」
「まどろっこしいな。ただの自首だろそれ」
犯人の田中が待機していると、ネコ型警官ロボットがお皿に手錠を乗せて、向こうからやって来た。
『おまたせニャー』
「かわいい」
「かわいい」
あまりの可愛さに思わず自ら手錠をかけた田中が、パトカーで運ばれて行く。こうして無事事件は解決した。屋上からオフィス街を見下ろし、夕陽を背に、藍がポツリと呟いた。
「The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched — they must be felt with the heart.」
「無理してオシャレなポエムで締めなくて良いから」
「٩( 'ω' )و 」
「最後の決め台詞が顔文字」
『うふふ。なんて言ってるんですかそれ?』
「『実に大変な事件だったね。それにしても、【疾風に勁草を知る】とはいえど、昨今のIT社会で重要なエビデンスは……』」
「いや嘘つけ! そんな長々と意味あるわけねーだろ!」
やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




