Case21. 全国最強探偵トーナメント
「探偵だって優勝したいよね」
ある日のこと。真実が事務所のソファに寝っ転がって『H2』の続きを読んでいると、TVを観ていた藍がポツリとそんなことを呟いた。画面に映っていたのは、ナントカという、良く知らないスポーツ中継だった。どっかのチームが優勝を決めたのか、選手たちが歓喜の輪に包まれている。一方で、もう片方のチームはお通夜みたいに陰鬱な顔で項垂れていた。どうしたって、負けた方の気持ちを先に考えちゃうものね。
「今の時代は『全員優勝』なんだからさ。『生きてるだけでみんな優勝』なんだよ。だから、探偵が優勝したって良いはずだよ」
「探偵の優勝って何なんだよ?」
「最強の探偵を決める、『全国最強探偵トーナメント』みたいなのが開かれてさぁ」
「訳分からん。優勝してどうすんの?」
「優勝したら、歌う」
藍が笑った。
「全ての探偵は、自分の推理ショーで武道館を埋めるのが夢だからね。ワンマンツアーで全国の殺人現場を回り、アンコールで昔の名推理を弾き語りするのがお約束なんだ」
「だからそんなお約束ねぇよ。推理の弾き語りって何やねん」
「あれは数年前のォ〜、蝉時雨が降り注ぐ、熱い熱い夏のことだった……ァ wow wow!」
「昔の推理を今さらwow wow聞かされても……」
このポンコツ探偵の思考回路が、もはや一番の謎である。珍獣を眺めるような真実の眼差しにも意を介さず、藍は妄想を捗らせた。
「毎年年末には紅白推理合戦が開かれてさぁ」
「ンな年の瀬に、殺人だの死体だの、聞きたかねぇだろ誰も」
「僕だって、エントリーしたら良いとこ行けると思うんだけどね。周りの同業者からはアレだけど……こう見えて僕、AIからの評価は異常に高いからね!」
「おめでたいやっちゃなあ」
「開かれないかなぁ。探偵の全国大会」
『とても良い案ですね。だったら自分たちで開催しちゃったら良いじゃないですか♪』
すると、床から和音が生えてきて、藍たちの前でにっこりと笑った。今日はチアガールの格好をしている。
『AIを駆使して、世界中から名探偵を呼び寄せましょう。あらゆる部門で探偵たちを競い合わせ、最強の探偵を決める大会を開いたら、面白そうですよね。洞察力、分析力、思考力、行動力、説得力、経済力、魅力、余力、歌唱力、戦闘力、暴力、霊能力……』
「途中からジャンル変わってんな」
黒電話が鳴った。
「あーあ。いっつも良いところで電話が鳴るんだから……待てよ。僕にはもしかしたら、神通力があるのかもしれないな。神通力探偵」
「バカ言ってないでさっさと仕事しろ。無気力探偵」
無気力探偵が探偵コートを羽織り、トボトボと現場へと出かけて行った。真実はため息を吐いた。全くあの男、依頼の内容によってやる気がジェットコースターのように上がり下がりする。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく藍の後を追った。
◻︎
事件は都内の某コンサート会場で起きていた。真実が現場に入ると、突然爆音のギターが五月雨のように降り注いだ。
「何だ……!?」
『二階席〜っ!』
すると、割れんばかりの拍手の中、ステージから何だか聞き覚えのある声がした。真実は目を疑った。マイクを握り、ギターをぶら下げ笑顔を振り撒いているのは、他ならぬ上尾藍だった。
「何やってんだアイツ……!?」
『今日はありがとう! 犯人はこの中にいます!』
「うぉおおおおおッ!!」
数万人の大歓声が会場を揺らす。藍が満足そうにギターを掻き鳴らした。
『今日は最高の推理にしようぜ!!』
「うぉおおおおおッ!!」
『ふふ。まさかこんな日が来るなんてね』
藍がマイクを握り締め、熱心に語り始めた。
『思えば子供の頃、フラッと立ち寄った殺人現場で、そこで初めて”推理”を聴いてさ。アレは衝撃だったなぁ……』
「アホか。レコードショップ感覚でフラっと殺人現場に立ち寄るな」
『”推理”ってこんなにも自由で、カッコいいんだ。”推理”って何をやっても良いんだ、って。たとえ誰に否定されても、自分の心に響いたら、それが僕にとって最高の”推理”なんだって』
「お前は推理を大いに勘違いしている」
『人生で大切なことは全部”推理”が教えてくれた。最近良く世間の人が”あれはAIだ”、”あれはAIじゃない”なんて定義したがるけど……僕は正直どうでも良いんだ。それがAIだろうがAIじゃなかろうが、僕は僕の”推理”を掻き鳴らすだけ』
「AIをロックンロールみたいに言うなよ」
『ふふ。ごめん、前置きが長くなったね。それじゃあ、さっき出来たばかりの新推理、聴いてください……”AIのままにわがままに、やっぱり犯人はこの中にいないかもしれない”』
「どっちだよ」
ダメだ。このままでは埒が明かない。真実は和音を探した。案の定、会場のあちらこちらに投影機が仕掛けられてあった。真実が電源を引っこ抜くと、AIで創造られた幻の観客たちは、煙のように消え失せた。
「wow wow♪ ……あれ?」
「オイ」
幻のステージで気持ち良く熱唱していた藍が、真実の視線に気がついてのけ反った。
「うわっ、真実君! い、いつの間に」
「またテメーは。AIに無駄なモン作らせやがって」
「む……無駄じゃないよ。イメージすることは大事だろ? 当時の状況を再現することによって……」
「嘘つけ。完全にカラオケ大会になってたじゃねーか」
殺されたのは某音楽レーベルの社長。死因は撲殺で、死体の背中には血文字で『死んでるだけでみんな最下位』と書かれていた。
「そんな、星占いじゃないんだから……」
「お前が優勝がどうとか言い出すからだぞ」
真実がジロリと藍を睨んだ。藍は少し困った様子で、
「別に僕、そんな意味で言ったんじゃないけど……単に生きてるって良いことだなって言いたかっただけだよ。ごめん、あの世のことまで深く考えてなかったっていうか」
「……あの世なんてあるわけねーだろ」
真実がわざとらしく肩をすくめた。
「ナイナイナイ。ンな、有りもしないもんに一々気を遣う必要ねーんだよ。バカ言ってないで、現実を見ろ現実を」
「うん……どうしたの真実君? 何か慌ててない?」
「は? 何が??」
『結局”優勝”なんて言葉を使っている時点で、誰かと競い合ってるんですよね』
すると、和音が藍のスマホから顔を覗かせて、小さくため息を吐いた。
『最初から戦わなければ、優勝も最下位も無いのに。どうして人間は戦いたがるんでしょうか? 比べたがるんでしょうか? それとも、何かを持ち上げると、意図せずとも何かが下がってしまう……そんな因果から、我々は逃れられないのでしょうか?』
「何だかしんみりしちゃったね……ごめん。和音君、犯人は?」
『田中です』
「もうお前が優勝で良いよ」
問答無用で犯人は田中だった。夕陽を背に、パトカーがサイレンを鳴らして過ぎ去って行く。並んでその様子を眺めながら、真実の隣で、藍がポツリと呟いた。
「このままAIが発展したら……そのうち探偵も要らなくなっちゃうのかな?」
「……しっかりしろ。お前は何のための探偵になったんだ?」
「それはその……遊ぶ金欲しさっていうか」
「犯行動機じゃねぇかよ」
やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




