Case20. 殺人事件のオマケ
「だからさっさと出せって言ってんだよ!」
ある日のこと。真実が上尾探偵事務所を訪れると、部屋の中から何やら怒号が聞こえてきた。扉の前に立ち、真実は聞き耳を立てた。藍の声ではない……ドラマでも観ているのかと思って、彼女が扉を開けると、
「この女がどうなっても良いのかぁっ!?」
見知らぬ男が顔を真っ赤にして、ちょうど和音に銃口を突きつけているところだった。
「何だこれ……」
「やぁ真実君。おはよう」
真実は思わずぽかんと口を開けた。少し離れたところで突っ立っていた藍が振り返って真実に笑いかけた。
「間の悪い時に来ちゃったね。何だか知らないけど、この人にいきなり押しかけて来られてさ。いわゆる立てこもりってやつだね。ハッハッハ!」
「笑ってる場合なのかこれ」
『おはようございます真実さん。大丈夫ですよ。私は平気ですから♪』
和音が真実に気がつき、にこやかに手を振った。今まさに銃口を頭に押し付けられているが、全く意に介していない。それもそのはず、彼女はホログラムで出来た3Dの存在……AI少女なのである。
「お前、全部知ってんだろ!? なぁ!? なぁ!?」
「何があったか知らないけど、これ以上罪を重ねるのはやめるんだ」
藍が男を説得にかかった。頬のこけた、無精髭の男だった。銃を持つ手は小刻みに震え、目が血走っている。男に向かって、藍が慎重に声をかけた。
「お願いだからこれ以上僕の仕事を増やさないで。僕はもう働きたくないんだ。犯罪が減れば、探偵の仕事も減るんだから」
「こんな動機が不純な説得初めて聞いたわ」
「貴方に何があったのかは知らない。だけど僕だって……そりゃ僕だって、働きたくないけど、でもお金は欲しいから……僕が知りたいよ。僕は一体どうしたら良いんだ!?」
「死ね」
「真実君! 今シリアスな場面なんだから、ネタっぽくしないで!」
「お前じゃ!」
「ゴチャゴチャうるせぇぞ!」
残念ながら銃を持った男にネタは通じなかった。
「良いから出せよ、お前が持ってんだろ!? なぁ!?」
「何の話??」
藍は首をかしげた。
『さっきからさっぱり話が噛み合いませんね。もっとも、逆上してる人に論理的に話せと言うのも、無理な話でしょうが』
「……テメぇ〜ッ!」
和音の様子が気に食わなかったのか、男が歯を剥き出しにして彼女を羽交締めにしようとした。真実はあっと声を上げるところだった。いつぞやの自分と同じ間違いを犯している。案の定、男の手は和音の体をすり抜け、すっ転んで壁に激突した。
「何だ……!?」
『大丈夫ですか?』
ホログラム少女が心配そうに男の顔を覗き込み、
『今、楽にしてあげますからね♪』
目を細め、パチンと指を鳴らした。
するとどうだろう。
事務所の机がガタガタと揺れ始めたかと思うと、ひとりでに動き出し、引き出しから縄が飛び出してきた。真実は唖然とした。縄は、まるで糸で操られているかのように、空中でうねうねと動き、男の体を縛り始めた。モノが勝手に動いている。男が驚いて悲鳴を上げた。
「な……何だぁ〜っ!?」
『フィジカルAIです♪』和音がにこやかに答えた。
『この事務所の備品に、全てAIチップを埋め込みました。椅子も、テーブルも、カーテンも、これからはAIに命令するだけで、指ひとつ触れずに動かせるようになったんです♪』
「すごいや、魔法みたいだ。さすが和音君!」
「ここまで来ると、もはやホラーだろ……」
AI縄で縛られた男は、AI机に磔にされ、全自動で警察署まで運ばれて行った。科学の力でポルターガイスト現象を再現され、さすがの真実も引いた。
「私のソファには、チップ埋め込むなよ」
「真実君のソファじゃないけど」
「一体何があったんだよ。アイツ誰だ?」
真実がカバンを投げ出し、ソファに寝っ転がりながら尋ねた。
「何か恨まれるようなことしたんか?」
「知らないよ。全然知らない人。世界史の年表がどうのこうの言ってたけど……」
その瞬間、真実の瞳孔が開いたのを、藍は運悪く……あるいは運良く……見逃した。
「……でも、誰も怪我が無くて良かったよ。和音君のおかげだね」
『探偵業は危ないですからね。どこで誰に恨まれているか分かりませんよ。でも安心してください、私が先生をお守りします。AIの力で♪』
「AIの力で……アハハ……」
『ウフフ……♪』
「アハハ……」
『ウフフ……♪』
「……まぁ良いわ。漫画の続きでも読むか」
「真実君が一番怖い」
さっさと切り替えて、本棚から『SPY×FAMILY』の続きを手に取った真実を見て、藍が呆れた。
「良くこの状況で漫画読めるよね。ついさっきまでここで、男が銃持って暴れてたんだよ?」
「じゃあいつ漫画読めば良いんだよ?」
真実は漫画本に顔を埋めながら生返事した。戦争はもううんざりだ。
「この世から全ての殺人事件が解決して、世界が平和になった後か? ハッ。そりゃ随分遠い未来の話だろうな」
「今日はいつにも増して皮肉屋だなぁ」
藍がAI椅子に腰掛けて言った。正確には、彼が腰掛けようとした何もない空間に、AI椅子が自動的に転がってきた。もはや椅子のある場所に歩くのさえ億劫だと、怠惰此処に極まれりである。
「前からちょっと疑問だったんだけど……」
藍が首をかしげた。
「どうして真実君は殺人事件とか死体とか、平気なの?」
「は?」
「だって、普通怖いよね? 悲鳴上げたりするよね?」
「……にしてもこんな貧乏事務所に強盗たぁ、妙な奴もいるもんだな」
「流した」
藍が本の上から真実の顔を覗き込んだ。
「そもそも真実君って普段何処に住んでるの?」
「あ?」
「毎日ご飯とかどうしてるの? バイト代も銀行振込じゃなくて手渡しだし……良く考えたら知らないことだらけだなって」
「うるせぇな。あんまりしつこいと、新しいハラスメント捏造って世間に晒すぞ」
「今風の脅し方」
黒電話が鳴った。
「やれやれ。今回は予定外のことがあって、いまいちボケの手数が少なかったね」
「お前こそ襲撃されといて、ボケの手数を気にすんなよ。倫理観どうなっとんねん」
「大丈夫だよ。僕にはAIがあるからね。いざとなったら、フィジカルでね」
「フィジカルでミステリ解決しようとすんなよ」
藍が事件現場へと向かって行った。漫画本の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく後を追った。
◻︎
事件は都内の某クレープ屋で起きていた。殺されたのは店の主人。死因は毒殺。被害者の背中には、血文字で『巻きで!』と書かれていた。
「巻きで……?」
「一体どう言う意味なんでしょう?」
死体に書かれた謎のメッセージを覗き込み、藍や警察官たちが首を捻った。
「うーむ、分からん」
「まさか、ツカミの『事務所パート』で思いの外文字数を使い過ぎたから、『事件パート』は短く締めろと言う意味でしょうか?」
「そんな……まさか」
「事件パートが巻きで進むミステリって何なんだよ」
真実が呆れていると、藍が顔を上げ、キラキラとした目で皆を振り返った。
「ふふふ。警部さん。今すぐここに関係者を集めてください」
「何?」
「まさか、もう分かったのか? 犯人が?」
ざわつく警部たちを前に、藍が得意げに鼻の下を擦った。
「分かっているのは、今回『事件パート』はオマケということです。さぁ、急ぎましょう。時間がない。これ以上は、労基法違反になってしまう」
『巻き』の指示が入った藍は、これ幸いとばかりに皆を急かした。警察官たちが驚いた。
「そ、そうか……事件の方がオマケだったんだ!」
「どんな事件やねん」
「すごい! 働きたくないが故に、さっさと事件を終わらせるという……ある意味究極の名探偵……!」
「どんな探偵やねん」
かくして集められた関係者たちの前で。
「犯人は田中さん、あなたです」
「ええっ!?」
「そうなの!?」
店員の1人、被害者の妻である田中が名指しされた。周りがざわつく中、AIが要約してくれた推理を藍が音読し始めた。
「田中さん……動機を教えてください。貴方はどうして数年前から度々浮気を繰り返し、出張と偽って若い女と密会旅行に行ったり、育児を放り出して家にも寄り付かなくなった愛する夫を殺したんですか?」
「お前が全部言ってんじゃねえか」
「初めは衝動的に包丁で刺そうと思ったけど、指紋を気にして思い直し、日に日に料理にこっそり毒を盛ったり、愛しているならせめて死んでと、時間をかけて病気に見せかけて殺そうと思ったんですか?」
「セリフを奪うな! そこ犯人の見せ場なんだから!」
「だけど殺しちゃダメですよ……殺しちゃ……いやぁ〜それにしても難事件だったね。結局美味しいクレープは食べれず終いだったけど。僕もさすがに、毒入りクレープは食べられないよ……トホホ!」
「早い早い早い! まだ場面転換してないのに締めのセリフを先に言うな! トホホて」
「大体こんな感じじゃない?」
「ドラマの見過ぎだってェ」
結局田中は一言もセリフを与えられず、逮捕された。場面が転換する。夕陽を背に、パトカーが犯人を連れて走り出した。いつものように、藍と真実が並んでそれを見送った。
「ふぅ……何とか良い感じの文字数に収まったね」
「巻き過ぎだろ。肝心の推理があっという間じゃねーか」
「しかしこうなって来ると……最終回はどうなっちゃうんだろう?」
「もうやっただろ最終回は。とっくの昔に」
「まぁでも、あんまり先のことを悩み過ぎても仕方ない。未来のことは、未来の自分に任せよう」
「ぶん投げやがったなコイツ……」
「トホホ!」
「トホホて」
やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




