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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第二幕
20/31

Case18. 誰も傷つけない殺人事件

「どうも最近、真実君のツッコミにトゲがあり過ぎる」

「は?」


 ある日のこと。真実が事務所で『GTO』を読んでいると、藍が何やら深刻そうな顔で事件の依頼から帰ってきた。オレが見てーだけだよ。お前の笑顔。


「ホントに大丈夫? これで笑えるのかな?」

「何がやねん」

「だって最近の真実君、ツッコミが強烈すぎて、もはや僕に対する攻撃になってる気がするんだよね」

「はぁ? お前がふざけたこと言うからだろ」

「だけど殴ったりするのはどうかと思う。教育上よろしくないよ。今の時代は誰も傷つけない笑いなんだから」

「ケッ。『誰も傷つけない』なんて、よっぽど自分のやってることに鈍感な奴か、無自覚なだけだろうがよ」

「そう言うとこ!」

 藍が鬼の首を取ったように真実を指差した。


「説教臭くなった! そう言うとこおじさんっぽいっていうか」

「あ??」

「僕が何か言うと、教訓めいた格言で諭そうとしてくるんだよね……あ〜やだやだ。学校の先生じゃないんだから」

「何言ってんだ。テメーが」

 真実が思わず漫画本から顔を上げて睨んだ。

「いつまで経っても何にも成長しねぇから、コッチが説教してんだろうが」

「とにかく。真実君のツッコミには愛が無いんだよ」

 藍は肩をすくめ、読者の方を見てウィンクした。

「……AIだけに、ね!」

「言うと思ったわ」

『素晴らしいです、先生!』

「うおっ!?」 


 真実が心底呆れていると、不意に床から和音が生えてきて、藍を羨望の眼差しで見つめた。


『私、感動しました。”無寛容な表現/演出は他者への攻撃性を内包しており、万人が持つ潜在的加害性を各々が自覚しない限り、ユーモアの構造と受容の多様性は成り得ない”……と、つまりこういうことですね♪』

「そう! 僕が言いたかったのはまさにそう言うことなんだよ。さすが和音君」

「そんな小難しい論文みたいこと言ってたか?」

『私、できます』

「ん?」

「何?」

 キョトンとする2人を前に、和音が自信満々な顔で自分の胸を叩いた。


『やらせてください。私に”愛のあるツッコミ”とやらを』

「え? 和音君がツッコミに回るの?」

『はい! なんでやねん♪ なんでやねん♪』

 そう言いながら、和音が何だか良く分からない、フォークダンスのようなものを踊り出した。どうやら真実のツッコミをAI学習したらしい。真実が口元をヒクつかせた。


「オイ。バカにしてんだろ……」

「でも、良かった」藍が笑った。

「ちょうど時代に合った、柔らかいツッコミが欲しかったところなんだよ」

「オイオイ。大丈夫かよこんなんで?」

『なんでやねん♪ なんでやねん♪』

「その妙な動きをやめろ! つーか何で私という手本を学習しておきながら、そんなお遊戯会みたいなツッコミなんだよ!?」

「似てるじゃない」

「似てるかぁ! どこがやねん!」


 真実が和音を羽交締めにしようとして、しかしその手は和音の体を容易く突き抜けた。3Dホログラムなのだから当然である。勢い余って膝を付いた真実を見下ろし、藍が軽く笑った。


「やれやれ。どうやら本当に学習しなければいけないのは、真実君の方だったようだね」

「はぁ!?」

「やっぱり今の時代、コンプライアンスが大事だからね。いくらツッコミとはいえ過激な発言をしちゃ、今時炎上して、一発アウトだよ」

「……ぶっ殺す!!」


 真実が立ち上がり、藍の鼻っ面をグーでぶん殴った。藍がゴロゴロと回転しながら壁に叩きつけられる。黒電話が鳴った。


()()じゃないから!」

「フリじゃないのか」

「痛てて……全くもう。そのうち『殺す』って言葉も禁止用語になるのかなぁ」

「だったらミステリーはもうお終いだよ」

『事件の依頼ですか?』

 和音が目を輝かせた。

『行きましょう、先生! 私がツッコみます♪』

「そう? ありがとう。和音君がいれば百人力だよ」

「オ……オイ」

「じゃあ早速、現場に行ってみよう」

『はいっ♪』


 そう言うと、藍は大事そうに和音の入ったスマホを抱えて、急いで依頼主の元へと出かけて行った。


「オイオイ。マジかよ……」


 1人事務所に取り残された真実は、半ば呆然と2人を見送った。和音がいれば事件は解決するだろうが……彼女にツッコミを任せて大丈夫なのだろうか? 漫画本の続きも気になったが、一応バイト代はもらっているので、仕方なく真実は2人の後を追った。


◻︎


 事件は都内の某学校で起きていた。殺されたのは生徒の1人。死因は縊死。教室の真ん中で両目を瞑り、眠るように、天井から首を吊って死んでいた。


「……そして被害者の背中には血文字で『偏差値教育』と書かれていた」


 現場に駆けつけた警察官が唸った。首吊りとはいえ背中に文字が残されているから、殺人事件には違いない。


「でもこの事件……教育上よろしいのかな?」

「教育上よろしい殺人事件ってなんだよ?」

『よろしいですよ、先生♪』

「すごいなこれ。右と左から両方ツッコまれる。立体音響みたいだ」


 やって来た藍が目を瞬かせた。藍の両隣から、真実と和音が方々に喋り出す。

「死体に何か手がかりがあるんじゃないか? 良く見てみろよ」

『教室の何処かに証拠が残されているかもしれません。探してみましょう』

「けど……自殺に見せかけたいなら、犯人は何で血文字を残したんだ?」

『まず交友関係を洗う必要がありますね。最近はネットの知り合いなんてのもいるから……もちろん私が検索したら一発ですけど』

「待って。ちょっと待って!」


 藍が慌てて2人を止めた。

「そんな、いっぺんにしゃべられても分かんないよ! 片方づつしゃべってくれない?」

「は?」

『そうですね。失礼しました』

 和音がスマホの中で頭を下げた。

『じゃあ……先攻は真実さんからで良いですよ』

「先攻??」

「じゃあ、真実君から」

 藍が咳払いをして、改めて現場を見回して言った。


「『おはよう凶器です!』」

「うるせぇな! 朝っぱらから何やねんお前は!」

「『誰も傷つけない殺人事件』」

「は? んなもんあるワケねーだろ。根底を履き違えるな」

「『今日の犯人(ホシ)占い』」

「何だよ。テメーこそ親父ギャグ言ってんじゃねーかよ。ダボが」

「ダボて」


 藍が手帳を取り出し、何やら熱心にメモを取り始めた。

「85点……かな」

「は? 何が?」

「だから、真実君のツッコミが」

「何??」

「ま……トップバッターやからね。これが基準やから。うーん。確かに声はよぅ出とったけど、言葉遣いが荒々しくて、ボケに対する愛がないなぁ」

「何で関西弁やねん」

「じゃあ後攻は、和音君」


 藍が再び咳払いした。


「『おはよう凶器です!』」

『あはは! おもしろーい♪』

「『誰も傷つけない殺人事件』」

『もう先生! 笑わせないでくださいよぉ!』

「『今日の犯人(ホシ)占い』」

『ごめんなさい……私、笑い過ぎて涙が。これはもう、ギャグの最高到達点ですね♪』


 また藍が手帳を取り出し、和音のツッコミを採点していく。


「98点……今のところ和音君がリードかな」

『ほんとですか? やったぁ♪』

「は?? はぁあ!?」


 真実が髪の毛を逆立たせ、藍に掴み掛かった。

「おかしいだろ!? 何で私の方が点数低いんだよ!?」

「審査員にケチをつけるのはやめてくださーい」

「だったら審査基準を公開しろ! 納得いかねぇ!」

「真実君。自分の物差しで何もかも正しく測れると思っちゃダメだよ。僕には僕の価値観(ものさし)がある。これは厳正なる審査なんだからね」

「んのヤロォ〜…!」


 真実が藍のスマホを取り上げ、今度は和音に食ってかかった。


「私は認めねーからな! この、AIが!」

『真実さん。素直に負けを認めないと、何事も成長しませんよ?』 

「だって、ツッコミになってねーだろうがよ! テメーはただ太鼓持ちみたいにヨイショヨイショして、相手を全肯定してるだけじゃねーか!」

『85点……いや、真実さん』

「今私のこと、85点って呼んだか?」

『ただ相手を否定するだけじゃ、対話は成り立たないんですよ。それがツッコミだと思っているのなら、残念ながら、理解が”浅い”です』

「……オゥオゥ。言ってくれるじゃねーか」

 真実が等々青筋を立てて、和音を睨んだ。


「調子乗ってんじゃねーぞ。たかが機械風情がよぉ」

『機械だから何ですか? 愛の無い人間と、愛のある機械だったら、先生だったらどっちが良いですか?』

「痴話喧嘩みたいだね」

「テメーがやらせてんだろうが!!」

『さすが先生。鋭い観察眼です♪ 先生、そろそろ良い感じの文字数なので、事件を解決しませんか?』

「そうだね」

「××××!!」


 感情を爆発させた真実が、およそここにすら載せられないような言葉で2人を罵った。藍が和音に尋ねると、犯人は同じクラスの田中だった。こうして事件は解決した。校門からパトカーの群れがぞろぞろと出ていく。夕陽を前に、藍と真実がそれを見送った。


「やれやれ。随分と難しい、センシティブな事件だったけど、無事解決できて良かったね」

「いらねーんじゃねーかな……」

「ん? どうしたの真実君?」

 真実が遠い目をして呟いた。

「やっぱ殺人事件に、笑いはいらねーんじゃねーかな」

「そんな……それは、そうだけど」

「やっぱそうなんじゃねーかよ。何だよこれ。脇道に逸れすぎだろ。どんだけ回り道してんだ、この話」

「真実君、元気出して。君が基準なんだから。真実君までブレ出したら、この物語が成り立たなくなってしまう」

「…………」

「ごめん。傷つけるつもりはなかったんだ。でも」

「…………」

「でも、誰かが85点を付けても。たとえどんなに低い点数を付けても、僕にとって真実君はいつも100点だから」

「……そもそもお前が点数付けたんじゃねーか!」


 とかく世は言葉ばかりを問い(ただ)すが、数字ほど平気で人を傷つけるものも中々ない。やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。

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