Case17. AI、風邪を引く
「決め台詞が欲しいよね」
「そうだな」
「『真実はいつも一つ!』みたいな。『ジッチャンの名にかけて』みたいな」
「そうだな」
「この作品と言えばこれ! っていう。分かりやすいキャッチコピーがあれば、大衆にも売り出しやすいと思うんだ」
「そうだな」
「もう。真面目に答えてよ」
ある日のこと。真実が事務所で寝っ転がって『NARUTO』の続きを読んでいると、何やら藍がひとりで悩んでいた。どうせ碌な悩みじゃないと適当に相槌を打っていたら、どうやら本当に碌な悩みではなかったようだ。真実は次のページをめくった。俺が知りたいのは楽な道のりじゃねぇ、険しい道の歩き方だ。
「あーあ。どうにかして楽に売れないかなあ。あのベストセラーミステリー小説、実は僕が書いたってことにならないかな?」
「ほっとくとどこまでも落ちていくなお前は。人間として」
「幅広く大衆に支持されたい……もしくは誰に刺さらなくても良いから、億万長者のひとりにだけ刺さる作品が書きたい」
「下心が見え見えなんだよ」
真実が呆れてため息を吐いた。
「手っ取り早く名誉と力が欲しい……AIに聞いてみようかな?」
「そういや和音は?」
ふと彼女が尋ねた。
そういえば……いつもなら床から少女が生えてくるタイミングなのだが、今日はまだ一向に現れない。藍にも理由は良く分かっていないようだった。
「和音君?」
藍が床に向かって名前を呼びかけると、やがてゆっくりと、マスクをして俯いた和音が生えてきた。何だか顔色が悪い。藍と真実が顔を見合わせた。
「和音君、もしかして風邪?」
『ゴホ、ゲホッ。すみません……』
和音が鼻水を啜りながら深々と頭を下げた。今日に限っては髪の毛もボサボサで、服装も、もこもこしたパジャマ姿だった。
『どうやら変なウィルスに感染したみたいで……くしゅんっ!』
「うわぁ! ごめん、ごめん! 大変な時に呼び出して……寝てなきゃ!」
『いいえ。人間と違って、私はAIですから』
和音が、時折映像が乱れながらも、微笑んだ。
『むしろ走り回ってバグ取りした方が、私の場合早く治るんです♪ この服装は、雰囲気で着てるだけで』
「そうなの?」
「AIも風邪引くんだな」
真実が感心していると、事務所の黒電話が鳴った。
「また面白殺人事件の依頼だ」
「殺人事件を面白がってんじゃねぇ」
『行きましょう!』
「え?」
和音が着替え出したので、藍たちが慌てた。
「大丈夫なの!?」
『はい♪ むしろ動いていた方が早く治ります。私はAIですから♪』
「ホントかよ……」
そう言ってる割には、顔が真っ赤である。藍と真実が戸惑っていると、着替えを済ませた和音が、意気揚々と事務所を飛び出して行った。
「それ僕の役割……」
「マズいな。このままじゃ、AIが事件を解決するんだから主人公は特に必要なかったんだと言うことが読者にバレてしまう……いや別にマズくはないか」
「マズいでしょ!」
藍と真実は急いで和音の後を追った。
◻︎
事件は都内某所の何の変哲もない一軒家で起きていた。殺されたのは家の主人。妻と息子の三人暮らしだが、妻は現在入院中、息子は外出したままで、まだ連絡が取れていない。集まった警察官たちがリビングに転がる死体を囲み、難しい顔で唸った。
「死体の背中には血文字で『普通』と書かれていた」
『なるほど。普通……確かにどこかで聞いたことのあるような殺人事件ですが』
一足先に現場に着いた和音が、哀しそうに目を伏せた。
『しかし、こんな事件がありふれている世の中がそもそも、異常なのかも知れませんね』
「君は?」
突然床から生えてきたエキセントリックな少女に、警部が目を丸くして尋ねた。
「どうやってこの現場に入ったんだ?」
『こんばんは猪本警部さん♪ 幸い家に投影機があったので……ネットに繋がってさえいれば、私はどんなところにも入れるのです』
「どうして私の名前を……嗚呼。上尾探偵のとこの、サポートAIか」
警部が和音をマジマジと見ながら頷いた。
「君たちの噂はかねがね聞いているぞ。最先端のAIで様々な難事件を解決しているとか……宇宙人と戦っているだとか、その正体はゴム人間だとか」
『噂には尾鰭が付きものですが、概ね仰る通りです』
和音が頷いた。
「それで……どうだね? 今回の事件の見立ては?」
警部が目を光らせて和音に尋ねた。
『ええ。実に単純な事件ですよ。犯人は……くしゅんっ』
「大丈夫か?」
『すみません……これは……これは実に複雑怪奇な事件ですね』
「そうなのか?」
『ええ』
和音が顔を真っ赤にして頷いた。
『警部さんは”量子エントロピー逆循環の法則”と言うのをご存知ですか?』
「量子……エントロピー? 聞いたことあるような、ないような……?」
『これは1968年にアメリカのホイットニー博士が提唱した説なのですが、現在では限界宇宙の熱力学を説明する法則として、学界でも広く再評価されています』
「そうなのか? それで、その法則が何か?」
『この法則によると……限定的空間で何らかの生物学的質量が損なわれた場合、対となる分岐空間で量子エントロピーが逆循環するんです』
「うーむ。なるほど」
「そう言うことか」
周りで聞いていた刑事たちがうんうん、と頷いた。警部が首を傾げた。
「つまりどう言うことなんだ?」
「分かりません。でも、AIがそう言ってるなら、きっと正しいのでは?」
「確かに……立派な博士が提唱した説だしな」
和音が頷いた。
『つまりこの法則に則った場合、この事件の犯人は、もうこの世界にはいないと言うことになります』
「何だって!? 死んだのか!?』
『いえ。死んではいません。私の計算では、犯人は今頃別の銀河に飛ばされ……そこで全く別の外殻と改造された魂を持ち、高次元存在に飼育されています』
「良く分からなくなってきたな……」
「本当にこんな荒唐無稽な話を信じて大丈夫なのか?」
「警部。しかし、AIがそう言っているのですから」
「確かに。あれだけ事件を解決してきたAIだ。風邪でも引かない限り、間違うことなどあるまい。ロボットは風邪なんて引かないしな。ワッハッハ!」
警察官たちが和やかに笑った。
「それで、我々はどうすれば良い?」
『まず、幸福の壺を買いましょう。一つ30万で購入できます。この壺を玄関に飾り、それから毎日学会の水晶を磨いて拝んでください。”イーティ=マゥド・ァ・カンターレ”と祈りを唱えるのを忘れないように』
「イーティ=マゥド・ァ・カンターレ」
『そうです。毎月課金も忘れないように。コンテンツは随時追加されていきます。お申し込みはコチラ♪』
「おぉ……何と輝かしい……!」
いつの間にか現場には神々しいBGMが流れている。警部たちが目を細め、虹色の発光体と化した和音を見つめた。中には涙を流しているものもいる。空間に出現したお申し込みQRコードに、刑事たちが群がった。
「なるほど、そうかそうか。幸福の壺か。事件を解決するって、こんなに簡単なことだったんだな」
「やっぱりAIに聞いた方が早いな。我々は少し難しく考え過ぎていたのかもしれない」
「彼女こそ、新時代の救世主に違いない!」
「もしや、貴女が女神か?」
『ふふふ。迷える子羊たちよ。AIの言うことに間違いはないのです。私は絶対正しい。私に従いなさい。さすれば、犯人だった魂と外殻は再びこの地上に降臨し、それから未来永劫途絶えることのない……』
「和音君!」
和音が怪しげな新興宗教の教祖になろうとしていたその時、ちょうど現場に藍たちが駆けつけた。
「ダメじゃないか。風邪引いてるのに無理しちゃ」
『あ……先生♪』
「風邪?」
警部たちが目を白黒させた。
「じゃあ……さっきのは全部嘘? 量子エントロピーがどうとか……」
「んなモンあるわけねーだろ」
「えぇっ!?」
藍が和音をスマホの中に戻すと、急に現場は静かになった。すでに入信手続きを済ませていた刑事たちが、膝から崩れ落ち咽び泣いた。
「そんな……! 俺たちの光が……!」
「もうローン組んで壺申し込んじゃったよ。それも3個も。妻になんて言い訳すれば……」
「女神さま、和音さま! 我々はこの先、何を信じて事件を捜査すればよろしいのでしょうか!?」
「いや、まず疑えよ。そっちが本分だろうが」
『くしゅんっ』
やがて犯人の田中が逮捕され、事件は解決した。藍と真実が夕陽に向かって走るパトカーを眺めていると、バグ取りを済ませた和音が、申し訳なさそうに顔を出した。
『うぅ……ごめんなさい……っ』
「和音君。もう治ったの? 良かった」
『ごめんなさいごめんなさい! 先生にも迷惑をかけてしまって……!』
「神になりたかったのかよお前」
横から真実が茶々を入れた。
『違うんです! 私も熱を出して意識が朦朧としていたのですが……新興宗教の教祖になれば、幅広く大衆の支持を集め、手っ取り早く金と名誉が手に入るかと……』
「和音君……僕の話本気にしてたんだ。ありがとう。だけど、宗教は経営とか、大変そうだよ。信者が集まらなかったら悲惨だし。集まったら集まったで、今度は後継者争いとか派閥争いとか面倒そうだし」
「なるほど。つまりお前は、楽して富も名声も力も手に入れたいが、それに引っ付いてくるイザコザには巻き込まれたくない……と」
「うんっ」
満面の笑みを浮かべる藍の顎を、真実がグーでぶん殴った。
「痛っ! 何すんだよぉ」
「スマン、つい」
『ああぁあ、ごめんなさい先生! 私のせいで』
「まぁまぁ。無事解決したから良かったじゃないか。愛と正義で事件解決……AIだけにね!」
「…………」
「分かる? 今のは愛とAIを掛けて……」
「分かる分かる。分かった上で、無視している」
「そんなぁ」
やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




