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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第二幕
15/17

Case13. 新年早々殺人事件

「明けましておめでとうございます」


 ある日のこと。真実が事務所で『DEATH NOTE』を読んでいると、上尾藍がご大層に袴を着て現れた。にこにこと、右手に羽子板、左手にかるたを持って構えている。窓の外を見ると、ポツポツと雪が降っていた。思い出した、そういえば今日は正月だった。真実はソファに寝っ転がったまま、生返事で次のページをめくった。焦らずすばやく一文字ずつ書き込みポテチを取り食べる。


「今年もよろしくお願いします」

「……あざざぁーっす」

「ふふ。お正月からお漫画におポテチかい? もっとお正月らしいものあるだろう? お餅とか、おせちとか」

「知らんがな。お個人のお自由やろ」

 真実が大きなお口を開けてお欠伸した。

「そういうお前こそ、正月から事務所開けてんのかよ。正月くらい休めよ。ブラック企業か」

「そういうわけにはいかないよ……この稼業、いつ事件が起きるか分からないからね」

『明けましておめでとうございます、先生!』


 すると突然、床からホログラムの少女が生えてきて、2人の前で深々とお辞儀した。AI少女・和音である。今日はいつものエキセントリックな衣装ではなく、艶やかな振袖姿だった。髪型も何だかソフトクリームみたいになっていて、これがまた似合っている。


「やぁ和音君。おめでとう!」

『うふふ。今年もよろしくお願いします♪ 今年も人間とAI、力を合わせて、いっぱい事件を解決しましょうね♪』

「そうだね。おかげさまで去年はいっぱい事件を解決したよね。今年は誰が殺されるんだろう?」

「不謹慎過ぎるわ! 言い方考えろよ」

 真実もさすがにページから目を離した。


「そもそも誰が新年早々殺人事件を見たがるねん」

「でもそんなこと言い出したら、一年中、わざわざ殺人事件を見たがる人なんていないと思う。危ないからミステリーの読者は全員逮捕したほうがいいんじゃないかな」

「お前だけだ。現実とフィクションの区別がついていないのは」

「ところがそうとも言えないんだよね。これが一番怖い話で、長年小説を書いてるとたまに……」

「やめろやめろ。せっかくの正月なのに。もっと明るい話にしようぜ」


 事務所の黒電話が鳴った。


「もしもし。明けまして……え? 殺人事件ですか? はぁ、はい……あ、おめでとうございます」

「最悪だよ。おめでとうのタイミングが最悪過ぎる」

「……やれやれ。やっぱり事件が起きてしまったようだね」


 通話が終わると、藍はため息を吐いて受話器を置いた。


「何でこんなおめでたい日に……せめて明るい殺人事件だったら良いなぁ」

「バカ言ってないで、行くぞ!」


 外は暗かった。雪が街を白く染め行く中、炬燵に潜り込もうとする藍を引っ張って、真実は現場へと向かった。


◻︎


 事件は都内の某神社で起きていた。初詣に来た参拝客の1人が、社務所の裏で殺されていた。現場には鏡餅が用意されており、


「餅の上に、みかんの代わりに斬られた首が」

「……なんか正月なのに物騒なネタ多くない?」

「物騒じゃない殺人事件って何?」

「そして切断された被害者の背中には『謹賀新年』と書かれていた」

「うるせェよ」


 寒空の下、警察関係者が黄色いテープで野次馬たちを遠ざけた。藍が死体に近づき、傷口を覗き込む。隅に転がっていた胴体の方には、左胸に凶器と思われるナイフが残されていた。


「うーむ、なるほど。このナイフが心臓を抉り……」

「あっあっ。君、おめでたい日になんてことを言うんだ」

「えっ?」

「探偵さん、今日は正月なんですから」


 藍がぽかんと口を開けていると、社務所から神主と思われる人物が慌てて現場に駆け寄ってきた。袴姿の白髪のお爺さんが、困ったような顔をして言った。


「ナイフで心臓を抉り、なんて滅相もない。せっかくのハレの日に、もっと言葉遣いに気をつけてくれないと」

「でも……じゃあこの死体をなんて言えば良いんですか?」

「死体なんて言葉使っちゃいかん!」


 お爺……ジジイが血相を変えて唾を飛ばした。


「なんと穢らわしい。罰当たりな! せめて御遺体……いや”天に召されし魂の依代”と言いなさい」

「はぁ?」

『”魂の依代”……なんて素敵な言い回しでしょう♪』

 藍のスマホから和音が現れて、目をキラキラと輝かせた。


『言い方を変えれば中身まで変わる。素晴らしい言霊信仰、人間の知恵ですね♪ もっともっと私に人間の言葉遣いを教えて下さい。侵略のことを解放と呼んだり。犯罪のことをいじめと呼んだり』

「……誰だよコイツに余計な言葉を教えたのは」

「僕じゃないよ! いやホントに、僕じゃないって。多分勝手に学習して来たんだよ」

『それとも”日本だといじめは大人になったら犯罪になるから、子供のうちに、たくさん人を殴ったり物を盗んだりしておけ”という、そういう修辞法(レトリック)でしょうか?』

「話がややこしくなるから! お前はちょっと黙ってろ!」


 AIの思わぬ暴走で藍たちが慌てているうちに、神主や巫女たちが死体を前に何やら会議を始めた。


「どうしましょう……まさかウチの神社で殺人事件が起きるなんて……」

「これがニュースになったら最悪ですよ。今年は大勢の参拝客見込んでたのに」

「大丈夫じゃ。まだ挽回できる」

「でも……どうやって?」

「そうじゃな……」

 白髪のジジイが口元に手をやった。


「とにかく殺伐としたイメージを払拭するために、言葉遣いをポジティブなものに変えなくては。犯人や加害者と言う言葉は……何だか物騒じゃな」

「そうですね。"これから悔い改める余地がある人"……"可能性の塊"というのはどうでしょう?」

「おぉ! それは良い!」

 ジジイが手を叩いて喜んだ。

「もっと殺人事件の印象を薄くしていこう。逮捕と言う文字も見るからに威圧的じゃ。もっとPOPに、若者ウケする感じが良いな。”特殊短期留学”とか」

「”衝動的ホームステイ"なんてどうですか?」

「それじゃ!」

「容疑者を"メンバー"とか?」

「何言ってんだコイツら……!」


 真実がようやくツッコんだ頃には、既にジジイたちは横断幕を用意して、マスコミ向けに記者会見を行っていた。

 

「”新世紀を代表する可能性の塊による、天に召されし魂の依代。聴け、命の慟哭を! 衝動的ホームステイ、Now on SALE!”」

「何のこっちゃ意味分かんねーよ!」


 真実が藍から羽子板を奪い取り、それで会見中のジジイをブン殴った。


「まどろっこしい言い方すんじゃねぇ! 殺しは殺しだろうが!」

「痛ぇ! 暴力は……いや、”エネルギッシュ=パッション”はやめろ。今時エネパ系ヒロインは流行らんぞ」

「何じゃその、怪しげなビジネス用語みたいなヒロイン!」


 ジジイが羽子板でしばかれているうちに会見は終わり、その間に藍は和音にAI検索してもらい、田中が逮捕された。

 

 無事可能性の塊が衝動的ホームステイされ、ボコボコにされた神主のジジイが唸った。


「うーむ……まさかあの男が犯人だったとは……」

「お前が犯人言うとるやないか」

「だけど……」巫女の1人が悲しそうに顔を伏せた。

「この神社で殺人事件が起きたという事実はもう覆せそうにありません……ここまでネガティブなイメージが着いてしまって、来年から、参拝客が来るかどうか……」

「困ったのう。探偵さん。せっかくの正月なんじゃから、この殺人事件、なんとか美談にならんじゃろうか?」

「なるかバカ!」

「"心機一転! 新年は嫌いな人を殺しましょう!"、"元旦にナイフが刺さっていたら吉兆"……みたいな」

「存在しないマナーを捏造(つく)るな!」


 やがて沈んで行く太陽を眺めながら、藍がガックリと肩を落とした。


「あーあ。せっかくの正月なのに、今年も正月らしいこと一つも出来なかったな……」

「……別に今からやれば良いだろ。餅だって食えるし。初夢だって見れるし」

「こんな日くらい、せめて明るい話で終わりたいよねぇ」

『「辛い」という文字に一つ棒を加えて、「幸い」にしてみたり?』

「結局言い換えてるだけじゃねーかよ」

「でも……やっぱりそれも大事なんだよ。心持ち次第で……ずっと名探偵って言い聞かせてたら、いつか本当に名探偵になれる、みたいな」

「ケッ。おめでたいやっちゃなァ」


 やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。

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