表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第二幕
14/14

Case12. 最終回殺人事件

「ふふ。これだけあれば、しばらくは安泰だろうね」


 ある日のこと。真実が事務所のソファに寝っ転がって『鋼の錬金術師』を読んでいると、藍が机に座って、ひとり嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「何が?」


 話が進まないので、真実は仕方なく尋ねてあげた。尋ねておいて、頭は漫画の方に集中している。返事は碌に聞いてない。『ありえない』なんて事はありえない。


「だからこれだけストックがあれば、しばらく遊んで暮らせるって話だよ。ノーベル文学賞もまず間違いないだろうし……」

「ありえねーだろ。現実を見ろ」

「でもでも、ここまでネタを絞り出すのは結構大変だったんだから……この苦労をみんなに知って欲しい。密着カメラで、僕らの過酷な創作現場に迫ろうよ」

「ポケモンやってるだけじゃねーかよ」

「ポケモン以外もやってるよ。モンハンとか」

「余計ダメじゃねーか」


 真実が冷たくあしらっていると、黒電話が鳴った。

「来た来た!」

 藍が嬉しそうに受話器に飛び付いた。藍の……というより和音の評判を聞きつけてか、このところ心なしか依頼が増えて来ている。真実にとっては由々しき事態だった。忙しいのは結構だが、あんまり忙し過ぎると、いつまで経っても漫画を最後まで読み終われない。


「はい、はい……え?」

 すると突然、藍の顔色が変わった。何だか様子がおかしい。


「打ち切り……ですか?」


 藍が受話器を取り落とした。そのまま膝から崩れ落ち、小刻みに震え始める。机の上の原稿用紙が風で捲れた。冷蔵庫の無機質なブゥー……ン、という音が部屋に響き渡る。窓の外をトラックがゆっくりと駆け抜けて行った。


 真実はというと、全然気づいていなかった。漫画の世界に夢中だった。たっぷり時間をかけ、『鋼の錬金術師』を最後まで読み終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 真実は深く息を漏らした。さすがに体が疲れていたが、それでも良い物語に浸った充実感の方が勝った。何という有意義な一日だっただろう。満足感と高揚感に包まれ、さぁ帰ろうかと腰を上げる。そこでようやく、彼女は部屋の隅で蹲っている藍に気がついた。


「何やってんだお前?」

「…………」

「……え? 泣いてんの?」

「……打ち切りだって」

「は?」

 いつの間にか電気が消えている。暗がりの中、藍が声を震わせた。

「だから打ち切りなんだって。僕ら! この物語!」

「ふーん……」

「ふーん、って!」


 藍が顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになって、ふやけた猿みたいになっている。


「なんでそんな冷静なの!? もっと驚こうよ!」

「ンでも……人気がなかったら、そりゃ打ち切られるだろ。仕方ねぇよ」

「でも……でも! ありえないよ!」

「それに物語って、いつか終わるモンだろ。終わり損ねた駄作だっていっぱいあるけど。正直最近、AIも関係なくなって来てるしさ」

「…………」

「読者だって色々忙しいんだよ。ネタが無いのにいつまでもダラダラ続けられても困るって」

「……嫌だ」

「は?」

「嫌だ。終わらない」

「…………」

「引き延ばす」

「引き延ばす、ったって……」

「引き延ばす! 僕らの戦いはこれからだ! まだまだ終わらないから!」


 そう泣き叫び、藍が事務所を飛び出して行った。真実はため息を吐いた。なんて往生際の悪い、情けない大人なんだろう。このまま放っておくと碌なことにならないのは目に見えている。真実は仕方なく彼の後を追った。


◻︎


「オイ待てって。どこ行くんだよ?」

「作者のとこ!」

「作者ぁ?」


 藍が向かっていたのは、この物語の、作者の家だった。だが目的地に着いたとき、作者はすでに死んでいた。机に突っ伏したまま、胸にナイフを刺され殺されていた。殺人事件だった。


「……そして被害者の背中には、血文字で『Z-A』と書かれていた」

「『Z-A』?」

『何かの暗号でしょうか?』

「確かに……今までで一番ミステリーっぽいな」


 大勢の警察関係者が忙しなく現場を行き来している。真実と和音が首を捻る横で、藍はしかしそれどころでは無いらしく、ひとり頭を抱えていた。


「そんな……!? 作者が死んじゃったら、この物語はどうなるんだよ!?」

「それこそAIが生成するんじゃないの? 知らんけど」

『出来なくも無いですね』

「なんだ。じゃあ大丈夫か」


 藍がすぐさま涙を引っ込めた。


「びっくりしたぁ。本当に終わったかと思った」

「や、元々第一話で、短編で終わるはずだったんだよ。そこから毎回のように終わってたろ。せっかく終わったものを、無理やり再開してたんだ。どっかの続編みたいに」

「だからってこんなとこで最終回なんてひどいよ。来週こそ神回だったのに。『神回殺人事件』だったのに」

「自分で言うな。だったら最初から全力出しとけよ」

「待って! これって……」


 すると突然、藍が何かに気づき目を丸くした。


「これはもしや……あの時のナイフ!?」

「どの時だよ。存在しない伏線を回収するな」

「ダメなの?」

「ダメに決まってるだろ! いいからさっさとAIに相談しろよ」

 真実が半ば呆れ顔でそう言った。

「どうせどっかの田中が犯人なんだろうけど」

「いやぁ」


 普段から片時もスマホを手放さない藍が、この日ばかりは何故かそうしない。


「もうちょっとじっくり考えてみようよ」

「は?」

「そんなに焦って答えを出そうとしないで……この事件にはまだ何か裏があるかもしれない」

「何言ってんだ。いつも速攻でAIに尋ねてたくせに」

「だってあんまり早く解決したら……話終わっちゃうじゃないか」

 藍がポロリと本音を溢した。

「作者死亡なんて、十週は引っ張れそうなネタを、一話完結で終わっちゃもったいない」

「十週て。いい加減飽きるわ! お前は何探偵なんだ!?」

「……名探偵?」

「AI探偵だろうが! いいから貸せッ!」

「それってもしかしてタイトル回収……う、うわぁあっ!?」


 真実が藍からスマホを毟り取り、和音に尋ねた。


「犯人は!?」

『田中です』

「だろうな」

『先ほど証拠も見つけました♪』

 そう言って、和音が凶器に付着した指紋の拡大画像を表示する。藍が嘆いた。

「あぁ、こんな時に限って! 証拠を見つけてしまうだなんて!」

「何で悔しがってんだよ」

「これは見なかったことに……来週見つけたことにしようよ」

「何言ってんだ。ほら! 犯人を捕まえに行くぞ!」


 こうして犯人が逮捕された。沈み行く夕陽を背に、藍と真実が並んでパトカーを見つめる。どこからか哀しげなBGMが流れ始めた。これは……オープニング主題歌じゃないか。初代オープニングをアレンジしてエンディングで流すとは……最終回仕様で、いつもより深く胸に染み入る。


「あぁ……事件が解決してしまった……」

「それがお前の仕事だろ」

「これで終わり? こんな呆気なく?」


 藍はまだ信じられない、と言った顔で目を瞬いた。


「もうちょっと続けようよ。第2の殺人起きないの?」

「探偵が第2の殺人を望むな!」

「”まさかこの後第100の殺人が行われようとは、誰も夢にも思わなかった”……!」

「殺され過ぎだろ! いつまで引き延ばしてんねん」

「やだぁ! 終わりたくないよぉ……!」

『先生……』


 ポロポロと涙を溢す藍を慰めるように、和音が優しい声を出した。


『大丈夫ですよ。最終回の後も、しれっと続ければ良いんです♪』

「そんなん聞いたことねぇよ」

『そもそも最終回が終わりだって誰が決めたんですか?』

「はぁ?」

『今世の中に求められてるのは終わらないコンテンツなんですよ。みんないつまでも、竜宮城の中で夢見ていたいんです。別にネタがなくたって続けて良いじゃないですか。内容が空っぽでも、推しキャラがいい感じにキラキラしてて、歌って踊ってればそれで満足なんですよ』

「お前……人の心とかないんか?」

『無いです』

「そうだった」


 AIの慰めにならない慰めを前に、藍がとうとう慟哭し始めた。


「こんな……いきなり過ぎるよ。何の前触れもなく……!」

「終わりって大体そういうもんだろ。唐突に来るんだよ」

「こんなことになるなら……もっと色々やっときゃよかった……!」

「多分やっても後悔するし」真実が肩をすくめた。

「やらなくても後悔するし……どっちにしろ悔いは遺るんだから。だったら好きに生きた方がマシだな」

「真実君……」


 やがてBGMが5周くらいしたところで、ようやく藍が泣き止んだ。


「そうだよね……うん」

 藍が目を腫らしたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「うん。わがまま言ってごめん……僕が間違ってた」

「…………」

「帰って大人しく、ポケモンやるよ」

「……まさかお前、ポケモンやりたいから最終回にしようって魂胆じゃねーだろうな?」

「何の話?」

「とぼけんなよ! そんなの許されるか!」

「ちょっと待ってよ! 綺麗に終わる流れだったのに!」

「ダメだダメだ! どこが綺麗なんだよ! 唐突過ぎるわ!」

「そういうもんだって言ってたじゃないか!」

「お前のはダメだ! 好きに生き過ぎだ!」

「嫌だ! 終わる!」

「ダメだ! 引き延ばせ!」


 しばらく2人はぎゃあぎゃあと言い争っていた。やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ