Case11. 劇場版・AI学習禁止殺人事件
「……というトリックだったんですよ。ここまで言えばもうお分かりでしょう? そうです。この事件の犯人は……」
探偵がそう呟いて、右手をスッと頭上に掲げる。集まった人々は固唾を飲んでその右手の、人差し指の行き先を見守った。ところが、中々腕が降りて来ない。
「犯人は……」
「……?」
「誰?」
「誰なの? 焦らさないで、早く言いなさいよ!」
屋敷の外で雷鳴が轟く。探偵の男・上尾藍が目を細めて告げた。
「犯人は……【(残り200字)ここから先は有料会員限定記事になります】」
「な……!」
「何ぃ……!?」
「【初月無料。解決編が気に入らなくても安心。今なら『犯人取っ替え放題プラン』が年間3000円お得。新規会員登録はこちらからどうぞ!】」
「肝心の推理を有料記事にしてんじゃねえ!!」
藍の隣で、無名萌真実の咆哮が谺した。窓がガタガタ鳴く。嵐の夜は、まだ始まったばかりである。
◻︎
「ただいまぁ。あ〜疲れた……」
ある日のこと。真実が事務所で『MAJOR』の続きを読んでいると、藍が草臥れた顔をして帰ってきた。事件の依頼が終わったのだろう。話を聞いて欲しそうだったが、真実は当然のように無視して次のページをめくった。他人にやらされてた練習を努力とは言わねえだろ。
「ただいまぁ」
てっきり一人かと思いきや、その後ろからもう一人がひょっこり顔を覗かせた。
「僕はあんまり疲れてない」
上尾藍(本物)だった。
「続編で、主人公の子供が出てくるってのは良くあるけどよぉ」
真実もさすがに漫画本から顔を上げ、ふたりの藍を前にして、呆れたように言った。
「主人公がふたりに分裂してるってのは、どういう状態なんだよ?」
「このままでは『9th』では大変なことになってしまう……」
「そこまで続かねーよ。アホか」
『お帰りなさい、先生♪』
すると、床から虹色ツインテールの少女が生えてきて、満面の笑みでふたりを労った。その名を和音。AIなのにわをん。3Dのカラダを手に入れた、AI少女である。
『お疲れ様でした♪ 今日も大活躍でしたね!』
「その大活躍部分が一切描かれてないんだが」
「いやぁ、まさかあんな奇想天外なトリックがあったとはね」
「描かれてないからって適当なこと言うなよ」
『さすがです、先生♪』
「そんな。それほどでもないよ」
存在しない活躍の記憶に、藍が照れていると、
「謙遜するなよ。お世辞でもなんでもなく、こんな鮮やかな推理は見たことがない」
隣で藍(本物)がすぐさまそうフォローした。
「そうかな?」
「そうだよ。もっと自信持って! 君が、君こそが名探偵だ」
「うん……ありがとう。何だかそんな気がしてきた!」
「アカウント切り替えに失敗した自演みたいになってるぞ」
黒電話が鳴った。
どうやら事件の依頼らしい。藍と藍(本物)が顔を見合わせた。
「名探偵。君は休んでいてくれ。疲れてるんだろ? 今回は僕が出よう」
「良いのかい? ありがとう! だけど……」
藍が悩ましげに眉を八の字にした。
「いちいち藍(本物)って書くのは大変じゃないかな? 読んでる方もテンポ悪いし」
「そうだね……じゃあ背中の血文字は消して行こう」
「消せるのかよ」
「良かった。その間、僕が背中に(本物)って書いておくから」
「何なんだよ。もう勝手にしてくれ」
藍がヨレヨレの探偵コートを受け取って、事務所を飛び出して行った。もはやどっちが本物なのかも良く分からない。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく彼の後を追った。
◻︎
事件は都内の探偵事務所で起きていた。殺されたのは売れない探偵・上尾藍。
「……そして被害者の背中には(劇場版)と書かれていた」
「ホントに死んでる……! (劇場版)の僕が……!」
「そのネタはもうやっただろ」
「知らないの? (劇場版)では何回も同じネタ使い回して良いんだよ。リメイクとか〇〇編とか謳って」
「映画はネタ切れみたいに言うな!」
容疑者を集め、話を聞くことになった。事務所に次々と上尾藍が集まってくる。全員顔が一緒なので、背中の血文字で判別するしかなかった。(文庫版)の上尾藍、(連載時)の上尾藍、(原作)の上尾藍、(ノイズ除去済)の上尾藍、(深夜帯)の上尾藍、(二次創作)の上尾藍、(偽物)の上尾藍、(職場)の上尾藍、(プライベート)の上尾藍、(SNS)の上尾藍……。
「何人いるんだよお前は!」
「さぁ……数えたことないから。自分の数なんて」
『アカウント作り過ぎて、どれが本当の自分なのか分からなくなった人みたいですね♪』
「多分(第2クール)の僕は声変わりしてるし、(実写版)の僕はコスプレ感がハンパない」
「第1クールと第2クールの間に何やらかしたんだよ。そもそもお前は何次元の存在なの?」
「あ……そうだ」
藍は何かを思い出したように、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「はいこれ」
「ん?」
差し出されたのは、藍の顔写真だった。
「何だこれ?」
「来場者特典だよ」
「は?」
「少しでも興行収入を伸ばすために、定期的に特典内容を変えてるんだ。ランダム封入で中々コンプリートできないようにしたり。映画の内容は変わってないのにね」
「要らねえよこんなもん! お前が観客に伝えたかったのは『世の中金だ!』ってことだったのか!?」
真実が写真をビリビリに破いて捨てた。そうしている間にも、上尾藍は増殖を続けている。側では(アニメ化)の上尾藍が、(2.5次元)の上尾藍と一緒に記念撮影していた。
「このままAIが発展すれば、あらゆる創作物は一瞬で(アニメ化)されるだろうね。今ですら似たような作品が大量生産されてるんだもの。誰も見てないのに」
「勝手に決めつけんな。見てる人もいるわ!」
『大量生産の何が悪いのでしょうか??』
藍のスマホから和音がひょっこり顔を覗かせる。
「まーた出て来たよ……メンドクセーのが……」
『有史以来、増え続ける人類を支えてきたのは大量生産じゃないですか。そのおかげで一部の選ばれし者だけでなく、その他大勢も生き残れる社会が出来ましたよね。大規模な安定供給が無ければ、これほど多くの人類は、貴方は生まれなかったかもしれません。大量生産しましょう。大量消費しましょう。それこそが進歩を、発展を、多様性を産むのですから♪』
「わかったわかった。お前は道徳の教科書に帰れ」
「喧嘩しないで。仲良くしようよ」
「良いからもう解決にしようぜ。もう収拾付かねぇよ」
事務所は今や足の踏み場もないほど、同じ顔で溢れ返っていた。だが、藍が周囲を見渡すと、見知らぬ人物もちらほらといた。
「あなたは……」
「初めまして。田中(犯人)です」
「初めまして。前の持ち主の落書きでいきなりネタバレ食らったみたいな名前ですね。犯人はあなただ!」
「解決方法が異次元過ぎる」
こうして、犯人の背中に(犯人)と書いてあり、事件は解決した。どこからともなく哀しげなBGMが聴こえてくる。もうすぐエンディングだ。夕陽を背に、走り去るパトカーをみんなで眺めながら、大勢の藍たちが一斉に呟いた。
「「「「「「ファごぷがjgfd;替えrγ@あえrg」」」」」」
「みんな同時に喋り出すから何言ってんのか分かんねえ!!」
『すごい……! なんて感動的なセリフなんでしょう。劇場版に相応しい名言ですね♪』
「だから描かれてないからって、適当なこと言うなよ!」
やがてお約束通り、藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




