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怪盗少女・やゆよ!

「コラーッ! そこの男子!」


 ある日のこと。とある高校の廊下に、凛とした声が響き渡った。


「また学校に漫画持ってきて! 漫画ばっかり読んでると、バカになるわよ! 一日中、ギャグのネタ考えてるような人間になっちゃうんだから!」

「ゲェーッ!? ふ、風紀委員長!」

「没収します!」


 風紀委員長、と呼ばれた少女が、可憐な足取りで男子たちの群れに近づき、漫画本を奪い取る。


「勘弁してくれよぉ」

 男子たちが泣きを入れた。

「中々手に入んないんだぞ、それ!」

「そうだよ。オークションで、プレミア付いてる」

「その漫画家、締切守れないので有名で、数年ぶりにやっと最新刊が出たんだから!」

「知らないわよ、そんなの。それって学校の規則と何の関係があるわけ?」

「ひぇーっ! 何という正論!」

「ちくしょう、ちょっと美人だからって調子に乗りやがって……田中やゆよ……」

「何よ?」

「うっ!?」


 どうやら少女の名は、田中やゆよ、と言うらしい。華奢な体つきだが、武道でも習っていたのか、有無を言わせない覇気がある。そのやゆよに白い目で睨まれて、男子たちはそそくさと教室を退散していった。 


「全く……」

「頑張ってるね、田中さん」


 やゆよが振り返ると、そこに少女漫画みたいな高身長爽やかイケメンが立っていた。

「あっ……館くん!」

 やゆよはたちまち顔を赤くした。館伝人(たちつてと)はこの高校の生徒会長で、そのルックスと性格で女子たちからも人気が高い。何を隠そう、やゆよも彼に想いを寄せているうちの一人だった。


「だけど、あんまり無理しすぎないで」

 生徒会長が漫画本を回収し、ほほ笑んだ。

「これは預かっとくね。アイツらが取り返しに来たら大変だから。もう危ない真似しちゃダメだよ」

「うん……ありがと」


 館が爽やかに去っていった方角を見つめながら、やゆよはしばらくぽーっとそこに突っ立っていた。見かねたように、ポケットのスマホが鳴る。着信ではなかった。画面に現れたのは、AIだった。


『やゆよお嬢様……』

「……あら、和男(わを)。何? 仕事の依頼?」

『いえ……』

 やゆよの手のひらの中で、和男と呼ばれたイケオジ執事AIが、コホンと咳払いした。

『そんなにあの少年に気があるのなら、私がAI検索で彼の素性を調べましょうか? 何なら彼が好みそうな服装や、髪型も一発で……』

「ちょっと! やめてよ!」

 やゆよが怒った。

「そんなの絶対ダメ! 全く、貴方はAIなのに、人の心がちっとも分かってないのね!」

『そうですか……? 普通は……』

「それより」

 やゆよが目を光らせた。

「仕事の方はどうなってるの? 今度の敵は誰?」


 そう。勘のいい読者はもうお気づきだろうが、この少女こそ、イマ世間を賑わす可憐な少女怪盗I∀(イーヴァ)なのだった!


 ◻︎


 その日の晩。

 やゆよは白いドレスのコスチュームに着替え、とある屋敷に忍び込んでいた。

『最近この辺りで多くの漫画が無断でAI学習されています。恐らく金儲けでしょう。犯人はこの屋敷の中です』

 やゆよ……怪盗I∀(イーヴァ)の手のひらの中で、和男がそう呟いた。


 許せない……屋根の上を忍び足で歩きながら、やゆよは唇を噛んだ。やゆよの父は漫画家だった。だが、お世辞にも売れっ子とは言えず、正直生活は苦しかった。それでもやゆよは楽しかった。父が好きだった。父の考えるギャグが好きだった。


 しかし……ある日、どこかの誰かが遊び半分で父の漫画を無断でAI学習させた。ネット上には、父が夜な夜な必死で考えたネタで溢れ、それがトドメとなった。初めの方こそ父は自分のネタがウケていることに喜んでいたが、飯の種を奪われ、生活は苦しくなる一方だった。挙げ句の果てには「パクリ野郎」とまで罵られ、疲れ果てた父はやがて「この世界はギャグだ」と意味深な言葉を残し、失踪してしまった……。


「……この世界はギャグじゃないわ。私が証明して見せる」

『お嬢様……お気をつけて』

 

 屋上の窓を音もなく開け、屋敷の中に忍び込む。目的の部屋はそう遠くないところにあった。鍵穴に針金を差し込み、慣れた手つきで解錠する。やゆよが扉を開けると、電気の消えた部屋の中で、パソコンのモニターだけが煌々と青く光り輝いていた。やゆよの侵入に気がついた部屋の主が、驚いて振り返った。


「……誰だ!?」

「怪盗I∀(イーヴァ)

「怪盗……!?」


 右手で人差し指を立て、左手でピースサインを作るお決まりの怪盗ポーズを決め、やゆよは小さく笑みを浮かべた。ここまでくれば簡単だ。生成AIを悪用しているパソコンにウィルスを流し込み、データごと破壊してしまおう。簡単な仕事、のはずだった。だが……数歩近づいたところで、彼女は思わず立ち止まった。


「聞いたことあるぞ……ニュースになってた。この間有名なダイヤモンドを盗んだとか……」

「あ、貴方は……!」

「怪盗がウチに何の用だ!?」

「館くん!」


 やゆよは危うく怪盗ステッキを取り落とすところだった。目の前にいるのは、間違いない、やゆよも良く知る人物……生徒会長の館伝人(たちつてと)だったのだ。


「ど、どうして館くんが……!?」

「僕の名前までもう調べてあるのか……」

 館が顔を歪ませ苦々しく舌打ちした。昼間とは打って変わったその表情に、やゆよは少なからずショックを受けた。館の手に、昼間やゆよから預かった漫画本が握られているのを見て、彼女は声を震わせた。


「まさか……どうしてこんなことを?」

「どうして?」

 館がせせら笑った。

 彼の方は、まだやゆよの正体に気がついていないようだ。まぁ仮面を被っているので仕方ないかも知れないが。だがそのことも、多少なりともやゆよを動揺させた。彼ならもしかしたら、気付いてくれるかもしれない……なんて勝手な想いを抱いていた。


「泥棒風情にお説教されたくないな。お互い、金のためだろう?」

 だが、館から出る言葉は、氷のように冷たくやゆよの心に突き刺さった。

「そんな……私は……」

「それとも、崇高な理念のためには多少の犯罪は目を瞑るべきとでも言うつもりかい?」

「お金なんて……私は」

「僕には金がいるんだよ」

 館が吐き捨てた。


「故郷に……大病を患った恋人がいるんだ」

「え?」

「君には話してしまおう。君は怪盗だからね。君の話なんて、世間は誰も信用しないだろう。僕は……僕は宇宙人だ」

「えぇ??」


 予想していなかった告白に、やゆよは一瞬頭の中が真っ白になった。だが、館は至って真剣だった。


「M34シューアイポリタン星人さ。知らないと思うけど……正体を隠してこの地球で暮らしている。僕はその星で、第三王子だった」

『彼が話しているのは真実です』

 固まってしまったやゆよの耳元で、和男がこっそり耳打ちした。

『あるいは真実だと本人が強く信じ込んでいるか』

「…………」

「ある日僕は、隣の星の……M35ニューモ星の令嬢に恋をしてしまった。自分で言うのも恥ずかしいが、溺愛だ。しかし……彼女は重い病気に罹っていたんだ。彼女を治すには、莫大な資金がいる。第三王子である僕には、当時そこまでの資金力はなかった」

「…………」

「そこでAIに相談して……地球という星で、海賊版漫画と生成AIを使って荒稼ぎ出来ると知った。だから僕はこの星に来たんだよ」

「でも……だからって」


 やゆよが目を伏せた。


「貴方のやってることは……悪いことよ」

「嗚呼そうだよ。君だって同じだろう? 君も、理想を貫いて悪に染まったんだろう。理解るよ。正しさだけじゃ解決できないこともあるって、僕らは知ってるんだ」

「…………」

「彼女のためなら、僕は鬼にでも悪魔にでも、何にでもなってやるさ」


 その時、館の背後でパソコンがガタガタと轟音を立て、煙をあげ始めた。


「何だ……!?」

「……和男のウィルスよ。貴方がかき集めたデータは、全て消去させてもらった」

「何だって!?」

「それから銀行口座にも侵入したわ。今まで荒稼ぎしてきた分は、きちんと元の作者に返してもらうから」

「待て……ゲホ! ゴホ!?」

 いつの間にか部屋が白い煙で満たされている。女怪盗が踵を返し、静かにほほ笑んだ。

「あら。宇宙人にも催涙弾は効くのね……良かったわ」

「待……!」


 館の後ろで爆発音がした。怪盗I∀(イーヴァ)は振り返ることなく、音もなく闇夜に姿を消した。


 ◻︎


 次の日。


 やゆよは隣町の病院にいた。和男の情報で、そこに館の恋人……自称・M35ニューモ星の令嬢が入院していることを突き止めたのだった。やゆよは今まで盗んだ(「盗んだんじゃないわ。取り返したのよ!」)宝石やら財宝やらを病院に寄付し、また匿名で、ニューモ星人の手術を一刻も早く行うよう約束させた。


『正体を明かさないんですか? やゆよお嬢様』

 帰り際、やゆよの手のひらの中でAIが首を傾げた。

『そうすればあの少年は、きっとお嬢様に感謝するでしょう。しかし、恋人の手術が成功すれば、あのふたりは故郷の星に帰り結ばれますよ。このままでは怪盗I∀(イーヴァ)は恨まれたままです。わざわざ恋敵を助けるような真似をして、莫大な資金を投げ打って、お嬢様の手元には何一つ……』

「だからぁ」

 やゆよは笑った。

「AIには人の心が分かってないって言われちゃうのよ!」

『そうですか……?』


 それからしばらくして。館伝人は転校した。彼が何処に転校したのか、不思議なことに、知る者は誰もいなかった。あれだけ人気があったのに、いなくなってしまうとまるで最初からいなかったかのように、皆の記憶から館伝人の存在がなくなっていった。


「さよなら、館くん……」


 やゆよは誰にも見られないよう、こっそり涙を拭いた。やがてお約束通り、やゆよが夕陽に向かってフラフラと走り出し、この物語は終わった。

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