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AI探偵・上尾藍  作者: てこ/ひかり
第一幕
10/14

Case10. 上尾藍、死す

「死体ってなんか……可愛くないよね」


 ある日のこと。売れない探偵・上尾藍はとある避暑地の旅館に来ていた。

 事件の依頼があった……訳ではない。むしろ依頼が無さすぎて、それならいっそこっちから事件に巻き込まれてやろうと、旅館という旅館をはしごしているのだった。


 しかし幸運なことに……あるいは不運なことに……殺人事件など狙って遭遇出来るはずもなく。街は牧歌的で、平和そのものだった。それで藍は毎日部屋に引きこもって、酒ばかりが進み。刺身のつまを醤油に浸しながら、今日も一人管を巻いていた。


 真実はその隣で鍋を突っつきながら、藍の話を適当に聞き流した。そろそろ帰って『スラムダンク』の続きが読みたい。諦めたらそこで試合終了ですよ。


「ヒック。世の中見渡してごらんよ……」

 酔っ払いが戯言を繰り返した。

「人気のあるものって、大抵可愛いじゃない。KAWAIIは今や世界で通じるんだからね。ヒック。だからこれからミステリーが人気を博すためには、死体や凶器を、もっと可愛くしなきゃダメだと僕ァ思うんだよ」

「諦めろ」

「諦め……?」

「お前は他ジャンルの心配ばっかしてないで、まず自分とこのギャグの精度をナントカせぇよ」

「他ジャンル……?」

『大変です! 先生!』


 すると、AI少女・和音が何やら慌てた様子で、壁からにゅっと顔を突き出した。もっともそれが見えているのは、スマートグラスをかけた藍だけだったが。お散歩から帰ってきた和音が、藍のスマホの中に戻り、取り乱したように叫んだ。


『隣の部屋で……死体が見つかりました! 殺人事件です!』

「何だって!?」

 藍が立ち上がった。思わず嬉しそうな顔になり、慌てて取り繕う。真実が呆れた。


「人が殺されると生き生きしだすよな、探偵って」

「人聞きの悪いことを言うなよ。でも、やっぱり名探偵はこうでなくちゃ。やっぱり事件の方が僕を呼ぶんだよ」

「何言ってんだ。無理やり押しかけてるだけじゃねーか」

「まぁまぁ。それで、どんな感じ? 誰が殺されてたの?」

『それが……』

 

 和音が少し言いにくそうに顔を伏せた。


『殺されたのは……先生です。その、上尾藍先生の死体が、隣の部屋に』


◻︎


 死体はすぐ隣の部屋にあった。殺されたのは上尾藍。探偵を名乗り、ここ数日近隣の旅館をはしごしていたようだ。


「そして被害者の背中には、血文字で(本物)と書かれていた」

「ホントに死んでる……! (本物)の僕が……!」

「じゃあお前は誰なんだよ?」

『そんな! 先生ぇ!』

 

 和音がわーっと涙を流して死体に縋りついた。

『死んじゃ嫌です! 先生と私は、生まれた時は別々だったから、死ぬ時も別々だって誓い合った仲だったのに!』

「ただの他人じゃねぇかよ」

「本当に本人なのか?」


 刑事が尋ねた。藍が恐る恐る死体に近づき、顔を覗き込んだ。


「うーん……」

「どうだ? 見覚えあるか?」

「やっぱり可愛くないなぁ」

「そりゃそうだろ」

 藍が首を捻った。

「確かに、似てると言われるとそんな気がするけど……そもそも僕の顔ってこんなんだったっけ……?」

『殺された時歪んじゃったとか』と和音。

「でも……僕の顔ってこんな長かった?」

『死んでから伸びたんじゃないですか?』

「そうかな? まさかそんなところに伸び代があったとはね」

「死んでみるもんだな」これは真実。

「だね……え? やっぱり僕死んだの??」

 藍が目をぱちぱちさせた。

『先生……』


 和音がハッとしたように口元に手をやった。


『間違えました。故・先生……』

「『故』はまだ付けなくて良いよ! まだ(本物)と決まった訳じゃないんだし!」

「しかし……偽物だったとして、何故こんな売れない探偵の偽物に?」

「ちょっと刑事さんまで! 『売れない』はわざわざ付けなくて良いでしょ!」

 刑事が首を捻った。

「有名どころの偽物が現れるんだったらまだ分かるんだがなぁ。ほら、SNSに良くいるだろ。斉木楠雄とか」

『嗚呼。ネットだと同じ名前のアカウントが乱立し過ぎてて……誰が誰だか、傍目にはさっぱり分かりませんね』

「そのうち(本物)の自分と出会ったりしてなァ」

「待ってよ。ここで死んでるのが(本物)の僕だとして……じゃあそれを見てる僕は一体誰なんだ??」


 すると突然、死体がむくりと起き上がった。藍たちは驚きのあまり仰け反った。


「うわっ!?」

「生きてた!?」

「そうか……」

 刑事が冷や汗を拭った。

「良かった。上尾藍の存在がノイズだったから……社会的に排除されて生き返ったんだ……」

「こないだのオチじゃねーかよ」

「誰の存在がノイズで、誰が社会的に排除されたって!?」

「しかし……まさか『粗忽長屋』をSNSの匿名なりすまし問題に絡めてくるとはなァ」

『これからの時代に必要とされる古典かも知れません。今回は後半先生がツッコミに回って、マンネリ回避で良い変化球になりましたね。シリーズ全体を通しても下らなさが突出していて、星4です♪』

「ちょっと! AIっぽく感想まとめないで! マンネリとか言わないでよ!」

「で、コイツは結局誰なんだよ?」


 やがてお約束通り、藍と藍(本物)が夕陽に向かってフラフラと走り出し、この物語は終わった。

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