Case10. 上尾藍、死す
「死体ってなんか……可愛くないよね」
ある日のこと。売れない探偵・上尾藍はとある避暑地の旅館に来ていた。
事件の依頼があった……訳ではない。むしろ依頼が無さすぎて、それならいっそこっちから事件に巻き込まれてやろうと、旅館という旅館をはしごしているのだった。
しかし幸運なことに……あるいは不運なことに……殺人事件など狙って遭遇出来るはずもなく。街は牧歌的で、平和そのものだった。それで藍は毎日部屋に引きこもって、酒ばかりが進み。刺身のつまを醤油に浸しながら、今日も一人管を巻いていた。
真実はその隣で鍋を突っつきながら、藍の話を適当に聞き流した。そろそろ帰って『スラムダンク』の続きが読みたい。諦めたらそこで試合終了ですよ。
「ヒック。世の中見渡してごらんよ……」
酔っ払いが戯言を繰り返した。
「人気のあるものって、大抵可愛いじゃない。KAWAIIは今や世界で通じるんだからね。ヒック。だからこれからミステリーが人気を博すためには、死体や凶器を、もっと可愛くしなきゃダメだと僕ァ思うんだよ」
「諦めろ」
「諦め……?」
「お前は他ジャンルの心配ばっかしてないで、まず自分とこのギャグの精度をナントカせぇよ」
「他ジャンル……?」
『大変です! 先生!』
すると、AI少女・和音が何やら慌てた様子で、壁からにゅっと顔を突き出した。もっともそれが見えているのは、スマートグラスをかけた藍だけだったが。お散歩から帰ってきた和音が、藍のスマホの中に戻り、取り乱したように叫んだ。
『隣の部屋で……死体が見つかりました! 殺人事件です!』
「何だって!?」
藍が立ち上がった。思わず嬉しそうな顔になり、慌てて取り繕う。真実が呆れた。
「人が殺されると生き生きしだすよな、探偵って」
「人聞きの悪いことを言うなよ。でも、やっぱり名探偵はこうでなくちゃ。やっぱり事件の方が僕を呼ぶんだよ」
「何言ってんだ。無理やり押しかけてるだけじゃねーか」
「まぁまぁ。それで、どんな感じ? 誰が殺されてたの?」
『それが……』
和音が少し言いにくそうに顔を伏せた。
『殺されたのは……先生です。その、上尾藍先生の死体が、隣の部屋に』
◻︎
死体はすぐ隣の部屋にあった。殺されたのは上尾藍。探偵を名乗り、ここ数日近隣の旅館をはしごしていたようだ。
「そして被害者の背中には、血文字で(本物)と書かれていた」
「ホントに死んでる……! (本物)の僕が……!」
「じゃあお前は誰なんだよ?」
『そんな! 先生ぇ!』
和音がわーっと涙を流して死体に縋りついた。
『死んじゃ嫌です! 先生と私は、生まれた時は別々だったから、死ぬ時も別々だって誓い合った仲だったのに!』
「ただの他人じゃねぇかよ」
「本当に本人なのか?」
刑事が尋ねた。藍が恐る恐る死体に近づき、顔を覗き込んだ。
「うーん……」
「どうだ? 見覚えあるか?」
「やっぱり可愛くないなぁ」
「そりゃそうだろ」
藍が首を捻った。
「確かに、似てると言われるとそんな気がするけど……そもそも僕の顔ってこんなんだったっけ……?」
『殺された時歪んじゃったとか』と和音。
「でも……僕の顔ってこんな長かった?」
『死んでから伸びたんじゃないですか?』
「そうかな? まさかそんなところに伸び代があったとはね」
「死んでみるもんだな」これは真実。
「だね……え? やっぱり僕死んだの??」
藍が目をぱちぱちさせた。
『先生……』
和音がハッとしたように口元に手をやった。
『間違えました。故・先生……』
「『故』はまだ付けなくて良いよ! まだ(本物)と決まった訳じゃないんだし!」
「しかし……偽物だったとして、何故こんな売れない探偵の偽物に?」
「ちょっと刑事さんまで! 『売れない』はわざわざ付けなくて良いでしょ!」
刑事が首を捻った。
「有名どころの偽物が現れるんだったらまだ分かるんだがなぁ。ほら、SNSに良くいるだろ。斉木楠雄とか」
『嗚呼。ネットだと同じ名前のアカウントが乱立し過ぎてて……誰が誰だか、傍目にはさっぱり分かりませんね』
「そのうち(本物)の自分と出会ったりしてなァ」
「待ってよ。ここで死んでるのが(本物)の僕だとして……じゃあそれを見てる僕は一体誰なんだ??」
すると突然、死体がむくりと起き上がった。藍たちは驚きのあまり仰け反った。
「うわっ!?」
「生きてた!?」
「そうか……」
刑事が冷や汗を拭った。
「良かった。上尾藍の存在がノイズだったから……社会的に排除されて生き返ったんだ……」
「こないだのオチじゃねーかよ」
「誰の存在がノイズで、誰が社会的に排除されたって!?」
「しかし……まさか『粗忽長屋』をSNSの匿名なりすまし問題に絡めてくるとはなァ」
『これからの時代に必要とされる古典かも知れません。今回は後半先生がツッコミに回って、マンネリ回避で良い変化球になりましたね。シリーズ全体を通しても下らなさが突出していて、星4です♪』
「ちょっと! AIっぽく感想まとめないで! マンネリとか言わないでよ!」
「で、コイツは結局誰なんだよ?」
やがてお約束通り、藍と藍(本物)が夕陽に向かってフラフラと走り出し、この物語は終わった。




