最終食 救いの日
地獄のようなランチを過ごす私だが月に一回、女神のような日がある。
同僚の愛海の家でご飯を食べに行く日だ。きっかけはたぶん彼女からだったと思う。一時期水しか飲めなくて骨と皮だけだった私を愛海が心配して声をかけてくれた。
食事恐怖症に襲われていた私はどうせマズイんだろうなと思ったが、信じられないくらい美味しかった。初めてまともな料理を食べた時の感動は計り知れなかった。それ以来、給料日と同じくらい愛海の料理が食べれる日を楽しみにしていた。
不思議と愛海の家に行く時は何も起こらなかった。相変わらずコンビニとスーパーは異常事態だったが、彼女の家へと続く道はごく平凡だった。
だから、特に障害もなく愛海の家まで辿り着いた。可愛らしい花が生えている庭を横目で見ながらチャイムを鳴らすと、返事もせずにドアが開いた。
「あ、彩花ちゃ〜ん! いらっしゃ〜い!」
細目でぷっくりした頬が魅力の愛海がエプロン姿で招いてきた。まるで夫婦になったような心地だったが、私は同僚として接した。
趣のある廊下を進んで中に入ると、赤と緑の配色の家具が配置されていた。緑色のテーブルに赤い椅子、緑のカーテンに赤いソファと視覚的にピーマンとパプリカを想起させた。
そして、出されたのがチンジャーロースだった。緑色の皿に細い肉とピーマンとパプリカとタケノコが山のように盛られていた。ご飯も味噌汁も丼サイズだった。
「さぁ、召し上がれ〜!」
「い、いただきまババババババっ!!」
私は挨拶をするのも待てないほど貪るように食べた。牛肉の油の甘みと野菜のシャキシャキ感、味噌汁の濃厚な旨味とホカホカのご飯がたまらなかった。
「ババババババっ!! ガガガガガガっ!!」
この一ヶ月の間で得られなかった栄養素をこれでもかと詰め込んだ。何度もおかわりしてしまったが、愛海は嬉しそうに茶碗にご飯を盛ってくれた。
「ふ、ふひぃ……」
私がお腹を擦ると、愛海が嬉しそうに笑った。
「腹がはち切れるぐらい食べてくれてよかった〜!」
「いや、もう、最高……ありがとう」
私はカバンから銀行の袋を取り出して愛海に渡した。彼女は目を丸くして受け取った。
「え? いくら入ってるの?」
「二百万」
「に、二百万?! いやいやいやっ! いくらなんでも払いすぎだよ! 全部スーパーで安売りしてたやつだし!」
「いーや、むしろ安いくらいよ。受け取って! また来月もお願い!」
私が無理やり渡すと、愛海は戸惑いながらもタンスにしまった。
玄関まで見送って貰った後、私は鼻歌を歌いながら駅へと向かった。
この一日があるからこそ、また一ヶ月生きて来られる。
たくさん払ったからか、今日はお弁当も貰ってしまった。
これで三日ぐらいは生きていけるぞ。
完