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5食目 なんだこれ・ワンダーランド

 菓子パンを抱えた黒うさぎを追いかけているうちに木の穴に落っこちてしまった。


 その穴は妙に深くてマントルまで到達してしまうのではないかと思った。が、地面があったので焼け死ぬことはなかった。


 どうにか複雑骨折を自力で治すと、私は不自然に置かれたテーブルを見た。そこには二つの紙パックが置かれていて、もう一つは豆乳、隣は野菜ジュースだった。


 その手前には紙があって、『どちらか飲んでください』と書いてあった。私はどうしようか迷った。まさかこんな形で紙パックの飲料が飲めるなんて思ってもみなかった。


「うーん、最近水しか飲んでないから栄養が欲しい……野菜ジュースで!」


 私は野菜の方に手を伸ばそうとした瞬間、急にファンファーレが鳴り響いた。


「おめでとうございます! あなたを招待します!」


 何か当たったのかなと思いながら紙パックを手に取ろうとしたが、突然ドアが出現してトランプを擬人化したような者達がゾロゾロと私を囲んできた。


「え? あの? これは……」

「女王陛下が特別に晩餐会にご招待してくださる。ありがたく思えっ!!!」


 ハートのトランプがそう叫ぶと、クローバーとスペードのトランプが私の両腕を組んでドアの方に連れて行った。


「待って! 待って! せめて……野菜ジュース……野菜ジュースだけは飲ませて!」


 私は戻ろうとしたが、トランプはシメジみたいにフニャフニャな腕のくせに力が強く、引き剥がせずにそのまま中に入ってしまった。



 そこは何とも不思議な世界だった。空に木が生えていた。逆さ吊りにされた木のてっぺんには鳥も逆さになりながら巣でヒナを育てていた。


 川にマグロやカツオ、ジンベイザメが泳いでいた。恐らく海水なのだろう。逆に海の方を見てみると海坊主がいた。なんでだよ。


 この世界に住んでいる人達も奇妙だった。身長の二倍ぐらいはありそうな細長の帽子を何食わぬ顔で生活していた。帽子に合わせるかのように家も細長で、寝る時も帽子を被ったままなのか、横も長かった。


 そんな奇妙な世界を覗いているうちに、女王がいるとされる城に辿り着いた。見た目は至って普通の城だが、城門の前にラバとロバが門番をしていた。


「おい、トランプ兵ども、こいつは誰だ?」

「女王の試験に合格なさった者だ!」

「なんだと?! そんなシケン知らないぞ!」

「馬鹿野郎! ちゃんと今朝報告したじゃないか!」

「そんなもの受け取ってねぇっ! 通さねぇっ!」


 どうやら伝達ミスがあったらしい。門番とトランプが口喧嘩している間にこっそりと抜け出して森の方へ走った。


「おい、あいつどこに行った?!」

「消えた! 神隠しだ!」


 あんな大胆に逃走したにも関わらず、全く気づいていなかった。彼らの視力の悪さをありがたみながら出口を探した。


 森の中を進んでいると、巨大な犬が話しかけてきた。


「やぁ、お嬢さん。もしかして腹ペコかい?」

「えぇ。コンビニのチャーハンか、スーパーの肉じゃががあればいいんだけど」


 私はもう犬が喋るくらいでは驚かなくなった。今頭の中に浮かんだ食べたいものを言うと、犬は「そういうのはないけど向こうにレストランがある。寄っていくかい?」と誘ってきた。


「ごめんなさい。急いでいるので」


 森の中にあるレストランほどどんな食材が使われているか分からない。下手すれば毒キノコを使っている可能性がある。


 そのまま立ち去ろうとしたが、巨大犬が立ちはだかって「そう言わずに。行こう」とワンッと吠えた。


 すると、あっという間に目の前に小屋みたいなのが現れた。どうやら巨大犬の魔法で瞬間移動してしまったらしい。


 嫌でも帰ろうとしたが、巨大犬が今にも食べそうに唸っていたので仕方なく開ける事にした。


 カランコロンカランコロン――妖精みたいな歌声が店内に響きわたった。切り株のテーブルと椅子がいくつか置かれていて、天井では小鳥が歌を歌っていた。


「ようこそ〜♪ ようこそ〜♪ ここは〜♪ 森のレストラ〜〜ン♪」


 何ともメルヘンな世界に私はさっきまで止めようと思っていた自分を恥じた。最高の雰囲気じゃないか。


「いらっしゃいませ〜〜!」


 すると、頭に大きなリボンを付けた可愛らしい少女がふんわりとしたドレスで私の方へ駆け寄ってきた。おぉ、店内も問題ない。


「いらっしゃいませ! お一人ですか?」

「はい」

「では、お好きな席へどうぞ〜!」


 まるで歌うように切り株に誘導すると、メニューをもらった。手書きらしく便箋みたいな紙に丸っこい文字で料理が書かれていた。


「えーと……オススメは?」

「はい! 森のハンバーグランチです!」


 森のハンバーグ……キノコとか使っているのか。一瞬毒という文字が浮かんだがすぐに消えた。


「じゃあ、それでお願いします」

「はいっ! ありがとうございま〜す!」


 少女は嬉しそうに飛び跳ねながら厨房の方に消えていった。


 私はフゥと息を吐いた。穴に落ちて来てから変なことばかり起きたが、こんな素敵な店を見つけられたから良かった。



 どんな料理が来るか楽しみに待っていると、少女が「お待たせしました〜! 森のハンバーグで〜す!」とテーブルの上に出した。


「おぉっ!」


 思わず声が出てしまった。ワンプレートで中央にハンバーグがあって隣にライス、その近くにはニンジンのグラッセみたいなのがあった。


 香りを嗅いだ限りでは美味しそうだ。


「いただきま〜す!」


 初めての当たりの店を選んだかもしれないと胸を踊らせながらスプーンで一口すくって食べた。


「ごぶっ?!」


 頬が破裂しそうなほどマズかった。あらゆる不快な臭いを凝縮したような味だった。


「どうですか? 美味しいですか?」

「ぼぶ……ばい、ざいごうです」


 今すぐ戻したかったが、少女の天使のような笑顔に仕方なく飲み込んで食べ続けた。ニンジンのグラッセも死ぬほど甘かったし、ライスもゴミの味がした。雰囲気と店員の接客は百点満点なのに料理が有り得ないくらいマズイ。何なんだ、このお店は。


 私は吐き気と戦いながら完食すると、お会計に移った。


「税込みで百四十円です!」


 ビックリするぐらい安かった。本当に味だけなんだな。このお店。


 その後は色々あって無事に会社に戻ることができた。



次回、私の唯一の救いの日

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