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1食目 日本のどこにもない老舗ぼったくり定食屋

 運命のランチタイムがやってきた。食べるか食べれないかの地獄のサバイバルタイムが幕を上げる。私――望月彩花もちづきあやかは今日も『約束された味』を求めてビルを出た。


 約束の味――それはプロの料理人ではない企業の社員があれこれ知恵を絞って万人にウケるために調理された味付けのこと。


 その味を好む人もいればそれを嫌う人もいる。私の場合は好きとか嫌いとか判断する以前にここ数年食べていない。


 それはなぜか。私がそういう不運を持っているからだ。


 その証拠に会社の近くにあるコンビニを見てみなさい。出勤前までごく普通の風貌だったのに、今はよく分からないアイドルのグッズの特典付きスイーツを求めて長蛇の列が出来ている。コンビニなのに行列なんて異常だよ。


 別のコンビニではないだろうと思って行ってみると、日本のコンビニ好きの観光客達が全品を買い占めてしまった。まるでオープン前か閉店前みたいに何もなかった。


 スーパーに行っても超巨大な怪獣が足を踏み潰して来たり、コンビニがありえないくらい密集している地帯はことごとくストライキを起こして臨時休業となっていた。


 ほら、もう分かったでしょう。私が『約束の味』を食べれるのは至難の技だと。


 だが、今日は違う。私はある路地裏にある個人が経営しているコンビニを見つけたのだ。お爺さん一人が経営していて、大手の名前ではなく個人の名前と思わしき店名を使っていたので、私の不運を受けないだろう。


 そう思ってたけど、店主がギックリ腰を起こしてしまい、しばらくの間休業するという貼り紙がシャッターに貼られていた。


 私は腕時計を確認した。お昼休みが終了するまであと二十分しかない。会社に帰る時間を考えると、最低でも10分は食べ終えなければならない。


 どうしようと思っていると、視界にのれんが目に入った。出来ることなら避けたかった。何か嫌な予感がした。


 一応チラッと見てみると、『営業中』と書かれた札がぶら下がっていた。念のため入り口前まで来てみる事にした。


 外観はかなりの年月が立っている感じだった。食品サンプルはほぼ原型を留めていない。老舗感満載でグルメだったら運命的な出会いを感じるが、私の場合は不穏な臭いが漂ってきtいる。


 このまま帰って水で我慢するか中に入るか――そう葛藤していると、ガラガラと引き戸からお婆さんが現れた。


「あら、お客さんかい。どうぞどうぞ」

「あの、お婆ちゃん。私、まだ、あ、あーれー!」


 腕を掴まれてほぼ強制的に中に入れられてしまった。古いカビの臭いが充満していた。


 お婆さんはメニュー表を渡してきた。ポンッとテーブルを置いた瞬間、ホコリがフワッとまいあがって咳き込んでしまった。メニューを見開いてみると、ほぼボロボロで文字もかすれていて何がなんだか分からなかった。


「あの、お婆ちゃん……オススメは?」

「オススメかい? そうだね……カツ丼かね」


 カツ丼――手の混んでいるほど不安なものはない。腹下り率百パーセント。やめよう。


「あの早く出せるやつは?」

「カツ丼だね」

「焼き魚定食とか」

「カツ丼だね」


 駄目だ。カツ丼以外出さないわ。仕方なくカツ丼を頼むと、お婆さんはヨタヨタと歩きながら去っていった。


 グルメはこういうのも楽しみにしていると思うのだが、私の場合はこういう店に来ると必ず失敗するというジンクスがある。一体どんな料理が出てくるのか不安で水も喉が通らなかった。


「はい。おまちどう」


 お婆さんは予想以上に早く持ってきてくれた。冷凍食品だろうか。


 だったら安心だ。手作りよりは危険度は少ない。見た目は完全にカツ丼だから、久しぶりにまともなものが食べれるかもしれない。


 そう思ってカツを一口食べた。


 生ゴミの味がした。思わず食べかけのカツを箸からこぼれ落ちてしまった。


 何なんだ。これは。一体どういう調理をすればこんな味がするんだ。


 脂っこいとか、衣だらとか、スカスカとかそういう次元ではない。もう食べ物じゃない。消費期限を遥かに越えた肉と衣と卵を混ぜて揚げたやつだ。


 今すぐペッとしたかったが、私の理性と倫理がそれを制していた。チラッと隣を診るとお婆さんは満面の笑みで「美味しいかい?」と聞いてきた。


 私は軽く頷きながらどうにか飲み込んだ。これを全部食べなければならないと思うと涙が出てきた。


 寄りにもよってご飯が大盛りにしてあった。これが冷凍なら最高だが、どんなお米を使ったのか、常識を逸した味がした。まるで芋虫でも潰しているかのようなご飯を食べながら生ゴミカツを喰らうという最悪の悪循環を繰り返して、どうにか完食した。


「お、お勘定……」

 

 今すぐリバースするのを堪えながらお財布を取り出した。お婆さんは「うーんとね。一万円だね」と耳を疑う金額が聞こえてきた。


「い、一万?」

「そうだね」

「ほ、ほ、ほんとうに?」

「うん。豚は最高級のを使っているからね。それくらい出さないとね」


 豚の品質より食材の管理を何とかしろよと突っ込むのを堪えて財布を取り出した。こんなゴミに一万円を出すなんてまっぴらごめんだが、お婆さんの目つきが山姥みたいに恐ろしくなったので、渋々万札を出した。


 お婆さんは嬉しそうにお金を受け取ると「ほーら、店じまいだ。帰った!」と虫みたいに追い払われてしまった。


「うっぷぼえぇぇぇぇぇぇ……」


 もうこれ以上限界だったので、ピシャリと閉められたドアの前で豪快に嘔吐した後、自販機で水を買ってそれを飲みながら会社へと向かった。


 もう二度とあの路地裏には行かないと決意した。



※次回、『会社までお弁当を持っていくのは命がけ』をお送りします。

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