ヒロインだから許される
「私はヒロインなの! だから何をしたって許されるわ! だって私がこの世界の主人公なんだもの!」
「あら、貴方もヒロインなの?」
「え?」
ロクサーヌ・ブランチェッタ侯爵令嬢は、最近うるさく飛び回る蠅を潰していた。
「高位貴族の令息ばかりを狙ってアプローチして、そのことを責められたら、その言い訳。流行っているのかしら?」
「何を言って……まさか! アンタも転生者なの!?」
「テン、何?」
「しらばっくれてるんじゃないわよ!」
「うるさいわねぇ。アリア、やってちょうだい」
「ハイ、ロクサーヌサマ」
ロクサーヌの代わりに前に出てきたのは、彼女よりも小柄な女性だ。
ロクサーヌの侍女かと思ったのだが、先程までヒロインを名乗っていた子爵令嬢はその姿に目を見開いた。
ピンクブロンドの髪に可愛らしい容姿、アリアという名前。
「え? アリアって……まさか本物のヒロイン……?」
「あら、ヒロインに本物や偽物があるのかしら?」
「アンタ、本当に何も知らなっ!?」
アリアと呼ばれた少女は、子爵令嬢の髪の毛を掴み前を向かせる。
「何するのよ! アンタ、ヒロインのくせに悪役令嬢に媚びを売って、おぐっ!?」
アリアは子爵令嬢の腹を容赦なく殴りつける。
「がふっ……ごほっ、ごほっ」
髪の毛を離された後、腹部を襲った痛みに咳き込む子爵令嬢。
「何を、して」
「私はヒロインだから何をしても許されます」
「え?」
バギィ! と、さらに容赦なくアリアは子爵令嬢を蹴り抜いた。
「ぎゃっ!」
地べたを這う子爵令嬢に、そのままアリアが上乗りになり、殴り始める。
「い、いや! 何! やめて、嫌!」
「…………」
「アリア! 貴方、アリアなんでしょ!? 学園に居ないと思ったら何でこんな……!」
「私はヒロインだから何をしても許されます」
「は……? ぎゃっ!」
殴られ、蹴られ、息も絶え絶えになるまでそうされた後、ようやく子爵令嬢は解放された。
「う、ぅ……なんで、アリア?」
「貴方、アリアのことを知っているのね。同じようなことを言っているし。知り合いだったのかしら?」
「う……な、何を……貴方、アリアに何をしたのよ、彼女は」
「アリアもね。貴方と同じようなことを言っていたわ。『私はヒロインだから何をしても許されるの、この世界の主人公なんだから!』って。私はね、それを聞いて思ったの」
「思った……?」
一体何を。
「何をしても許されるなんて素晴らしいわ! ってね。だから彼女を雇って私の従者に『仕立て』あげたの。ほら、何をしても許されるなら、汚い仕事をしてもらうのが一番でしょう?」
「は……? 汚い、仕事?」
「だから、色々とアリアには仕事をしてもらっているわ。ね、アリア?」
「ハイ、私はヒロインだから何をしても許されマス」
子爵令嬢はアリアの目を見て、ひゅっと息を呑んだ。
その目には心が宿っていないように見えた。
自我を失ったか、或いは魂を失ったか。
尋常ではない状態で。
洗脳されているのか、何か酷い目に遭って塞ぎ込んでしまったのか。
「ヒロイン? っていうのは社会の常識や、他人への罪悪感を持たない人間で、その上でこの国や世界? への帰属意識が薄いらしいわね。だからこそ汚い仕事をさせるのに最高の人材なのよ。それで? 貴方も『ヒロイン』なんですって?」
「あ……」
「ちょうど良かったわ! アリアのような手駒がもっと欲しいと思っていたのよ。ふふ、アリアの時の調教記録があるから、もっと早くに仕上げられるわね」
「い、いや、私、私はヒロインの友人、で……」
「そ。アリア、良かったわね、お友達よ」
「違、違う……!」
「この子を地下室へ運び込んでちょうだい、アリア」
「ハイ、ロクサーヌサマ」
「いや、いや、やめて、アリア、やめて!!」
アリアはボロボロの状態の子爵令嬢の足首を掴み、引き摺っていく。
「いやぁああああああ!!!」
どんなに叫んでもアリアが手を緩めることはない。
「私はヒロインだから何をしても許されます」