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弱い者いじめ

 あるパーティーの日、一人の令嬢が4人ほどの高位貴族の子女に囲まれて、暴言を吐かれて泣いていた。

 泣いていたのは男爵家の令嬢だ。


「貴方なんか、平民のようなものでしょう? よくもまぁこのパーティーに参加出来たわね?」

「まったくだ。品位も下がったものだよ、君のような者が来るなんてな」

「わ、私は……」


 身分の差が激しい王国では、下位貴族がこのような目に遭うことも多い。

 しかし、その日は違った。


「貴方たち、随分と見苦しい真似をしているわね? 即刻おやめなさい」


 ロクサーヌ・ブランチェッタ侯爵令嬢がその場に現れて、男爵令嬢を泣かせていた数人の貴族子女たちを止めたのだ。


「ブランチェッタ侯爵令嬢……? 何をおっしゃるのですか、このような者を庇われるなど」

「そうですわ! それでも侯爵家の娘なのかしら?」


 両者は言い合いになるも、そこはやはり身分差のある国。

 この場で最も高位であるロクサーヌの言い分に、虐めをしていた者たちは引き下がるしかなかった。


「ふん……。少し場が白けました。我々はもう行きます」

「そうですわね。ロクサーヌ様、あまり下位の者に目を掛けてばかりいては、その立場を失いましてよ?」


 そう言葉を残して立ち去ろうとする、弱い者いじめをしていた四人の貴族子女。

 そこで彼らが立ち去るのを見送り、未だその場にうずくまり泣いている男爵令嬢に手を差し伸べて弱者を救い、めでたしめでたし。


 遠巻きにその光景を見ていた者たちはそうなるだろうと予測した。

 それでも、これからロクサーヌがどう評価されるかは分からない。

 正義感の強さで、下位の者にまで気を配るようなら、その甘さが貴族社会では命取りになることもある。

 付けいる隙があるからだ。

 ロクサーヌ相手には泣き落としが通じて侯爵家の資産を奪えるかもしれない。


 貴族とは、優しいだけでは、正義感だけではやっていけないものなのだ。

 などと周りには考えられていた。

 立ち去ろうとしている四人の貴族子女も同じだ。


 むしろ、彼らの標的はロクサーヌ・ブランチェッタに切り替わった。

 これから彼女の悪評を広めてこらしめてやろうとさえ思っている。

 今はロクサーヌに庇われた男爵令嬢も後で手を回して、より屈辱を味わわせてやろうと。

 そんな風に考えながら、立ち去ろうとしていた。


 だが。


「──お待ちなさいな。誰が立ち去っていいと言ったの?」


 ロクサーヌは、四人の貴族子女が立ち去るのを止めた。

 その言葉に溜息を吐く彼ら。


「おや、まだ何かあるのですか? ブランチェッタ嬢」


 やれやれ、『弱い者いじめは良くない』などという正義の説教でも始まるのかと。

 四人は振り返り、ロクサーヌを見る。


「貴方たちは、もしかしてこう思っている? 『弱い者いじめは良くない』なんて」

「……はい?」


 ロクサーヌの発言に首を傾げる。


「それは間違っているわ。『弱い者』は虐げたっていいのよ、いくらでも」

「え……?」

「は……?」


 ロクサーヌが何を言っているのか、彼らは理解出来なかった。

 だが、ロクサーヌは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「……では何故、先程は我々を止めたのです?」

「そうですわ、ロクサーヌ様。言っていることがおかしいではありませんか」

「あら、何が?」

「ですから、弱い者は虐げてもいいなら」

「それは貴方たちが不快だったからよ」

「……不快」

「ええ、だから弱い者いじめを『する』の」

「は??」


 彼らは本当に分からないといった風にロクサーヌを見る。


「一体何を……」

「まだ理解出来なくて? 『誰が』弱い者なのか」

「は……?」


 彼らは、涙目になり、うずくまっている男爵令嬢を見下ろす。


「ふふ、ふふふ。どこを見ているの? 違うでしょう? ああ、分からない? そうよね、だってここには鏡がないもの」

「鏡……?」


 ロクサーヌはニィィッと笑った。

 口元が両端から裂けているような凶悪な笑みだ。


「ひっ」


 何かがおかしい。

 そう気付いた時には、もう遅い。


「弱い者は、どれだけでも虐げていいのよ。そして貴方たちはこの私を不快にさせた。それは罪ではなくて? であれば罰を与えねばなりませんわ」

「え、え……?」

「弱い者とは、貴方たち。弱い者は虐げられるの。いじめられるの。これからもずっと」


 ひゅっと息を呑む音が四人の口から鳴った。


「囲まれた程度で泣き出す男爵令嬢を見下して、虐げて、それで満足していて大丈夫? 『上』を見なくていいのかしら? 貴方たちは最も偉いの? 貴方たちは最も悪いの? 貴方たちより敵に回してはいけない悪党が居るって……そうは思わなかった? 自分たちが食われる側だと、狩られる側だと、気付かなかった?」

「あ、あ……その」


 背中にだらだらと冷や汗を流しながら、四人は震えた。


「今日のことを見ていた人々はね、きっとこう思うの。私がこれから貴方たち四人をどれだけ虐げていたって『彼らの自業自得だ』と。だって、貴方たちの先ほどまでの振る舞いを皆さん見ていらしたもの。だからね? これからの私には正義がある。そう、どれだけ貴方たちを虐め抜いたって! 私は許されるのよ? 貴方たちのことはもう皆が見捨てている。『ロクサーヌ・ブランチェッタに目を付けられた』から! 貴方たちを庇おうとする者は皆、同じ目に遭わせるわ? 私を不快にさせた者、私を敵に回した者、それらがこれからどんな目に遭うか。貴方たちを虐げて、虐げて、私はそれを証明しましょう」

「う、あ……」

「あああ……」


 四人はロクサーヌの言葉と迫力に屈し、とうとうその場でへたり込んでしまった。


 そのやりとりを見ていた周りの貴族たちは、先程までのロクサーヌへの評価を改めるしかない。


「あらあら。座り込めばそれで終わりだとでも? まだまだ、これからがお楽しみよ? ふふ、ふふふふふ、あはははは!」

「ひ、ひぃ……!」


 ゾッとするような笑みに四人はとうとう泣き出してしまう。

 だが、それで終わることはなかった。

 彼らは、これから地獄のような日々を送ることになる。

 そして誰もが思うのだ。


『ロクサーヌ・ブランチェッタは敵に回してはいけない』と。


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― 新着の感想 ―
この泣いていた男爵令嬢もロクサーヌの仕込みのような気がします(・・;
貴族社会って割と舐められたらコロスの世界なのでこの対応割と普通なんですよね…武士や騎士もそこから生まれてるので基本舐められたらコロスんだよなぁ…(古今東西の歴史やってるとすぐそういう話になるんですわ)
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