⑤エコちゃん
三毛ちゃんが旅立って、中林家に二十年ぶりの猫空白期間がやってきました。
日色が一人暮らしを始めたことで、正さん・小百合さんの夫婦二人暮らしになり
ましたが、程なくして日和が里帰り出産で長男と共にやって来たため、 四人の
賑やかな生活のせいでペットロスに陥っている暇はありませんでした。
赤ちゃんとの生活のため住環境も大分整えられていましたが、猫達の写真、爪と
ぎされてボロボロになった家具など、猫と暮らしてきた痕跡が家のいた るとこ
ろに残っていました。
「お母さん、三毛ちゃんロスはもう大丈夫?」
「完全に平気ってわけじゃないけど、今はそれどころじゃないわね。
楽くんかわいいし、いろいろお世話させてくれるから、ばあば業が充
実しててもう……」
「息子共々、ありがとうございます。
あと一ヶ月ほど、よろしくお願いします」
「気にしないで、頼ってくれてうれしいんだから」
新生児のお世話だから大変じゃないわけないんだけど、張り合いにしてくれてい
るようでよかったと、日和はほっとしました。
「がっくん、またすぐ遊びに来てね~~」
「お母さん、近くだし、ちょくちょく寄らせてもらうから」
「ばあば、待ってるからね!
気をつけて帰ってね~~」
名残惜しそうに見送る小百合さんを横目に、日和は楽を乗せて数か月ぶりの自宅
に帰りました。
楽が寝付いた後、日和は夫の拓に里帰り中の話をたっぷり聞いてもらい
ました。
「お義母さん、離れがたかったんだね。
新しい猫飼うのも、時間の問題かな?」
「しばらくは楽としょっちゅう遊び行ったり来てもらったりになるから、すぐ飼
うってことはないと思うけどね。
でも三毛ちゃんが死んで日色も家出たから、お父さんと二人暮らしでしょう?
お母さん絶対寂しいだろうから、猫のいない生活にどこまで耐えられるか
なーーなんて」
「そんなこと言って、飼ってほしいのは日和の方なんじゃない?
うちじゃ飼えないし、遊びに行って猫触れたら、かわいがるだけのいいとこ取
りだし」
「まあ、その狙いはかなりあるよね。
でも楽がもうちょっと大きくなってからじゃないと、猫の方がかわいそう」
二人は勝手な想像をしながら、大人のトークタイムを楽しんでいました。
それからまた時が流れて、楽も二歳になり、目が離せない&自己主張が強くなっ
てきました。
先日の楽のバースデーパーティーの写真を届けに日和と楽が実家にやってくる
と、リビングの一角に、巨大なキャットタワーがそびえていました。
「うわ、何これ!?」
「ついに、新しい猫ちゃんをお迎えしました!」
小百合さんはサプライズしたかったのか、やってきた私達に愛猫を紹介してくれ
ました。
「!
ニャーニャー」
楽は子猫を見て、すぐさま反応しました。
「ロシアンブルーちゃんじゃん!
ペットショップ?」
「そう、お父さんと一緒に立ち寄ったペットショップで、一目ぼれしちゃってね……。
まあ、売れ残っててお得だったっていうのも大きかったんだけど。
孫は成長して手が離れていくけど、ペットのお世話するには元気なうちがいい
と思ってね」
小百合さんはやっぱり猫を飼いたいと思っていたようでした。
「で、この子の名前は?
灰ちゃんかな、いや青ちゃん?」
歴代の猫達が見た目などわかりやすい名前だったので、日和は予想しました。
「エコちゃん。
ねこのローマ字NEKOから、Nマイナスして、エコちゃん。
地球に優しそうでしょう?」
共感はしかねましたが、小百合さんなりに考えてその名前になったんだなという
ことはわかりました。
売れ残っていたというエコちゃんは、生後半年を過ぎているそうです。
年齢的には楽よりお姉さんって感じかな、と日和は推測しました。
小百合さんと正さんも若くはないので、ケンカや事故や失踪のないように完全な
家猫として飼うため、タワーやケージ、キャリーバッグなど必要な物 を店員
さんに聞いて買ってきたそうです。
エコちゃんはとてもやんちゃですばしっこく、つかまえたりなでたりするのも一
苦労でした。
「元気いっぱいで、なにより!」
久しぶりの子猫との追いかけっこに、日和もテンションが上がります。
動物とあまり接したことのない楽は、エコちゃんにとても興味を示し、エコちゃ
んの姿を見つけると、自分のベロを上向きにペロっと出してうれしい時 の反応
を示してくれました。
「楽もうれしいんだね!
猫ちゃん、かわいいよね~~」
楽が触りに行こうとしても、エコちゃんの動きが俊敏なので、全くかないません。
楽はくやしそうな顔をしますが、反骨精神が乏しいタイプなので、すぐに諦めて
いる様子でした。
そんな楽の性格は猫にとって、追いかけまわされるよりほっといてくれるのでス
トレスにならないかもしれません。
「楽がエコちゃんをなでなでできるのは、いつになるかな~~??」
日和も小百合さんも目を細めて、小さくて愛しい存在達を見守りました。
それから一年くらいすると、エコちゃんも楽もお互いの存在に慣れて、程よい距
離感で共存できるようになっていました。
楽の諦めの早い性格が幸いして、エコちゃんにしつこくして嫌われる心配はあり
ませんでした。
日和や小百合さんがよく猫をなでたり、びっくりさせないように優しく話しかけ
ている姿を見て、自然と学んでいるのかもしれません。
「ママもばあばも、猫大好きよね」
そんなうれしいおしゃべりもしてくれます。
実は楽、猫のことが嫌いじゃないんだけど得意でもないんじゃないかな、と最近
思うようになりました。
エコちゃんがじゃれて爪を立てて走り回ったりしている時は、本当に驚いて怖
がっているのです。
普段はおっとりしていても、ふと野生のスイッチが入ったりすると獣らしさを出
してくるので、純粋にそれを感じ取っているようです。
この前は、三人でテーブルでぬり絵をしていたら、暇を持て余したエコちゃんが
いきなりテーブルの上に飛び上がって色鉛筆にじゃれついたのですが、 「う
わーー、エコちゃん、やめてっ!!」と本気で抗議していました。
大人達は猫歴が長いので猫の行動一つ一つがかわいくておもしろいのですが、猫
経験の浅い楽は本当に純粋な反応を見せてくれて、それがまた新鮮で ほっこり
します。
エコちゃんは日和が猫好きでよくなでてくれる人だとわかっているのか、日和と
楽で玄関に行くと出迎えてくれて、ごろにゃんと横になってたっぷりと なでさ
せてくれます。
そういう時は、楽も一緒に一撫でしてくれたりします。
幼い楽は午後必ず昼寝をするので、小百合さんに作ってもらった昼食を食べて、
歯磨きをして、日和が食器洗いを終える頃にはうとうとしてくるので、 背中を
トントンします。
そのタイミングになると、決まってエコちゃんがトロンとした顔つきで甘えてく
るので、日和は片手でトントン、片手でなでなでを同時にしなければな りません。
背中トントンに焼きもちを焼いてくれるのか、愛いヤツ、と思ってしまう
日和です。
小百合さんの情報によると、みんなが昼食を食べ始まったタイミングでエコちゃ
んもご飯を食べに行っていることが多いらしく、単なる偶然かもしれな いけ
ど、ひょっとしたら家族と寝食を共にしてくれているのかなあなんて考えちゃっ
たりします。
これから寒くなってきたら、楽の昼寝も毛布になるから、そしたらエコちゃんも
大好きな毛布で丸くなって近くで寝たりするかもしれません。
実家に行くことで小百合さんの話し相手になりながら、楽の居場所提供もさせて
もらいつつ、日和自身もエコちゃんに触れられる癒しの時間にもなって いて、
猫を飼い続ける中林家での日々は今でも欠くことのできない大好きな場所なので
した。
日色がたまに帰ってきていると、エコちゃんを日色の部屋に独占されてしまって
全く触れられない時もありますが。
エコちゃんを家族みんなが仲よくシェアできるよう、そこは譲りあいの精神で、
しょっちゅう来てる日和は、たま~にの日色に譲らなくってはかなあ。
家族が、猫が、共に長く健康的な生活を営んでいけるように!