④雪(ゆき)ちゃん
三毛ちゃんを飼っている間、雪ちゃんという猫も飼っていた時期がありました。
雪ちゃんは、三毛ちゃんの娘です。
もらい手に恵まれなかったため、一緒に飼うことになったのでした。
雪ちゃんは、生まれた時から中林家で育ちました。
生後まもない子猫は本当に小さくてかわいくて、母猫の機嫌を伺いながら、日和
も日色も触ったり抱っこしたりしていました。
雪ちゃんは、ほんの少しなでただけでもすぐにゴロゴロしれくれる子で、すごく
かわいかったです。
くすぐったがりなのか甘えん坊なのか、子猫の頃から魅了されていた気がします。
雪ちゃんは額の辺りにうっすらとグレーの点がありましたが、成長と共に点は消
えてほぼ真っ白な猫になりました。
雪のように真っ白な猫で、家族からは自然と雪ちゃんと呼ばれていました。
そして、雪ちゃんの最大の特徴はオッドアイで、左右の目の色が青と黄でした。
ただ、メス猫だっためか売れ残ってしまい、結果三毛ちゃんと親子一緒に中林家
で暮らすことになったのでした。
元は親子でもやはり自立するものなのか、仲はよくも悪くもなく、二匹とも本当
にマイペースに過ごしていました。
後に雪ちゃんも不妊手術を受けるのですが、その時動物病院の先生が雪ちゃんを
診て、
「この子は、耳が聞こえているね」
と言いました。
先生の話によると、オッドアイの白猫は結構な確率で聴覚に障害を持つことがあ
るということでした。
健康に恵まれたことは、本当にありがたかったです。
雪ちゃんは好きと嫌いが激しい性格で、中林家で大のお気に入りだったのは、日
色でした。
「雪ちゃーーん、ただいまーー」
「ニャア~~ン」
当時中学生だった日色が部活から帰ってくると、雪ちゃんは日色の部屋に入り
浸って、下手したら食事とトイレ以外の時間は生活を共にしているよう な、そ
んなラブラブぶりでした。
「雪ちゃんは、日色命だね。
まあ、三毛ちゃんもいるし、いっか!」
日和はそんな風に言って、もう雪ちゃんは日色のものくらいに思って、気にしな
いようにしていました。
そんなある日、大人になった雪ちゃんが妊娠して、二匹の子猫を出産しました。
日色大好きな雪ちゃんは、当然一番の居場所である日色の部屋を出産場所に選ん
だのですが、彼女が学校に行っている間に押入れの中で産んだようで す。
「ただいま~~。
雪ちゃん、子猫産まれたって??」
いつもの様子で帰ってきた日色は、家族から雪ちゃんが押入れで産んだことを聞
くと、血相を変えて飛び込んできました。
「なんで!?
押入れには、お気に入りの服がしまってあるんだよ!?
いくらなんでも、ありえない!!」
そうキレ気味に叫んで、さっさと子猫を別の場所に移動させ始めました。
「フーーッ!!!」
子猫を産んだばかりで神経質になっていた雪ちゃんは、大好きな人の暴挙が理解
できず、毛を逆立てて怒りまくります。
「雪ちゃん、無理なものは無理!!
押入れには絶対入っちゃダメ!!」
日色と雪ちゃんの激しい攻防があって、最終的に、雪ちゃん親子には奥の納戸の
スペースに引っ越してもらいました。
このことは雪ちゃんのなかでトラウマ的体験となり、日色の存在は、大好きな人
から大嫌いな人へと180度転換したのでした。
敏感な雪ちゃんは、日色の自転車が家に入ってくる音が聞こえただけで、その場
から身を隠すようになりました。
雪ちゃんの子猫達が引き取られて、不妊手術から回復しても、雪ちゃんの気持ち
が変わることはありませんでした。
「もう、雪ちゃんから三毛ちゃん推しになったから、雪ちゃんのことは好きにし
たらいいよ」
日色も、雪ちゃんとの関係性を再構築しない、というかできない状態だとわかっ
ていたので、日和にそういう風に言ってくれました。
その隙を突いて日和は、雪ちゃんと仲良くなれるようアプローチし始めました。
「ゆ~~き~~ちゃん!!」
雪ちゃんは、それはそれは用心深い猫だったので、追いかけたりはせず、少し離
れた場所から優しく呼んで手招きすると、周りの様子を伺いながら、恐 る恐る
近づいてきました。
周囲や日和の様子が安全だとわかると、「ニャア~~ン」と甘えた声を出して、
これでもかとすり寄ってきてくれます。
神経質だけど、慣れると全力で甘えてくる。
そのギャップがたまらなくって、日和はたちまち雪ちゃんの虜になりました。
日和が部屋にいて日色が家に不在だと、すごい勢いで甘えてきて、ゴロゴロの音
もとても大きくて、朝まで日和の布団で一緒にぐっすり寝ることも結構 ありま
した。
たまに日色がそのことに気づくと、不敵な笑みを浮かべて布団に近づいてくるこ
とがありましたが、感のいい雪ちゃんはそれに気づいて脱兎の如く逃げ 出して
いくのでした。
ちなみに、雪ちゃんは穏やかな人が好きで、この頃高齢でこたつにあたって昼寝
をしたりテレビをみたりするヨイさんのことももちろん大好きで、よく 体を預
けて丸くなっていました。
雪ちゃんと相思相愛になれてハッピーだった日和ですが、進学で家を出ることに
なり、愛の生活は長くは続きませんでした。
帰省する度に、雪ちゃんの人見知りは復活してしまうのですが、慎重に距離を縮
めていくと、やはり思い出してとてもなついてくれるのでした。
学校を卒業する日が近づいて雪ちゃんとの再会を楽しみにしていた日和に、ある
冬の日、小百合さんから連絡がありました。
「雪ちゃんが……」
それは、雪ちゃんの訃報でした。
小百合さんによると、ある寒い朝トイレに起きて二階の窓から道路を見下ろした
時、隅っこに白っぽい塊が見えたそうです。
寒かったし、眠かったし、雪でも降ったのかなあと思って、また布団で二度寝し
たそうです。
白い塊の場所は家族の通勤・通学とは反対の方向だったようで、時間のない朝い
つも通りに出発して異変に気づけなかったそう。
夕方帰宅して、ヨイさんが雪ちゃんが家にいないと言うので小百合さんが周辺を
探していたら、近所の人が早朝に道路で轢かれて死んでいた白猫のこと を教え
てくれてわかった、ということでした。
小百合さんが寝ぼけまなこに見た白い塊は、積雪ではなく雪ちゃんの遺体だった
のです。
近所の人は雪ちゃんが飼われていた猫だとは知らなかったので、早々に役所に連
絡して、遺体処理を済ませてしまったとのことでした。
「雪ちゃんに気づけなっくて、ごめんね」
小百合さんに謝られましたが、日和だって遠方にいるし、実家だったとしても気
づけたかはわかりません。
慎重な性格の雪ちゃんは、歩道や道路に行くことは滅多にありませんでしたが、
よその猫とケンカでもしていたかなにかの事情があって、交通事故に 遭ってし
まったのでしょう。
学校を卒業して実家に戻ってすぐ、日和は雪ちゃんが亡くなったという場所を訪
れて、手を合わせました。
およそ五年、一緒に過ごせた時間は決して多くはありませんでしたが、心からの
ありがとうを込めて、日和は祈りました。
雪ちゃんがいなくなってしばらくの間、三毛ちゃんも寂しそうに過ごしていたそ
うです。