表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

③三毛(みけ)ちゃん

愛ちゃんが旅立って半年、日和も日色も、中学校・小学校をそれぞれ卒業しました。

三月の春休み、日和は古巣の卓球部へと足を運びます。

部の恒例行事の送別会レクの日で、1~3年生参加でペアを作って楽しみながら

卓球をしてお別れする日です。

卒業式以来会う子もいて、日和は待ち切れなくて早めに着いておしゃべりしてい

ました。

みんながそろいかけた頃、なにやら騒がしい様子が見えました。

「どうかしたの?」

気になった3年生が2年生に聞いてみると、

「あの、なんか1年生の子が、行きがけに子猫拾って来ちゃったみたいで……」

人だかりの方を見ると、確かに、箱の中に子猫が一匹入っているのが見えます。

「マジか~~。

 で、その子が猫飼うの?」

拾ってきた1年生の子が、説明しに来ました。

「先輩、すいません。

 途中で子猫が二匹捨てられてて、ちょっとその場にいたら、近くの人がオスの

子猫だけもらっていったんですよ。

 でも、残された三毛の子はメスだから、その場に一匹だけになっちゃったか

ら、なんか置いていけなくって……」

朝から、大変だったようです。

「で、その子猫は、あなたのおうちで飼うの?」

「それが、家の人に許可もらってないんで、今日帰ったらお願いするつもりなん

です。

 でもいきなり連れてっちゃったら怒られると思うんで……。

 日和先輩、学校から一番家が近いから、一晩だけ預かってもらえませんか!?」

ええええーー!!

いつの間にか子猫騒動に巻き込まれていて、日和は顔が引きつってしまいました。

「お願いします、先輩!!

 必ず説得しますんでっ」

愛ちゃんもいなくなって、今は猫もいないから預かれなくもないが、これって後

輩のおうちでダメだった場合うちで飼うってことにならないか い……??

複雑な心情に駆られながら、目の前で頭を下げ続ける後輩に情けをかけ、日和は

承諾しました。

「ありがとうございます、先輩!!

 帰ったらすぐに頼んで、連絡しますねっ」

後輩は目を輝かせて、先生に事情を説明してレクの活動に入りました。


幸い、送別会レクは午前中で終わるので、日和は慎重に子猫の入った箱を持ち帰

りました。

いきなり愛ちゃんをもらってきた正さんと同じことをしてしまっている気分です。

「お姉ちゃんおかえり~~。

 何、その箱?

 って、子猫じゃーーん!!」

春休みで家にいた日色は、いい反応をしてくれます。

「なんだいあんた、勝手に猫拾ってきちゃったんかい??」

ヨイさんにも、当然の反応をされました。

日和はレクでのいきさつを、二人に説明しました。

「そうだったんかい、それなら仕方ない。

 その子んちで飼ってくれるといいが」

「えーー、うちでもいいよ?」

日色は能天気なことを言いますが、ダメだった場合は、中林家で飼うか、後輩と

新しい飼い主を探すか、しなくてはいけません。

お母さんお父さん帰ってきたら、また説明しなくっちゃいけないんだよなあ……。

気が重くなりながら、子猫にご飯をあげなくちゃと思いました。

「この子、牛乳飲めるかなあ……?」

子猫は目は開いているものの、本当に小さくって、心配になりました。

スポイトはなかったので、小皿に牛乳を入れて目の前に置きました。

子猫はよくわからず、皿に前足を入れてしまったり、皿のふちをかじったりして

いました。

「こりゃ、スポイト買ってこなきゃかな……」

しばらく見ていると、子猫は舌を出してペロッと牛乳をなめ、そこからはうまく

飲むことができるようになっていました。

「よかった~~。

 とりあえず、一安心」

そこからは猫中心に過ごし、夕方帰ってきた小百合さんに子猫の報告をし終わっ

た頃、後輩から電話がかかってきました。

「先輩、ごめんなさい……。

 親に言ったら、絶対にダメって反対されちゃって……。

 先輩んちで飼えないか聞いてみなさいって言われたんですが、先輩、どうで

しょうか……?」

ほぼ予想通りの展開になって、日和は、近くにいた小百合さんに聞いてみました。

「お母さんは、いいよ?

 でも、お父さんには、自分の口からきちんと説明してね」

ですよね……。

「もしもし?

 うちのお母さん、飼っていいって。

 だから、うちで飼うことにするね」

「本当ですか!?

 先輩、マジで感謝です~~!!」

後輩の子に激烈感動されて、日和は受話器を置きました。

家族の夕飯の後、遅れて帰ってきた正さんに、日和は事後報告しました。

「ふ~~ん、わかった。

 愛ちゃんの後釜ってことで、いいんじゃないか?

 ただ、世話はお母さん・おばあちゃん任せにしないで、日和も責任持ってやる

んだぞ?」

「はい!」

正さんは思いのほか好感触で、三毛の子猫は中林家で飼われることになりました。


「この子の名前、決めなくっちゃね」

次の日、小百合さんが姉妹に言いました。

「そっかあ、名前決めなきゃだよね」

「なんにしよっかあ。

 うーーん、いいの、思い浮かばないなあ」

愛ちゃんの名付けの時とは打って変わって、思春期も迎えて猫にも慣れっこに

なっていた二人は、すっかり熱量を失っていました。

「三毛猫で和な感じがするから、ザ・猫の名前って感じでもいいんじゃない?」

小百合さんは二人のサポートになるよう助言を出します。

「じゃあ、三毛ちゃんはどう?

 みけちゃん、みいちゃんにもなるし」

「わかりやすい、呼びやすい、かわいい!

 三毛ちゃんに決定!」

といった即興のノリで、三毛ちゃんの名前は決まりました。


三毛ちゃんをもらってから二週間くらい経ったある夕方、日和が学校から帰って

くると、小百合さんが心配そうに言いました。

「三毛ちゃんが、いなくなっちゃったのよ」

ヨイさんに聞いてみると、昼寝の前は家にいたようです。

「じゃあ、午後遠くに遊びに行っちゃったのかなあ?

 少し探してみるね」

日和は家の近くを、日色は家の中を探してみましたが、見当たりません。

「とりあえず、夜ご飯食べちゃいましょ!」

静かで重い雰囲気のなかみんなでご飯を済ませると、ヨイさんに留守番しても

らって、三人はライトを点けながら近くを探して回りました。

「!

 ねえ、今鳴き声聞こえなかった!?」

ニャア~~ン。

耳を澄ますと、かずかに子猫の鳴き声が聞こえます。

鳴き声がする方に注意深く近づいていくと、大通りの反対側の、お向かいさんの

庭木の上の方に、三毛ちゃんがいるのが見えました。

「なんであんなところに!?」

「さあ、車にびっくりして、道路渡って木に登った後、降りられなくなっちゃっ

たんじゃない?」

真相はわからないけど、降りられなくなってるのは事実です。

「お母さん、うちからはしご持ってきて。

 日色は、三毛ちゃんのところにいて。

 私、お向かいさんに猫助けるって話してくるから!」

日和はとっさに指示を出しました。

お父さんまだ帰ってこないし、うちらでなんとか三毛ちゃんを助けないと……!

日和はお向かいに住むおばあさんに手短に説明して許可をもらい、小百合さんに

支えてもらったはしごに登って、日色が照らすライトの先の三毛ちゃん に向

かって、両手を伸ばしました。

「おいで、三毛ちゃん!

 もう少しだよっ」

三毛ちゃんは恐る恐る少しずつ下がり、日和の腕に懸命に爪を立ててつかまりな

がら、なんとか確保することができました。

「お姉ちゃん、やった!!」

「すごいおびえてるから、このままおうちに持ってっちゃうね!!」

車の通りを確認してから、ダッシュでおうちに転がり込むと、三毛ちゃんは一目

散にほりごたつの中に入り込んで、しばらく出てきませんでした。

ヨイさんにも経緯を説明すると、とても安心してくれました。

後から二人も家に入ってきて、三毛ちゃんの様子を確認して、ほっと胸をなでお

ろしました。

「木の上から降りられなくて、通りの車も多くて、すっごく怖かったと思うよ」

「三毛ちゃん助けた時に引っかかれた腕の傷、すごい」

日和は腕まくりをして、みんなに両腕の傷を見せました。

「うわ!

 あと残りそ~~」

「名誉の負傷だね。

 三毛ちゃんの、命の恩人だもんね」

「これに懲りて、道路行かないといいけど……」

このことは、三毛ちゃんにとって大きなトラウマとなったようで、その後大通り

を渡るようなことはすっかりなくなりました。


大人になった三毛ちゃんは、愛ちゃんよりも一回りは体が大きくて、はつらつと

して見えました。

狩りや遊びも、愛ちゃんに負けないくらい上手です。

体毛の三色のバランスは黒が多く、顔・背中・しっぽは黒か茶で、お腹や足先は

白でした。

小百合さんはよく、白い靴下履いてるみたいと、好ましく言っていました。

しっぽとおしりの茶の部分は、よく見るとしましまになっていました。

「ザ・三毛、ザ・ミックス、だね!」

「体もしっかりしているから、長生きしてくれるんじゃないかしら」

健康体に育った三毛ちゃんは、中林家でのびのびと生活していきました。


大人になって一年くらい経った秋頃でしょうか、三毛ちゃんのお腹には新しい命

が宿って、はちきれんばかりでした。

「もうすぐ、産まれそうだね」

出産用の大きめの段ボール箱も用意して、中林家では出産の日を待っていました。

ある休みの日、日和はこたつに入りながらマンガを読んでいました。

「ニャ~~、ニャ~~」

三毛ちゃんが、日和に近づいてしきりに鳴いています。

「どうしたの?

 陣痛で、お腹痛いの?」

日和は何度か背中をさすってやりました。

それから三十分くらいすると、こたつの中に入っていた三毛ちゃんが、何回か

「ギャア」と鳴きました。

そして、ミィミィ、子猫の鳴き声がします。

「え、まさか!」

日和がこたつの中をのぞくと、子猫が一匹産まれていて、三毛ちゃんがなめてケ

アしているのが見えました。

「マジか~~。

 まあ、三毛ちゃん的には、こたつの中が安心安全だったのね」

日和は隅っこに移動して、三毛ちゃん親子にこたつを譲りました。

幼い頃から中林家で飼われていた三毛ちゃんは、中林家の家族やこたつを、本当

に心の拠り所にしてくれているんだなと実感しました。


三毛ちゃんは健康的で、初回の出産でも六匹ほど産んだことから、もらい手を探

すのに限界が感じられたため、早々に不妊の手術を受けさせることにし ました。

隣町に新しく開業した評判のいい動物病院の話を聞いたところだったので、早速

電話して予約を入れました。

普段自由にしている猫をつかまえるのは大変で、まず部屋を閉じて、二人がかり

で大きな洗濯ネットに入れて確保します。

その頃は猫用キャリーバッグも持っていなかったため、本当に骨が折れる作業で

した。

予告も通訳もままならず、身動きができない状態で車に乗せられた三毛ちゃん

は、ずっと不穏な鳴き方を繰り返しました。

車に乗せられた猫の恐怖はやはり尋常ではないのでしょう、時には足元で失禁さ

れたりすることもありました。

一泊二日の入院、退院した三毛ちゃんは大人しくて元気がありませんでしたが、

徐々にご飯を食べて、みるみるうちにいつもの調子を取り戻していきま した。


三毛ちゃんは飼い猫だけど、外にも自由に遊びに行けたので、基本的に自由気ま

ま、名前を呼んでも寄ってきてくれるようなことはまずありませんでし た。

ところが、十歳を過ぎた頃からでしょうか、家で過ごす時間が多くなってきました。

玄関に来客があると自分からその人の足元に寄って、右へ左へゴロンゴロン、か

まってアピールするようになったのです。

「三毛ちゃんも、人間の年齢にしたら立派なおばあちゃんだもんね。

 年とって丸くなって、人に甘えてなでてもらう方が得だって、思うようになっ

たのかもね」

ちょっとしゃがれた鳴き声の三毛ちゃん、人に呼ばれると「ニャア」と応えて

寄ってきてくれることが多くなって、かわいさに拍車がかかるのでした。


日和の方は、進学や結婚で家を離れた時期があったため三毛ちゃんとずっと一緒

ではありませんでしたが、残りの家族が大事にかわいがってくれていま した。

祖母のヨイさんも年齢を重ねて往生し、中林家の家族は三人になりました。

三毛ちゃんは歴代の中で最長寿の猫で、二十歳まで生きました。

高齢の変化も見られ、体の動かしづらさや目の見えづらさで動きも不自由になり

ましたが、トイレとご飯はがんばって自分の力で行って、他の時間は過 ごしや

すい場所で寝て過ごすようになりました。

日和がたまに中林家に立ち寄った時、「三毛ちゃ~~ん」と呼ぶとうれしそうに

鳴いて寄ってきて、日和のお腹の上に乗ってなでられるがままにゴロゴ ロして

いたのが忘れられません。

三毛ちゃんはゴロゴロからフミフミになると爪が出てしまい、その鋭い痛さに耐

えながらも、たくさんなでました。

ある冬の寒い日の朝、三毛ちゃんは眠りながら息を引き取っていたということです。

連絡を受けて、日和は静かに三毛ちゃんと最期のお別れをしました。

日和が十五歳でもらってきて三十五歳まで生きて、本当に大往生です。

それからほどなくして、日和は男児を出産しました。

わが子は三毛ちゃんにお目にかかれなかったけれど、日和のなかでは、命のリ

レーのように感じられました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ