城への道
貫かれていた。そう、貫かれていたのだ。私の後ろに隠れていた兵士を。
「驚きましたか?申し訳ない。なにぶん緊急事態でしたので。」
「い、いいえ、あり、ありがとう。」
「怖がらないで、もう大丈夫。ああ、貴方の美しい顔が汚れてしまいましたね。」
そう言ってハンカチを取り出した騎士は私の顔の血をぬぐう。触れられている所が熱い。
「?熱でもあるのでしょうか?顔が、真っ赤ですよ?レディ?」
なんでもないと誤魔化す。そして、次の安全そうな場所へと向かうことになった。再び馬に乗る。「はっ!」
白馬に乗った彼を見ているだけでドキドキしてしまう。私ってこんなに面食いだったかしらと、思うほどだ。私達はこの近くにある伯爵の城へと向かうことになった。辺鄙な場所に城を構えた少しおかしな伯爵。伯爵とは幼き日々より共に過ごしてきた。もう、かなりの老体であるのに未だに現役の騎士で、私に良くしてくれた。彼なら頼れる!もう、それにかけるしかなかった。
「……でぃ」
「レ……で」
「レディー!」
「あ!はい!」
「こちらの道、どちらへゆけば?」
「右にお願いします!」
道案内をしながら彼の温もりを感じていた。もし、叶うならばずっとこのままでも……。そう思った刹那、城へと辿り着いてしまっていたらしい。レェーネが馬から降りた。
「レディー、降りれますか?」
「あ、は……きゃ?!」
足を滑らせる。なんだか柔らかいような硬いようなものに包まれる。思わず瞑った目を、開ける。私は騎士に抱き抱えられていた。
「ご、ごめんなさい!」
直ぐに降りる。
「大丈夫ですよ。お気になさらず。」
紳士的で優しくて、なんて素敵なんだろう。そういえば名前を聞いていなかった。
「あの、名前は?」
「!!これは失礼しました。俺はレェーネと申します。以後お見知りおきを。」
と、一礼した。
「レェーネ様……私はウィルマ・ストーレー、一応、この国の姫です。こんなのでも……。」
それを聞いたレェーネは少し驚いた。
「ウィル、マ……姫!?」
「はい、私の名前に聞き覚えでも?」
「いえ、……少し旧知の友に、似たやつがいただけです。」
ニコリと笑うレェーネのその姿は、とても美しく、気高く、逞しかった。城の方を見る。まだ少し距離があるようだった。
「何故降りたのですか?」
「しっ!静かに!」
ウィルマはレェーネに抱き寄せられて何も言えなくなった。
「あ、あの?!」
彼が指さす方を見るとそこには武器を持った兵士達が戦っていた。
「ここまで敵兵が?!」
「そのようですね。これでは城へ入れそうも……」
「こっちです!」
ウィルマは草むらをずんずんと進んでゆく。レェーネはそれについて行くことしかできない。そして枯れた井戸を見つけた。ウィルマは井戸の中へロープを伝って降りる。レェーネも一緒に中へと入ってゆく。
「ここに隠し通路があるなんて……」
「はい!これを知っているのは私と、伯爵と限られた者のみなのです。」
ウィルマは胸を張って自慢そうにしていた。薄暗い井戸の中、レェーネははぐれないようにウィルマの手を握る。
「失礼。暗くてはぐれてしまいそうだったので……」
「い、いえ……。」
ウィルマの心は跳ねる。こんな殺伐とした現状なのに、心が落ち着いてくれない。
「レェーネ様……」
ここまで無事でいられたのは彼のおかげだ。そう思うとレェーネへの感謝と想いが溢れる。
ウィルマはそっとレェーネの手を握り返した。
「私……」
「?」
「私、貴方の事が……」
そう言いかけたウィルマだったが、レェーネは別の物に視線を向けた。
「レディ!見てください!出口です!」
「あ、ああ、そうですね!」
ウィルマは出口に気を取られているレェーネを見て、そっと彼への想いを押しとどめた。
「?どうかされましたか?」
「いえ、何も!ほほほほほっ!」
「?」
危ない!この人といると安全どころか危ない!ウィルマは正気に戻り、首を振って頬を軽く叩いた。
「確かこの先は伯爵の寝室のはずです!」
ウィルマ達は寝室へと突入する。するとそこに居たのは老年の男性と使用人達だった。
「姫?!」
「カートおじいちゃん!…………いえ、カート・ロザリエ伯爵!」
2人は顔を見合わせた。
「どうしてここに?!」
「敵に追われて……、おじいちゃん、戦況はどうなの?」
「……芳しくはない。そちらの御仁は?」
レェーネの姿をみてカートは高貴な身の人間であると察した。
「こちらは私が召喚いたしました。英雄です!」
ウィルマが胸をはってそう言うとカートは驚いた。
「成功したのか?!」
「はい!」
ウィルマは誇らしげに胸を張る。
「……高貴な方、どうかお願いします。この戦況を変えていただきたい!」
「!つまり、俺に戦場にでろと?」
「身勝手なお願いであることは承知です。されど、どうかお願いします。今、この国は滅びかけている。」
「構いませんが、ご老体。戦況は?」
レェーネは一通り聞くと腕を組んで考えた。
東の敵基地から兵士が来ており、南の防衛拠点が占拠されかけている。
「何故、南が?」
「東は崖故、平地の南から敵がせめて来ているのです。南を守っていただきたい。」
「……」
レェーネは黙った。
「レェーネ様?」
動かないレェーネに、ウィルマはそっと顔を覗き込む。
「引き受けてくださいますよね?」
ウィルマがそう言うとレェーネはニコリと笑い。
「お断りいたします。」
「そう、お断り……お断り?!」