sacrifice
Side Lealia
「体の調子はどうかしら、ララ?」
「大丈夫よ。別に変なところも何もないわ」
「それはよかったわ」
私は決まった量、ララに精霊薬を飲ます。たった少しも間違えてはいけない。神経を使う作業だが、彼はそれを片手間にしていた。それに、もう慣れたことだ。
「少しでも違和感を覚えたら、すぐに言ってね。これは、貴女の異能力でも全く治すことができないから。でも、確実に覚醒時期は早まるわ。そうすれば、勝機は高まる……」
「ええ、分かってるわ。体調には気を付けておくことにするわ」
「そうね、私は、貴女が死ぬのは嫌なのよ。知り合いが死ぬのは、誰だって嫌でしょう?」
「そうね。だから気を付けておく。私だって生きたいもの」
ララは私に穏やかな笑みを向けた。そういう表情をされると、罪悪感が澱のように降り積もる。
私と彼女たち九星の関係は、研究者と特別実験体。それが大前提なのだ。
「ねえリーリア。異能力って、なんだろうね」
「どうしたの、そんな突然」
「気になっちゃって。だって、異能力者はこの国にしか生まれないんでしょう?でも私はこの国の出身でもない。それを考えると、なんだか異能力が得体のしれないもののように思えてきて……」
「――覚醒すれば、異能力について、理解できるわよ。貴方は異能力を後天的に手に入れた。でも、大丈夫。貴方なら、きっと気に入る筈よ」
「貴女は、何か知ってそうね」
「……そうね。でも、詳しくは言えないわ。どこまで言っていいのか、それに関しての指示を受けていないの」
「そう……」
彼が、九星にどこまで知識を与えるのか。それに関しての指示を受けてない。多分、指示を受けていないという事は、何も言うな、という事。だから何も言わない。私は九星の皆が思っているほど綺麗な存在じゃない。むしろ、彼より汚れている。
でも、全てを彼に押し付けたくない。自分でできる全てで九星に役に立つ。彼よりも酷く汚れている手でも。
だってそうしなければ、私が何もせずに、彼だけが犠牲になる。そんなこと、私が受け入れる訳がない。
九星と親しくなるのは、ちょっとした下心がある。もし私が、九星と仲良くできれば、もしかしたら九星が彼を救ってくれるかもしれない……。
だからこそ、自分ができる範囲で献身的に九星に尽くす。彼を救うために。
それと、自分の罪悪感をなくそうと必死になっているのかもしれない。結局、目的のためとはいえ、やってはいけないことをしたのだから。
ララが診察室から出て、私は窓から空を見る。どんよりとした灰色の雲は、今にも私たちに重くのしかかってきそうだ。
異能力。その正体はもう既に判明している。他の誰でもない、彼の手で。
彼は、文字通り命を削っている。精神を削っている。今この瞬間も。彼だけが、救われない。
解っていた。いくら何でも図々しいって。九星を作り出した私たちに、救いが訪れる訳がないのだ。
彼が徹底的に救われないから、私たちも救われない。――どっちに転んでも、彼の未来は破滅のみだ。そういう運命の下、彼は生きている。運命は、変わらない。今のままでは。だから、何をしても一切報われることはない。彼のことを、人柱と呼ぶのだろう。
そして彼は、人柱としての役目を、嬉々として受け入れるに違いない。
私はもはや、祈ることしかできない。いもしない神に向かって。いや、神はいるか。でも、祈りを向けられるほど崇高な存在じゃない。だからこそ、絶対に最後まで、縋りつきたくない。
私は、自分の全てを使って彼を救う。じゃないと彼が――あんまりにも可哀想じゃない。自分のやりたいことを全て封印して、この世界に身を捧げる気でいる。
まだ彼は子供。私たち大人が少しでも犠牲になれればいいのに、彼が犠牲になることでしか、この世界は成り立たない。
九星にしたってそうだ。当時は誰も成人していなかった。子供が、犠牲になっているのだ。
空の雲が段々と黒味を帯びていく。今にも雨が降りそうだ。
時間がない。けれども時間が欲しい。このままでは、彼の犠牲が必須となってしまう。
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「リーリア、寝ろ」
「兄さん、まだ……。私にできることは少ないかもしれない。もしかしたら、何もできないかもしれない。でも、役に立ちたい……!」
「リーリア!!」
「兄さんは、これでいいと思っているの?!これで……これで!私たちは力がないから、遠い所で高みの見物?そんなの、許されると思っているのかしら?!彼はまだ……!」
「だが寝ろ。眠い頭じゃ、いいアイディアも思い浮かばん」
兄さんは私の腕を強く引く。確かに、兄さんの言う通りだ。私は焦っているだけ。
経験上、そういう時は一回休むべきだ。
「兄さん……ごめん」
「リーリアが焦る気持ちもわかる。だが、落ち着いて対策を考えよう。けど今日は……」
「もう私寝るね」
「そうだな、おやすみ」
私は、兄さんにそのまま寝かしつけられた。体はしっかり疲れていたようだ。私はすぐに、夢の世界へと旅立った。




