魔障
Side Raphael
次々と脳裏に、前世の記憶が甦る。ホームシックにかかった気分だ。俺には、親がいない。だからなのだろうか。前世の妹がやっていたゲームに転生した俺は、特にこの世界に愛着なんぞ持ってない。
もとのせかいにもどりたい。
「大丈夫か?」
「はっ!」
俺は、どうしたんだ?
「……あんたは、本当に今まで魔障に触れたことがなかったのか。幼い魔族のような反応をする」
「――そう言うお前は、そういうことはなかったのかよ」
なんで、ここまでコイツは涼しい顔ができるのだろうか。俺は、過去の記憶に苛まれているというのに。
「……僕は、恐らく魔物から生まれた。強力な魔物だ、当然そこにある魔障も濃い」
「……だから、慣れているのか」
「そう。混血が生まれるくらいの魔障も、かなり濃い。繊細な人間なら、呼吸困難になるほどに」
「でもお前は……」
「そう。僕は確実に純血以上。どれほど濃い魔障だったのか、想像もつかないだろうね」
慣れている訳だ。こんな魔障、屁でもないのだろう。
「慣れていけばいい。これから、魔障に触れ合う機会は多くなる。それに、魔障の中では魔族は強力になる。力の特訓で行き詰ったら、魔障を見つけるといい。セオドアの西の森は、魔障がたまりやすい」
「俺を退学にさせる気か」
「まだ行き詰っていないだろう。長期休暇を利用すればいい」
セオドアの西の森、か。確か、そこは強力な魔物が多かった筈だ。魔物は魔障から生まれる。そして、言い方がおかしいかもしれないが、魔障の質が魔物の強さに直結していそうだ。
そして、異常なほど魔障が濃くなれば、彼岸が生まれる、と。
じゃあ、それなら混血なり、純血なりは、どんな意味を持つのだろうか。魔物から生まれたなら、混血と言われる筈なのに、アインは純血。
純血の意味は、異種や異民族の血が入っていないこと。混血の意味は、様々な血統が入り混じっていること。そう言う意味だ。
決して強さの指標となる言葉でもない。
確かに、吸血鬼とかによく聞きはするけども。
「ここだ」
「ここ、か……」
今までの比ではないくらい、魔障が濃い。禍々しいのに懐かしい。昔の記憶が、穢されていく……そんな気分になっていく。
少し見ていたら、魔物が生まれた。黒紫の闇が集まり、生物の形をとる。グレイウルフだ。そこそこ対魔物戦に慣れた頃に狩るような魔物だ。
初心者向けの魔物の一つとして有名である。
「グルルルルルルルル…………」
「うーん、出るなら、もう少し強いのだと思っていたけれど……」
アインがそう呟きながら、グレイウルフに近づく。驚いて声をかけようとしたら、アインがグレイウルフの首を掴んでいた。
いつの間に。グレイウルフも心なしか呆けた顔をしている。
「キャインッ」
「さて、何故魔障が強くなったのか。この辺りを詳しく調べてみれば、何かしら出てきそうだね」
「あ、ああ……」
突然血を噴出して絶命するグレイウルフ。呆気にとられ、魔障への気持ち悪さが一気になくなった。
一体、何をしたのだろうか?なにも理解できなかった。
少しの間、俺は固まっていたが、すぐに正気に戻り辺りを調べ始めた。
と言っても、あまり気になるところはない。
さっきまでは、魔障に気を取られすぎていたせいか、あたりを観察する余裕もなかった。
ここは何も使われていなさそうな建物だ。木製の床は、ところどころ抜けており、蔦やら苔やらが生い茂っている。
こんな場所が学園の近くにあったとは、気が付かなかった。
「なあ、魔障が強くなる原因とかって、分かるのか?」
「魔法陣が敷いてあれば、確定かな。後は、墓地とか暗い所は魔障が強くなる傾向が高い。反対に、人間が多くいたり、明るい場所は魔障はあまり強くならない。
ああ、あとは魔属性持ちの周りは魔障が漂っていて、聖属性持ちの周りには反対に聖気が漂っている。
だから、意図的に強くしたいときは、魔障が強い場所と繋ぐ魔法陣もしくは、大量の死体。それを探ればいい」
「なんだか納得するな」
魔障はあまりよくないイメージだ。ライトノベルでも、厄介で悪いもの扱いだ。
「魔障は彼岸――天国と地獄にあるものだ。だから、そこの環境に近くなるようなことをすれば魔障は濃くなる」
「天国もなのか!?」
そっちは聖なる力で満たされてそうだ。神々しいとか、そう言う言葉が似合いそうな。
「どっちも死者の世界だからな。だから彼岸なんだ。吸血鬼は地獄由来、天使は天国由来。でも感覚は同じ。能力の違いは同じ地獄由来の鬼人も同じことだしね」
「なんだか脳が……」
「人間の価値観は魔族と大きく違うからね。訳が分からなくなる」
確かに……。天国に行っても、地獄に行っても、死んでるのは同じだからな。そう考えれば、天国も地獄も一緒……?
なんか、そこは面白いな。
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「見つけた」
「なにがあったんだ?」
「これ」
アインが何か見つけたようで、俺はそれをアインの背後からのぞき込んだ。
すると、薄く緑に妖しく輝く幾何学模様の円があった。これが、魔障を呼び込んだ魔法陣なのだろう。
「魔属性の魔力で描かれているね。これは、ここに漂う魔力を魔属性に変えるものみたいだ。しかも、描かれてからかなり時間が経っている」
「それってつまり?」
「スタンピードが起きる可能性がある」
「スタンピードって確か……」
「魔物が大量発生する現象のこと。自然発生はほぼあり得ない。しかも、描かれた時期と魔障の濃度がおかしい。薄すぎる」
「それって……別の場所に魔障がある、と。そういうことか?」
「そういう事。ここ、張られた結界がすごいね。ある程度の魔障なら、彼岸でさえ気が付かない」
「まじか……」
「学園で感じた魔障は、ここを出入りする時に漏れたものだと思う。そして、現れた魔物が弱かったのは……」
「本当にあの程度の魔物しか生まれないくらい、魔障が薄かった、という事か?」
「そうなるね」
全てが意図的だった。何者かが、あえてスタンピードを起こそうとしている。
「早く知らせなきゃ……!」
「いや、知らせる人は最小限にする必要がある。僕がいる以上、どんなスタンピードも止められる。どちらかと言えば、そんなことをした人物の目的を知りたい」
俺は突然変なことを言い出したアインを睨む。
「はあ!?こんな重大なこと、大々的に知らせる必要が……!」
「ない。余計な混乱を与えるだけな上、僕がセオドアにいることは、有名な筈。つまり、どんなことをしても、セオドアに対してダメージを与えることは決してできない」
「どれだけ自信過剰なんだよ……!」
表情一つ変えないアインの様子に、逆に信憑性が生まれる。あら不思議。
「少なくとも、スタンピードの一つや二つ、簡単に止められる実力になって欲しいよ」
「国一つ簡単に潰れるスタンピードを簡単に止めるな」
よくあるぞ、魔物が暴走して国一つ簡単に滅亡してる伝説が。普通に考えて、そんなものを一人で止めれるかよ。
「僕は何度も国を潰してきた。そういう実力がないと、王族の護衛になれない立場だったんだよ、僕は」
「お前って、どこまで強いんだよ……」
「この国の誰よりも強いという事は言っておく」
とんでもない自信過剰発言。俺も言ってみたい。
「そんなことよりも、調査は終わったんだ、マティ様と生徒会長に報告しよう。サティには誤魔化しておいた方がいいかもな」
「ギルマスにはいいか?」
「口外しないのなら」
「わかった」
アインの言っていることは、冷静に考えてみれば、頷けなくもない。変なことして、変なことになった結果責任が全て俺に向くのは面倒だ。すべて責任をアインに押し付けよう。