残念王子の気、アリ
生徒会の仕事は案外忙しい。流石に実家と引き離されて寮に使用人もいない部屋で過ごさなければいけないからだろう。
料理はしなくてもいい。経済的なものも。しかし、着替えは自分でしなければいけない、部屋を掃除することも。実家ではやらなくてもよかったことを、自分自身でしなければならない。
平民や、下流貴族にとってはそれが普通だ。だが、中流貴族はともかく、上流貴族は不平不満がたまっているだろう。
それ以外にも、身分を振りかざして身分の低い者を虐める人物も出てきている。サティも、その被害者の一人だ。
この学園は、使用人を連れてくることができないように、身分の差による権力を振りかざすことをあまり是としていない。ただ、抜け道がある通り、それを強制することもない。身分平等なんていう信念を掲げて、まさか王族に平民が気安に話しかける、なんていう事態が起これば……卒倒ものだろう。
それがたとえ公爵家と子爵家でも同じだ。
ただ、昔の学園には、本当にそんな信念が掲げられていたらしい。だが、何を勘違いしたのか、とある平民が上流貴族相手に次々と問題を起こしまくったらしい。……勉強はできた筈なんだがな。
だから選民思想の持ち主が調子に乗っているんだろうが。しかし、問題は問題だ。それが生徒会に持ち込まれる。
「おい、これはさすがに風紀委員の仕事だろう。――まさか、自分たちで学園の風紀を守ることができないから、生徒会に頼っているのか?」
マティ様が、書類をひらひらさせながらそう言った。
「……い、一応生徒会に苦情が届くだけですよ。きちんと風紀委員も動いている筈です。だから、殿下は気になさる必要はないのですよ……」
少し腰が引けたような感じで風紀委員を庇う生徒会長。
「そう言うが、階段から突き落とされたサティを救ったのは同じ生徒会メンバーのアインだろ。アインがいなければ、サティは重傷を負っていたかもしれない。どうやら、風紀委員とは名ばかりのようだな」
「え、ちょ、マティアス様……」
サティが戸惑っている。だが僕は知っている。マティ様のあれは優しさの裏返しだ。堂々と風紀委員の頂点――風紀委員長――ロゼッタ・フォン・ウィリアムズが目の前にいたとしても。
風紀委員とは、この学園の風紀を守る存在のことだ。この学園には必ず格差がある。そこで起きる問題を、生徒会のみが対処できる程少ない訳がない。
だからこそ、平等と言う信念をなくした時、風紀委員と言う、この学園の治安を守る組織を作った。
倫理を持って、常識的に行動する。それも、高い権力を持った人物が最も必要なことだ。だからこそ、学園の治安維持も生徒に任せたのだろう。
セオドアの教育の力の入れようが異次元すぎる。
「……それは大変失礼いたしましたね、王太子殿下」
「ああ。手が回らないなら、うちのアインを貸すか?一騎当千だぞ?」
「成程、王太子殿下は我々が全く信用ができない、と。我々がこの学園の風紀を維持するのに役不足だ、と。そうおっしゃるおつもりですかな?」
マティ様は口元に笑みを浮かべている。通常運転だ。だが、相手はそんなマティ様の性格を熟知している訳でもない。だからこそ、彼には本気でマティ様が煽っているようにしか見えないし、聞こえない。
「「「「「「……」」」」」」
ジェシカ様、ハロルド様、カーティス様、フィンレー、ラファエル、生徒会長がどうするんだ、これ……という視線を僕に送ってきた。僕に何とかしろ、と言うのだろうか。僕、そこまで有能ではないんだけど……。
「その、話に入っても構わないでしょうか」
「いいぞ」
「マティ様、風紀委員長を煽るだけ煽って僕を巻き込まないでください。命令されれば、僕は従います。しかし、命令でないのなら、僕は従わないです」
一も二もなく頷いていたマティ様の指示を、僕は断った。そんな僕に、マティ様は驚いたような表情を作った。
「……そんな生意気だったか、お前は」
「そういう風に僕が動くことが、貴方は好きな癖に……」
いい笑顔をしなさる。口元に手をやって適当に隠しているが、抑えきれていない。
「この学園の風紀を、どうしたら守れるのか。それを考えるのも生徒――ひいては風紀委員の仕事だな。――悪かったな、口が悪くて」
「ああ…………こちらも、頭に血が上ってしまいました。申し訳ございません」
「構わない。俺も、極力アインを貸し出したくはないしな」
「自分の召使いがいなくなるのが困るのですかな?」
「こいつは召使いじゃないぞ。俺の可愛い護衛だ」
風紀委員長の煽りに、堂々とマティ様が告げる。……恥ずかしい。
「「可愛い……可愛い?」」
「可愛い……強いの間違いじゃないか?」
「あのおっかないのが可愛いなんて、節穴すぎるだろ、あの王子」
「相変わらずね……」
「まー確かに可愛いところあるよね~」
「そこ同調するの……?」
「まずい……大切な、と言う意味なんだろうが、今までの態度でそのままの意味として受け取ってしまいたくなるな……」
「現実逃避をするな」
「アインは可愛い系よりも美人系だと思う」
「君……変わってる、って言われることはないかしら?」
「……平民を?」
「……は、恥ずか、しい…………ぅぅ………」
生徒会室が騒然とする。マティ様の声音が、どう考えても本気だったからだ。それにここぞとばかりに頭を撫でてくる。
「そういうのも、私は悪くないと、思います」
「ローゼ!?」
生徒会長が驚いている。愛称で呼ぶなんて、かなり親しい間柄なのだろう。そう僕は現実逃避をした。
後頭部に突き刺さりまくる視線なんか興味ない。知らないったら知らない。




