罪
Side Matthias
「サティがさっき階段から突き落とされたらしいわよ」
「は?なんで?」
別にカーティスと特に親しい訳でもなさそうなのに。
「さあ?私はあのメンヘラ女がサティを突き落としてやった、って自慢してたの」
「本当に性根が悪いな」
「そうなのよ……それに、サティは誰かのルートに入っている様子もない。つまり……」
「助けが入らない、か……」
確か稀にアインが助けてくれるが、ジェシカと会うまで俺はずっとアインと一緒にいた。アインがサティを助けるのは無理だ。
「なんか、罪悪感があるな……」
「みんなを救うことはできないわ。多少の犠牲は仕方ない。けれども……あの子は全く悪くないのにね……」
ジェシカは口では冷たいことを言っているが、それでも罪悪感を感じているようだった。まあ、友達だもんな。
「アインルートに入るには、俺の好感度が重要だ。つまり、アインルートは俺の意思で何とかできる」
「何が言いたいの――って、まさか」
ジェシカは話が早くて助かる。
「そう。アインにこっそり守らせる。アインだって、貴族の特性を理解しているんだ。そこは色々と察して上手く動いてくれる」
「アインって本当に有能よね。いつもマティアスと一緒にいるのに、いつ情報を仕入れているのかしら?昨日、ステラで人気の香水について聞いたのよ」
「それは九星の誰かに聞いたんじゃないか?」
九星には3人……香水をつけそうな女性は2人いる。そのどちらかに聞いた可能性がある。それに、いつでもどこでも九星は互いに連絡できる手段があるのを俺は知っている。
「でも、そっちよりもクリスタルパラスの香水の方がお好きだと思いますよ、って返されたの」
「俺としてはなんでお前の好みをアインが知っているのかを聞きたいが」
「購買履歴じゃないかしら?それに前から私、アインに色々と聞いてるし」
「初耳だが?」
と言うか、それ知られてて気持ち悪くないのか。お前元日本人だろ。赤の他人だぞ、アインは。
「アインは昔服道楽の夫人の下で働いてたことがあるんだって!その時の知識らしいわ」
「女道楽の主人もいたことあるだろうか」
「それはないみたいよ。そういう人は別に潜入しなくとも、証拠もなしに始末できるかららしいわ」
「何でお前が知っているんだ……俺がアインの主人なんだが?」
イライラしてくる。俺の知らないアインが、ジェシカに知られている、という事が。本当に気に入らない。
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「なあ、お前の昔の仕事の内容を教えろ」
「え、は、はい。わかりました……」
アインは最初戸惑っていたが、少し暗い表情をしていた。
「俺はお前が俺や俺の家族を手にかけようとしたのに罪悪感を感じているのを知っている。だが、俺が許しているんだ。むしろ、それがなかったら確実に今はなかっただろうな。俺はお前に命令した奴らに感謝しているくらいだ。気にするな、と言ってもお前は気にするだろうが」
「……」
「俺はまったく気にしていない。だが、ジェシカに話して俺に話したのはなぜだ?むしろそっちの方が気になるのだが」
「あ」
ジェシカに話したことをうっかり忘れていたのだろう。ソファに隣同士で座っていたので、アインの髪を手で梳く。サラサラの髪は、俺の指を抵抗なく通す。アインの顔はやや赤くなっていた。
――可愛い。
「とは言っても、僕は上官の命令で主に、王侯貴族の暗殺をして回ってただけですが……」
「それは、戦争を有利に進めるためか?」
「そうですね。最初は義賊のようなこともやらされていましたが、だんだんと無差別になってきていました」
やらされていた。その一言に凄まじい棘を感じるが。
「義賊……シャンメルのあれのようにか?」
「はい、そうです」
「――ジェシカに、おすすめの香水を教えれたように、そういう知識も同じように学んだのか?」
「はい。皆さん、教えたがりだったのですよ」
「ほう」
プロは自分の技術を教えることを渋りそうだが。
「様々なスキルは、自分の仕事に必ず役立つのは知っていたので……ただ、あまりに無知だったので、世話を焼きたかったのかもしれません。本当に、優しかったので」
「お前が無知、か……。なんだか想像ができないな」
質問をすれば、すぐに答えを返してくれる。まるで、知らないことなどないとでも言うように。
「僕は、物心ついたときにはもう既に軍にいました。暗殺者としての戦闘は学びましたが、その他は特に学ばなかったのです。最後の一件以外、必ず仕事は成功しました。
――けれど、僕が暗殺者だとばれなかった訳ではないのです」
俺達に出会うまで、アインは失敗をしなかった。だが、今もずっと親交があるシャンメルがアインの正体に気づいていない訳がない。
――そう言えば、毒や腐りかけの肉は絶品だ、と言っていたな。なんでそれを知っているんだ?実際に食べたことがあるのか、グルメな人間がその味を認めたのか。なんとなく後者な気がする。
まあ、体の古傷を見ていれば、努力を積んでいたのは一目瞭然だ。様々な知識や伝は潜入先で仕入れ、戦場で戦闘能力を高める。……やっぱり、あの時アインを拾っておいて正解だった。
「やはり、先入観が邪魔するな。噂を元に想像すれば、最初から全てができた完璧超人、誰もその正体を知ることもできずにいつの間にかターゲットは殺されている。消えた初めてそいつが”鮮血の死神”と疑われるくらい。そう思っていた」
「誰ですか、それ。僕が元々できたのは戦闘だけですよ。そんなことができるなら、貴方はとっくの昔に墓の下で永眠してますよ」
「それもそうか」
色々と迂闊な所があるから、叔父上にも疑われていた。そんな完璧超人は天然な筈はない。まあ、そう言う本人が気づいていない迂闊な所が、たまらなく愛おしいのだが。アインは良くも悪くも魔族だというところだろう。




