厄介な女その一
Side Glinda
ああ!麗しきやハロルド様!私は共に生徒会を運営することができて光栄ですわ!
未来の旦那様ですもの、私がきちんと支えなくてはね?
とは言ったものの……。全くハロルド様が私に見向きもしないじゃないの!おかしいわ……。たっぷりお金をつぎ込んだ豪華なドレスを纏っているのに。
ついでに平民の癖に生徒会に入っているあの三人も!平民臭さが移って嫌だわ。平民は平民らしく、貴族に頭を垂れて這いつくばっているのがお似合いでしてよ。
まあ、いいわ。今私はすごく気分がいいの。ハロルド様と共に生徒会を運営することができるからと言うのはもちろんのこと、あの忌々しいジェシカ様を蹴落とす絶好のチャンスですもの!淑女の中の淑女?最も年若い女傑?それは、ジェシカ様より私の方がずっと相応しいに決まってるじゃない!!
ああ、とても楽しみですわ!ただ……生徒会に使用人が入れないというのはいささか遅れているのではありませんこと?何故、この私が平民の入れた安物の紅茶を飲み、平民が作った安物のお菓子を食さなければならないの!
私はシャンメルのクッキーが食べたいのよ!あの数量限定のどんなに使用人に並ばせても手に入れることのできない、最高級クッキーを!
そう思いながら、出されたクッキーに手を付ける。
――!!?きゅ、及第点ね。
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Side Ain
「!?こ、これは誰が作ったのですか!?」
「僕ですけど……。マティ様に命じられたので。……お口に合いませんでしたか?」
生徒会長が声を上げる。
「いや……。かなりおいしい。紅茶にも合う」
「アインさん、すごいです!お店で出せるレベルですよ!」
「それはよかったです。簡単なものなので、何かリクエストがあればお申し付けください」
サティにも褒められて嬉しい。どうやら美味しかったようだ。魔法を使いつつ、時短で作ったから、どうなるのかと思った。
「じゃあアイン!俺蜂蜜味のクッキー食べたい!」
「カーティス、はしゃぐなみっともない」
「いつの間に愛称で呼んでくれるようになったんだね~」
「は?うるさい!」
「アイン、どうやらカーティスは蜂蜜が好きのようだし、蜂蜜のフィナンシェを後日作ってくれ」
「分かりました!」
カーティス様とハロルド様の諍いに苦笑しつつ、マティ様がリクエストを出してくれた。
「マカロンがあると嬉しいわ」
「用意しておきますね」
確かに、片手で簡単につまめるものも必要だ。
「頼むわ。――それにしても、このクッキー、シャンメルのクッキーに似ているわね……。買ってきている訳でもないのに……」
「ああ、ジェシカ鋭いな。アインの料理の師匠らしいぞ、シャンメルが」
「「「「「「「「「はあ!!??」」」」」」」」」
「成り行きですよ。あの人は僕が知る限り、一番の料理人ですので」
どうやら僕がセオドアで過ごすことになったというのを聞き、セオドア出張店を構えてこっちに来てくれたと知ったのは一年程前。
最後に会ったときは失声症がまだ直っていなかった時だったから、声を出したら泣きそうになっていた。あの横暴な美食家に似合わない、優しい人だ。
僕が彼の主人を殺してから、彼は自分の店を自らの貯金で立てたらしい。元々有名な料理人だったため、すぐに彼の店は話題になり、一つのブランドを築き上げた。
ちなみにシャンメルの店は、普段はコース料理を提供しているのだが、お菓子も販売している。そちらは本業じゃないため、数量限定で販売しているが、売りに出されてすぐ完売している程の人気ぶりだ。
「平民、すぐにシャンメルのクッキーを私に買ってきなさい」
「おい、グリンダ・フォン・オストワルト!」
「なにかしら、ハロルド様?」
「お前に私の名を呼ぶ許可をした覚えはない」
「あら、私たちは婚約者ではありませんか。婚約者なのですから、名前で呼び合うのは当然のことですわ」
「なにが当然だ。婚約者であろうが礼儀は礼儀。同じ公爵家でもアムステルダム家の方が格上だ」
そう言うハロルド様はカーティス様にも向けたことのない、底冷えするような冷たい視線を向けていた。繊細なレースが施されている扇子の奥で、ハロルド様の婚約者が小さく震えていた。
ハロルド様は貴族らしい方だが、身分を笠に着て平民を侮る人物が大の嫌いだ。礼儀礼節をきちんと守らない人物もあまり好きではないらしいが、カーティス様への反応である程度うかがい知れる。
まあカーティス様だってきちんとした場所ではきちんとしていらっしゃるし、問題はないのかもしれない。マティ様への不敬と取られそうな言動も、そのマティ様が許していらっしゃるし。
そう言う事もあって、ハロルド様は婚約者と不仲なのだろう。元々、オストワルト家がアムステルダム家に迷惑なまでに頼み込んだ結果の婚約らしいし。アムステルダム家的にはこの婚約に重要性を感じていないらしい。




