美しき死神
Side Finlay
「忠臣はいらっしゃらないのですね――フィンレー第二王子殿下」
「大きなお世話だ」
「……なんでここに王族が?」
「……」
先程言っただろう、と言いたげな目を向けるマティアス王太子の護衛。そうだよ、こっちについてこれる忠臣がいないのに襲撃者がくるからだよ!
改めて先客たちを観察する。一人はマティアス王太子の護衛。ちら、と黒に近い緑の瞳でこちらを見つめられただけで全てを見透かされそうだ。珍しい黒髪。赤と金のメッシュに業を感じる。それにしても黒髪か……。隙のない立ち振る舞いは、いかにもただ者じゃない。
対して二人目は、見事な白髪に赤い瞳。見たことがない青年だが、それなりに腕が立つのだろう。……そう言えば、国に残してきた執事がセオドアの王都のどこかにある情報屋に俺の護衛を依頼したと言っていたような……。神々しい雰囲気に似合う美形だ。ただ、黒髪と比べると明らかに戦いに慣れていない。その年齢にしたら強いかな、という感じだ。
「それで、待った、とは?流石に死体を囲んでいることが知られるのは互いにまずいと思うのですが?」
「いや、そうなんだが……。どこの誰が俺を襲っているのか知りたくてな」
「俺の依頼も同じだ」
「なら問題はないですね。マクレーン公爵家、イーストフールの正妃の父方の家ですね」
「「何で知ってるんだ」」
「ご丁寧に身分を明かしてくれたので。裏取りはしてませんが、確かな情報ですよ」
さらっとこともなげに言う。いや、その家って確か品行方正で正義感が強い家だった筈だ。かなり頼りにしていたんだ、それが嘘だなんて信じられない。
「さすがにそれは信じられない。マクレーン公爵家の評判を知っているのか?イーストフールの腐った環境を変えようとしている清廉潔白な家だぞ!」
「声が大きいです。――それに、マクレーン公爵家の評判は嘘ですね。実態はその逆です。チーズルと同盟を交わしていたんですよ。定期的にチーズルの軍を国に招き入れて、それを自分が撃退することで英雄になり切っていただけの下種ですね」
「盛大なマッチポンプじゃねぇか!!!」
白髪がこらえきれずに叫ぶ。それを黒髪にギロ、と睨まれていた。
扱いが何となく雑だな、とか思った以上に口が悪い、とか考えていると、血で汚れるのも構わずに死体が来ていた服を容赦なく脱がす。綺麗な顔して容赦ない……と密かに白髪と震えていると、徐に短剣を突き出してきた。
「……これは?」
「マクレーン公爵家の紋章付きの短剣です。証拠として持っていた方がいいですね」
「ありがとう」
「お、俺の仕事……なくなった」
「裏取りすればいい。どうせ、死んだ捨て駒の証言なんか、誰も見向きもしない」
「そ、そうか……」
「もういいですね?」
「ああ」
「俺も構わない」
俺と白髪の言葉を聞くと、黒髪は指を鳴らした。すると、折り重なるように倒れていた襲撃者の死体も、そいつらが流した血も、その血が発していた匂いも何もかもがなくなった。
「き、消えた!?」
「では僕はこれで」
そう声が聞こえたかと思うと、いつの間にか黒髪がいなくなっていた。
思わず辺りを見回してその姿を探すが、ついぞ見つかることはなかった。
「あれには一生勝てやしないな……」
呆然と呟いた白髪に、俺は頷かざるを得なかった。
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Side Unidentified
俺は、第二王子を暗殺する命を仰せつかったんだ。
そうなんだ?
目の前の彼は妖艶な笑みを浮かべていた。思わず見惚れる。
それで……なぜ第二王子を暗殺するの?
何故って……。それは、マクレーン公爵家にとって本物の清廉潔白は都合が悪いからだろ。
ふーん。
少し伏せがちにしている目も、細い腰も、全てが魅力的だ。ぼーと眺めていると、急に彼は近づいて俺の顎を少し持ち上げる。
ねえ、もっと教えてくれない?僕の知らないことを。例えば……マクレーン公爵家の本性、とか。
そんなんでいいのか?そうだな……マクレーン公爵家があの悪名高いチーズルと密かに同盟を結んでいたことを知っているか?チーズルの兵士をこっそりイーストフールに招き入れてさ、暴れて貰うんだよ。ああ、暴動を起こした平民の振りしてな!それをマクレーン公爵家お抱えの俺たち騎士が暴動を鎮圧した振りをしてこっそり国外に逃がすんだ。それの繰り返しさ。
なんでそんなことをするの?
お偉いさんの考えることなんざ、よくわかんねぇよ。けどさ、馬鹿な民衆はコロっと騙されちまうのさ。
俺は得意げに笑う。そして彼の腰に腕を回そうとする。それをやんわりと押しとどめられた。
せっかちな男は嫌われるよ。僕、他にも知りたいことがあるんだよ。
なんだ?
もしそれが本当だとしても、貴方が本当にマクレーン公爵家お抱えの騎士かどうかは分からないでしょう?証明してほしいんだ。そしたら僕……。
そこで彼は言葉を切った。じれったい。彼は俺の耳元にそっと囁いた。
惚れちゃうかも。
俺は一も二もなくマクレーン公爵家の人間である証拠を差し出した。それを満足げに受け取る彼。その笑顔が俺にだけ向けられる……。それを想像するだけで興奮する。
本当にそうなんだね。
どうやら分かってもらえたみたいだ。嬉しい。
「じゃあもう用済みだね」
「え……?」
なにを言われたのかわからない。頭が理解を拒否している。
なんだか視界がおかしい。まるで、俺が倒れているかのような……。なあ、一体どう、なっ、て……。
「ハニートラップにまんまと引っかかるなんてね。情報をペラペラ話してくれてありがとう、ってもう聞いてないか」




