非道な実験の被害者たち
僕が目を覚ますと、背もたれ付きの椅子に座らされ、椅子ごと拘束されていた。近くにはセオドア国王と、王太子、司書のシリル――調べでは王弟と出ている――に騎士団長と魔術師団長がいた。錚々たるメンバーに、僕は恐怖に怯える。
――僕、王族殺害未遂で処刑?!怖い怖い怖い怖い……。僕を殴らないで……。
「さて、君はつい最近来た使用人のアルだな?素性、目的、指示した者、それからその他知っていることを話せ」
「……」
王が言う。僕は答えられない。
「今更だんまりか?」
「国王を暗殺しようとして、更に王太子に危害を加えた。確信犯なのにも拘らず、まだ自国に忠誠を?」
「――――――」
魔術師団長とシリルに責められる。そんな訳ない、と言いたかったが、声が出ないので言葉にならなかった。
「いい加減にしろ!!そこまで喋りたくないんなら、自分から喋りたくなるようにしてやるよ!!」
騎士団長が声を荒げる。腰に刷いていた剣に手をかけ、今にも僕を切り殺さんとする。
――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!!!!
「待て!紙とペンをやろう。でないと、ただただ無抵抗の人間を嬲ることになるぞ?」
僕にとっての救世主は、先程僕が強引に血を吸った王太子だった。
彼はそのままこちらに手を差し伸べてくる。僕は怖くて身をできるだけ引っ込める。それと同時に、体を11歳と相応に縮める。
「しかし、手を自由にすれば、何をするか分かりません。プロの暗殺者はどんな物でも武器になる。それはこいつにも当て嵌まりますよ!!」
「だが、そのプロの暗殺者とやらはこんな拘束なんて、あっさり抜け出しているんじゃないか?背を伸び縮みできる位だし。それに……色々酷いし、素直に傷を治癒させてくれそうなタイプでもなさそうだしな」
魔術師団長が王太子を諫めるが、王太子はそれに反論する。
王太子が言っていることは的を射ている。信用できない人間に治癒を任せてもし何かされようものなら、抵抗しにくいだろう。だから嫌だ。
色々、と誤魔化しはしていたものの、僕だって酷いのは分かっている。例えば消えることのないような濃い隈とか。明らかに栄養失調気味な貧相な体とか。あまり手入れされていないぼさぼさの髪とか。それと、体中に残る、拷問虐待の跡とか。それらはいつから僕の体に居座り始めたのだろうか。考えたくもない。
深々と溜息を吐きながらシリルは拘束を外す。僕は体に力が入らず、すぐに倒れこんでしまった。意識が朦朧としてくる。呼吸をするのも億劫だ。
「おい、大丈夫か?――拙いな。血、飲むか?」
誰かがそう言って、僕の目の前に腕を差し出す。僕は指先一つ動かせない。
「若しかしたら、噛む力も残ってないんじゃないか?」
「確かにそうですね、父上。じゃあ――」
「お止めください、マティアス殿下!」
血の匂いがする。吸血鬼の本能を刺激する匂い。
「ほら、飲め」
目の前に、小さな切り傷から流れている血を見た僕は、何とかその血を飲み始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side Matthias
ひとしきり血を飲んだ彼は、また気を失ってしまった。寒そうなので、毛布を掛ける。すると、毛布に包まった。可愛い。
「マティアス殿下。その者には近づいてはなりません。何をされるやら……」
「そんな心配はないと思うぞ、ルフィよ。今ならアルフ単独で取り押さえることができる筈だ。それに、どうやらそこな吸血鬼はマティの血がお気に入りだそうだしな」
父上はアインを興味深く見つめる。彼は安らかな寝息を立てて眠っていた。
父上がアインの前髪をずらすと、今は閉じられている大きい目と、その下にある歳不応相の濃い隈があった。戦闘職なのに白すぎる肌。痩せ細った身体。身体検査した時に見た夥しい傷の数々。極め付きは黒髪に混ざる赤髪と金髪だった。どうしてこんな幼気なショタにこんなことができるんだ!!
「それは……!」
叔父上が絶句する。
「いや、こんなに寝こけられたら、起きた時俺単体で抑えれるかどうか……。無茶言わないで下さい、陛下」
「何を言っている、アルフ?もうその話は終わった。今これからしようとしているのは、オケディア王国の非道さについてだ」
「え、どういうことです、陛下?」
「父上、無数の傷跡があり、濃い隈があることが問題なのですか?それとも痩せ過ぎていることが問題なのですか?」
「それも酷いが、そうじゃない。問題はこの吸血鬼の髪が黒一色でないことだ」
「はい……?一体どういうことですか?髪の色が一色でない者もかなり珍しいですがいるでしょう。現にこの者も三色持っているのですから」
「そろそろ王太子として、マティは知っておくべきだろう。アルフ、いいか、人間も魔族も先天的に髪の色が二色以上であることはない。それは絶対だ。だがこの吸血鬼は三色。おかしいだろう?つまりオケディアが彼に何かをしたということだ」
「え……?た、確か“鮮血の死神”の噂が流れ始めたのが8年前。少なくともそれ以前には何かをされている訳だから……。3歳までには何かされてる?それはつまり?」
迷走しだしたアルフレッドに嘆息し、叔父上が答える。
「色が変わる――つまりそれはそれだけ体に強い負荷をかけたということ。吸血鬼は人よりずっと頑丈なんだ。それに、この年にしては不自然に強い。恐らく強化改造をされたのだろうね。兄上。オケディアは道徳を捨てました。やはり攻め入りましょう!」
鼻息荒く意気込む叔父上に俺は絶句した。
――叔父上ってこういうキャラだったっけ?