いつの間にか
Side Miria
「……?」
予想に反していつまで経っても痛みどころか衝撃が来ない。不思議に思って前を見ると、目の前には今くらいの夕焼けと同じ色の髪をした鬼人がいた。
「ラース!!」
「ったく危ねェなァ。仲間がいるから油断したか、ミリア?」
ニカッと笑う彼は、いつもより格好良かった。――絶対に本人(?)には言わないけれど。
「わ、悪かったわね。……でも、ありがとう」
「どういたしまして」
ラースはいつの間にかしゃがんでいた私の腕を引っ張って起こしてくれた。
「見せつけてくれるなァ、じゃ、仲良くあの世に行ってくれよ」
「馬鹿じゃねェか?――あの世に行くのはアンタだよ」
そう言ったラースの額にはいつのまにか角が生えている。ラース的にはちょっと本気を出しただけだろう。
「まさか――鬼人か?」
「そう言うアンタはウィキッドか。……ちょうどいい、ちょっくら俺の実験に付き合ってくれや!!!」
「鬼人の実験?面白そうだ、受けて立とうじゃねェか!!!」
「馬鹿が揃った!!!もう最悪よ!!」
遠くで緑髪女が叫ぶ。
散々エリ兄とオト兄が似てるだの、ラースは背が低いから違うだの言ってたから、まああったらこうなるかもな、とは思っていたが、向こうはラースのことは知らないため、また遊び始めた、くらいに思っているのだろう。
「え?」
私はラースの援護に回ろうと、ラースの様子をじっと観察していたのだが、あることに気が付いた。
――ラースって、確か魔力の扱い方が人外並みに残念だった筈。今までは多い魔力にものを言わせて何とかしていた筈なのに、なんで……?
私が疑問に思ったのは――ラースの拳が魔力で覆われていたからだった。
元々、魔力を身体能力の向上に使うのは、そこまで難しくない。魔法が使えるならば、誰でもできる。魔力を巡らせればいいだけだからだ。だから、魔法が使えなくとも身体能力の向上ができる人は多い。
けれど、それは体内にある魔力を使うので、体に纏わせるのとは訳が違う。
体に魔力を纏わせようとすると、格段に難易度が上がる。
まず、多すぎる魔力では、体が耐えきれなくなる。なぜそうなるのかはわからないが、そうなるのだ。
まあ、魔力自体あまりよくわかっていないのだから仕方ないと思う。
次に、少なすぎる魔力ではすぐに霧散してしまう。これも原理は解き明かされてはいないが、魔力は一回体外に出てしまうと、空気中に霧散してしまうのだそうだ。空気の方が魔力としては馴染みやすいだとかなんだとか言われているが、全てが憶測の域を出ないらしい。
そして、体内にある魔力を扱うよりも体外にある魔力を扱う方が格段に難しくなる、というのも体に魔力を纏わせる方法として難しいと言われる原因でもある。
一回外に出ると魔力の性質が変わってしまうとか、実は何者かに魔力の制御が乗っ取られてるとか、色々言われているが、まあこれもよくわかっていない。
魔法の形にしてしまえば、制御は簡単になるのだが、そうしてしまうと体が持たなくなる。面倒くさい。
以上のことから、魔力を体に纏わせることは不可能ではないが難しい、と言われている。
私は当然だが、アインもできる。一応リズ姉さんもできるらしいが、実践レベルまで仕上がっていないらしい。他は知らん。多分できないだろう。
とまあ、人並み未満の魔術の腕しか持っていないラースには絶対にできない筈なのに、なぜかやってのけてる。絶対にアインがかかわってる。アイン、本当に何したらああなるの……?
私は戦いの邪魔にならない程度に思考を続ける。
――でも、いいんじゃない?どうせ、考えてもわかる問題じゃない。
私はさっさと結論を出し、緑髪女が繰り出した攻撃に魔法をぶつけて消滅させる。
「オラァ!!エリ兄の腕引きちぎったンだろ?俺の腕も引きちぎって見せろよ!!」
そう言い、ラースは拳を赤髪の大男に繰り出す。ぶつかった個所が瞬間的に激しく燃え上がる。
「燃えろ燃えろ!!ホラ、顔ばっか守ってると脇腹ががら空きだぜ!!」
「あえて開けてやったんだよ!!」
そう言って大男がラースにつかみかかる。が、私が魔法で腕を凍らせる。一瞬だけ動きが止まるがすぐに抜け出される。しかし、ラースはすでにその場から離脱していた。
「サンキュー、ミリア!!」
「隙があっても飛び込まないでよ!」
「悪かったって」
隣まで後退してきたラースに小言を言う。ラースは前を向いたまま、おもちゃで遊んでいる子供のような表情をしていた。
「で、ノア兄はなんて?」
「あんた馬鹿なの?そう言うのはこっちで聞きなさいよ」
そう言いながら自分の頭を指さす。まあ、ウィキッドの身体能力がどれくらいなのかもわからない以上、戦場での言葉も聞かれている可能性があるのだ。当然、その場にいないアインや、あとでその場に駆けつけてくるラースのためにテレパシーを使っていた訳ではない。
『ノア兄、俺はどういう動きをすればいい?』
『よくラース君だけでは勝てない相手だと判断で来たね、えらいえらい。ミリアちゃんの危機に助けに入ったのはいいけれど、いつまでも戦い続けるのかと思ってひやひやしたよ』
『『……』』
な、何も言えない……。ノア兄の毒が私のハートにクリティカルヒットで痛い……。
『ラース君は、金髪の女性と紫髪の男性に止めを刺してくれればいいよ。他は……。正直ラース君じゃ相手にならないかも。アイン君ならよかったけれど……。目先の利益よりも将来の幸せだもんね。今倒せなくても、結果的には倒せているから問題ないよ』
『『『『『いつ未来見たの(か)!!??』』』』』
ゼス兄、私、ラース、エリ兄、リズ姉が叫ぶ。ララ姉もオト兄も息をのんでいる。
『さっきちょちょっとね。まあ、これでとるべき行動は分かったから問題ないよ。あの三人は追い返してしまおう』
相変わらずノア兄の姿かたちは見えないが、誰も知らないところでとんでもないことをやらかしてる。
一生勝てっこないわ……。ラースと顔を見合わせ、同じ気持ちであることを悟った。